第25話 お化け屋敷

「マイヤー侯爵令嬢?」


 リリベラを指差して叫んだのは、ニナリアだった。その後ろには数名の女子生徒がいる。


「ね、私の言った通りでしょ。レーチェ公爵令嬢は、第三王子殿下の婚約者候補筆頭なんて名乗っているけれど、実際は多くの男子といかがわしい行為をする破廉恥極まりない人なんです!」

「何をおっしゃっているのかしら」


 リリベラは、一瞬にして第三王子筆頭婚約者候補の仮面をかぶる。ツンと顎を上げ、ニナリアを見下ろすような冷ややかな視線を向けた。


「多くの男子とおっしゃいましたが、私がいかがわしい行為をした男性の名前を上げていただけるかしら」

「な……、今、目の前にいるじゃないですか。そうして抱き合っていることが、何よりの証拠ですわ」


 リリベラは、スチュワートに目を向けて鼻で笑う。


「驚いたシモンズ男爵令息が抱きついてきただけです。私が彼と故意に二人っきりになったことはありません」

「まぁな、俺も手引っ張って逃げてきたのがリリベラちゃんだとは思わなかったしな。てっきり俺の連れの誰かだって思っていたからな」

「勘違いだってわかりましたら、いい加減に離したらいかが」

「ああ、そうか。このビリビリが妙に癖になって。慣れると低周波マッサージ的な気持ち良さがあるかも」


 スチュワートはニヤニヤ笑いながらリリベラから手を離し、迷路の壁に寄りかかる。


「でも、雑貨屋でも二人で抱き合っていましたわよね?!私、見たんですから」

「雑貨屋?ああ、私が脚立から落ちたところを、偶然シモンズ男爵令息に助けられましたね」

「そんなこともあったかな。……ああ、そろそろ俺は連れを探しに行かないとなんだけど」


 スチュワートが何かの音に眉を寄せ、壁から然りげ無く離れた。その途端、壁がバキッと音をたてて粉砕され、破片が移動したスチュワートの背中を襲う。あのまま壁に寄りかかっていたら、スチュワートもろとも粉砕されていたかもしれない。


「またおまえか!」


 左手に光の玉を乗せ、右手で風魔法で壁を粉砕しただろうランドルフが、怒りの表情露わに立っていた。どうやら、さっきいた場所から一直線で壁を魔法で粉砕しながらここに駆けつけたらしい。


 その後ろでは、粉砕された壁を修復するようにクラスメイトに指示しているビビアンと、なぜか修復を手伝っているクリフォードがいた。


「すげえな。魔法の両刀使いかよ」


 木片だらけになったスチュワートは、口笛を吹きながら制服についた木片を払い落とした。


「ほら、もう一人のお相手ですわ!レーチェ公爵令嬢は、第三王子殿下の最側近にも手を出しているんです」


 リリベラは、スチュワートの時同様に、鼻で笑って否定しようとしたが、ランドルフとはただの友達だと、嘘でも言う事ができなかった。


「あんたさ、多くの男とリリベラちゃんがいかがわしい行為をしているみたいなこと言ったけどさ、俺とランディ君以外は?」

「それは……」


 スチュワートは、ニナリアの前に立つと、その金髪の巻き毛を指でくるりとすくった。


「俺のはまぁ、勘違いだよね。俺的にはさ、リリベラちゃんみたいな魅力的な女子に迫られたら、即行手を出す気満々だけど、彼女はお固過ぎてね。君みたいな美人は、俺のモロタイプだな。どう?暗闇で俺といかがわしいことしちゃう?」


 スチュワートは切れ長の目を細めて、イヤらしさ全開の笑顔をニナリアに向ける。ニナリアは真っ赤に頬を染め、スチュワートからズササササと後退った。


「い……いたしません!」

「そう?俺はいつでもウエルカムだから、ニナリアちゃんが寂しくなったら声をかけてな」

「なんで私の名前を……」

「そりゃ、学園一の美人の名前くらい押さえているさ。ニナリア・マイヤー侯爵令嬢、スリーサイズは95-60……」

「お止めください!」


ニナリアは、真っ赤になってスチュワートの口を塞ごうとし、スチュワートに何か耳元で囁かれてさらに茹で蛸のように真っ赤になってしまう。しかし、その様子に嫌悪感はなく、スチュワートに腰を抱かれても拒否する姿勢は示さなかった。


