第3話 エロゲー?何のことですの?

「ビビ、ビビ、ビビアン!」 


 ビビアンの教室まで走り抜いたリリベラは、ビビアンを見つけると抱きついた。


 男爵令嬢のビビアンと、公爵令嬢のリリベラでは、クラスが違った。貴賤の区別なく学べる……とうたいながら、学園のクラス分けは爵位で決まっており、クリフォードとリリベラは一組、ビビアンは三組になっていた。ちなみにスチュワートは四組で、一学年は五クラスまであった。


「お嬢様!なんて素晴らしい感触!ありがとうございます」


 ギューギューに抱きつかれて苦しい筈なのに、ビビアンは感極まったようにお礼を口にした。しかし、いつもと違うリリベラの様子に、ハッとしたように我に返り、リリベラを引き離し全身チェックする。


「スカートが泥だらけじゃないですか。あ、太腿に傷が!」


 リリベラのスカートの泥を叩いて落としていたビビアンは、リリベラの太腿の裏についた小さな傷を発見した。

 リリベラは気がついていなかったが、尻もちをついた時に小石か何かで切ってしまっていたらしい。


「お嬢様、保健室へ参りましょう!」

「でも授業が……」

「授業なんかより、お嬢様の真っ白くて滑べやかな肌に傷が残っては大変です!」


 ビビアンは、隣の席に座っていた女子生徒に、先生への伝言を頼むと、リリベラの手を引いて教室を出た。


「お嬢様、何があったんです」

「実は……」


 保健室へ行くまでの道すがら、リリベラはさっきあったことを話した。もちろん、男性器を目撃してしまったことと、自分のピンクの小花柄のパンティーを見られたことは除いてだが。


 保健室につくと、「外出中」の札がかかっていたので、とりあえず中に入り消毒をすることにした。


 ビビアンは、リリベラの足元に跪きながら、太腿の汚れを拭き取り、消毒薬を染み込ませた綿で、ポンポンと傷を消毒する。その後、公爵家秘蔵の塗り薬をとりだし、リリベラの傷口に塗った。「見事な脚線美、至高です!」と、太腿に向かって話しかけているビビアンはいつも通りなので、そこはスルーする。


「まぁ!風紀が乱れているとは思いましたが……。さすがエロゲーの世界観」


 ビビアンは呆れながら、最後に何やらボソボソ呟いた。


「エロ……?」

「コホン。それで、その男性の特徴は?」

「え?妙にゴツゴツしていて……」

「それは、特徴でしょうか?」


 リリベラは、自分が何を思い浮かべたのか気が付き、ブワッと真っ赤になった。


「恥じらうお嬢様も素敵です。私が聞いているのは、部位ではなく人間そのものの特徴でございます」

「はひ……、髪の毛は黒かったです。瞳の色も黒かった……と思うわ。そう!目元に黒子があったかしら」

「右ですか?左ですか?」


 ビビアンが身を乗り出して聞いてくる。その勢いにたじろぎながら、リリベラは男子生徒の顔を思い出す。


「左……いえ、私から見て左ですから、彼の右目の下ですわね」

「身長はランドルフ様くらい?体型はややガッシリとした筋肉質、左脇腹に痣がありましたか?」

「身長は多分それくらい。体型もその通りね。お腹は見えなかったから、痣までは……。まさか、ビビアン!あの男と関係が?!」


 普通なら見えない場所の特徴まで知っているなんて!と、リリベラはビビアンを問い詰める。


「いえ、お嬢様。私と彼は全くの無関係です。スチュワート・シモンズ男爵令息。彼はエロゲーの主人公なんです」

「は?」


 ビビアンはリリベラをベッドに座らせると、自分もその横に腰をかける。


「いいですか、お嬢様。気を確かに聞いてください。この世界はエロゲーの世界、インコウの世界なんですよ」

「インコウ……?」

「ああ、お嬢様の口からそのような言葉が。ご馳走様です。インコウ、つまり『イングリッド王立学園〜貴族令嬢を攻略せよ!』の略称です」

「はあ……?」


 ビビアンが語ったのは、彼女が前世で行っていたスマホゲームとやらの話で、スチュワート・シモンズ男爵令息が主人公となり、貴族令嬢達と身体の関係を持ちつつ、レベル(何のレベルですの?!)を上げ、最終的には公爵令嬢であり王子の婚約者候補筆頭であるリリベラ・レーチェを堕とす(身も心もって、有り得ませんわ!)……というゲームらしい。ちょっと理解不能過ぎて頭痛がしてきた。