 もしこの世界が第二シーズンであれば、数多くの女子に手を出しているスチュワートは、すでに七人全ての攻略に失敗している筈だ。しかし、スチュワートのアプローチに嫌悪感ではなく、満更でもない表情を浮かべているニナリアを見たランドルフは、ビビアンの言うようにリリベラを最終攻略対象としている第一シーズンなのか?と疑問を持った。


「もう、お離しになって……。失礼しますわ!」

「ニナリア様、お待ち下さい」


 赤らめた顔を隠すように、ニナリアはランドルフが開けた壁の穴から入口に向かって踵を返し、付き従っていた令嬢達もその後に続く。


「あー、じゃあ俺もこの辺で……」


 ついでに立ち去ろうとしたスチュワートを、ランドルフは手を広げて行く手を遮った。


「ランディ君、通せんぼは大人気ないんじゃないかな」


 体格でいえば、スチュワートの完全勝利だろうが、魔力も加味したらランドルフに勝てる人間は、この国には一人もいないだろう。


「二度とリリベラに関わるな」

「俺だって、好きで関わっている訳じゃないんだけどな。いや、リリベラちゃんは魅力的だし、好きか嫌いかって言われたら好きなんだけどね」

「全く嬉しくないですわ」


 リリベラが吐き捨てるように言い放ち、スチュワートは空笑いを浮かべる。


「関わりたくないと言いながら、なぜ魔法防御の魔道具を身に着けている」


 スチュワートの耳についたピアスを、一目で魔道具だと見破ったランドルフは、忌々しそうにそのピアスのオキニスだけを魔法で砕いた。


「あー!これ、無茶苦茶高かったんだぜ。ストップ、ストップ、こっちは止めて。マジで、家買えちゃうくらいの値段だから」


 スチュワートは、砕かれていない方のピアスを手で隠して後退る。


「それを身に着けているということは、リリベラに不埒な接触をする気があるからだろう!」

「しょうがないじゃん。俺にその気がなくても、勝手にイベントが発生しちゃうんだから」

「……イベント?」

「これから四年弱、イベントが起こる度に、あのビリビリの餌食になるなんて、洒落になんないでしょ。これは、俺なりの防衛手段だよ」


 怪訝な表情を浮かべていたランドルフだが、ハッと思い当たったようにビビアンを振り返る。


 すぐ後ろの壁を補修していたビビアンは、ランドルフに頷き返した。


「クリフォード様、お嬢様を入口までエスコートお願いします」

「でも、これを直さないとなんじゃ?」

「先程のマイヤー侯爵令嬢の発言、聞きましたよね?お嬢様に醜聞をたてて、筆頭婚約者候補から引きずり下ろすつもりなんです。ここは、クリフォード様とお嬢様の仲睦まじい様子をアピールすべきです」

「ビビアン、でも……」

「文化祭は今年だけじゃありません。お嬢様、公爵令嬢としてのお勤めをお果たしください」


 リリベラは、シュンとしてクリフォードの前まで歩いて行くと、クリフォードの左腕に右手をのせた。


「……行ってくるわ」


 せっかくランドルフと文化祭を回れると思っていたのに、ニナリアを恨まずにはいられない。いや、自分を引っ張って走ったスチュワートのせいとも言える。


「ランディ、また後でね」

「なんだろう、お姫様を攫う悪者にでもなった気分なんだけど」


 クリフォードも、あまりにリリベラの憔悴ぶりに苦笑いだ。

 クリフォード的にも、ビビアンと文化祭を回れるのでは?と期待していただけに、落胆は隠せないのだが、友人二人の恋路を邪魔している自覚があるだけに、「僕と回るのがそんなに嫌なの?」と、冗談も言える雰囲気でもない。


「リリ、スマイルだよ」

「わかっているわ、クリフ。せめて文化祭を楽しむわよ」

「そうだね。後でランディとの時間を絶対に確保してあげるから、それまで僕と楽しもう」

「じゃあ、私もクリフがビビと過ごせるように手を回さないとだわね」

「ウワッ!それ、めっちゃ期待してる」


 幼馴染の二人は、男女の垣根を超えた親友でもあった。







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