 ビビアンは転生者とやらで、前世の記憶は十歳の時に取り戻したらしく、リリベラの侍女の話を受け、この世界がゲームの世界だと気がついたらしい。しかも、彼女はそのゲームをやりこんで(お色気のゲームですわよね?!)おり、神ムービー(?)とやらを見たくて侍女の話を即決したとのこと。ただ、リリベラ個人を良く知り、ゲームの年齢に近付き、さらに美しくなるリリベラを見て、クズ(スチュワート)にリリベラはもったいないから、何が何でもゲームの攻略は阻止(ありがとう!!ビビアン)しようと考えていたらしい。


 ちなみに、三年生まではスチュワートはリリベラに深く関わってはいけないらしく、そこまでは地道に貴族令嬢達と鍛錬(だから何の?!)しないといけないとのこと。


 あと三年あるし、どこかのタイミングで出会いイベントのトラップに乗っかっておけば良い……と思っていたらしいが、まさか最初の出会いイベントでスチュワートがゲームオーバーを引き当てるとは思わなかったと、ビビアンはヒーヒー笑いながら教えてくれた。


「ちょっと、かなり信じ難いんですけれども、ビビアンがこんな嘘をつくとも思えないし、この世界はエロゲーとやらの世界なのね。でもって、すでにゲームオーバーしていると。では、この後はどうなるんですの?」

「ゲームでは、四年生までは進めるんです。でも、最後のお嬢様の攻略の時になると、こっぴどくフラれるのがゲームオーバーしている時のエンディングです。トラップを踏みまくると、超バットエンディング一直線ですね」

「それは……?」

「最悪、死人が出ます」


 リリベラの顔色がサッと悪くなる。


「それと、この世界はゲームの前からありますし、ゲームがエンディングを迎えても続く現実世界じゃないですか。だから、卒業でゲームが終了するのか、第二シーズンに突入するのかはわかりません。私の記憶では、第二シーズン近日配信予定って宣伝を見た気がしますし」


 顎に手を当て、思い出すように空中を見ていたビビアンだが、「やっぱりセカンドをやった記憶はないですね。でも、初版はやり込んでますから、出会いイベントは回避できますよ」と、頼もしいんだか、頼もしくないんだか……。


「例えばですけれど、どんな出会いイベントがあるのかしら?」

「出会い頭にぶつかって、主人公がお嬢様の胸を鷲掴みにしてしまう定番(それか定番なんですの?!)のものから、体育倉庫に二人で閉じ込められて一晩過ごすとか、体育祭や文化祭でもイベント盛り沢山(それ自体がすでに学園のイベントですけれど、さらにですの?!)ですね。クリスマスイベントは、だいたいみんな騙されてお嬢様に手を出してしまうんですよ。あと、王宮のパーティーでとか……」

「も……もう結構よ。ちなみに、先程のも出会いイベントだったんですよね?正解はなんでしたの?」


 情報量過多で、リリベラは頭痛がしてきて、ビビアンの言葉を遮った。


「そうですね。確か、二回選択する場所があった筈です。一回目は、転んでしまったお嬢様に手を差し出すか差し出さないか。これは、差し出さないが正解です。手を差し出してしまうと、助け起こした時にお嬢様がよろけて、二人は抱き合ってしまうからです。その後の選択肢はクズな内容しかありませんから端折りますが」


(どんな内容なの?!)


 リリベラは、気になってしょうがなかったが、聞いた時のダメージが大きそうだから止めた。


「二回目は、お嬢様のパンチラを指摘するかしないかです」


(パンティーが見られたことは黙っていたのに!)


「正解は?」

「指摘せずにスルーです。まぁ、そのぶんずっとパンチラ状態で会話することになるので、大抵はスルーする筈です。そうすると、お嬢様は視姦という辱めを受けたとも気が付かず、主人公のことは記憶にも留めずに教室に戻ります。大慌てで戻ってきたということは、パンチラを指摘されたんですよね?」

「ちょっと待って!そのゲームおかしいわ。あんなショッキングなことを目撃して、記憶にも留めないって、おかし過ぎるでしょう?!」


 ビビアンはウーンと悩み、結論は「エロゲーだから?」だった。


(有り得ない!)


「じゃあ、お嬢様は視姦されたんですか?」

「指摘されたわよ!」


 言ってしまってから、リリベラは慌てて口を手で押さえる。


「もしかして、その後に体育倉庫に引きずりこまれたりなんかは?」

「してません!走って逃げてきました!」


 ビビアンは、「それは、被害が最小で良かったです」と、リリベラの手を握る。


「最終攻略対象とは、エンディングムービーでしかHしませんから、そこまでは何があっても純潔は守られるんですけどね、けっこう際どいとこまでするというか、それってもしやセッ○スでは?というレベルまで至しちゃうんで、お嬢様、四年間気をつけないとですよ」


(何をどう気をつければいいんですの?!)


 リリベラのキャパは、今日の出来事でかなりいっぱいいっぱいなのに、まださらに濃いイベントがあるというのか?!


 リリベラは気絶してしまいたかった。

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