第9話 夕暮れの森

  ――夕暮れの森。

 帝国の西部に位置しているこの森は数多くの動植物が自生しており、帝国内で最も夕日が映える森として有名である。

 また帝国への近道として利用する商売人も多くいる。

 だがその分多くのならず者やモンスターも根城としており、通行には細心の注意が必要となる。



 レーヴたち一行は帝国から派遣されている兵士たちに通行許可書を見せ無事に夕暮れの森に到着した。

 多くの木々や草花に迎えられる一行であったが、観賞する事もなく奥へと進んで行く。


「それにしても依頼でなければこの美しい自然をもっと堪能したいものですなあ」


 ライアンが先頭を歩きながらそう口にする。

 オークとのハーフである彼であるが、その趣味は美術鑑賞だったりと意外な一面もある。

 だがその後ろを歩く少女は大して興味がなさそうに口を開く。


「まあお国の許可がないと私たちはここには入れない訳だけどね」


 アーシャはこの中では唯一幼少の頃から帝国に在籍しており、この森にも何度か足を運んだこともあるため別段感じるものもなく進んでいる。


(レーヴとデート、レーヴとデート、レーヴとデート、レーヴとデート、邪魔者が居ようと依頼があろうとこれはレーヴとのデート!)


 ように見えるが内心はレーヴと来れた事を悟られない様に振る舞っているだけであった。

 帝国の兵士やギルド員のような戦闘力をもつ者たちの間では、この森は立派なデートスポットなのであった。


「ライアンの気持ちも分からんではないがな。俺も依頼がなければ研究材料を採取したいもんだ」

「レーヴに自然を観賞する趣味はありませんからね」


 アーシャの後ろを歩くレーヴがゴーレムになりそうな土や石などを見渡しているのに対し、最後尾を歩くイヴは草木を興味深そうに見ている。

 このように気軽に会話している一行であるが、些細な異変を見逃さない様に各々が気を配っている。

 歩く並びも敵の襲撃に備え事前に決めてあった通りに動いており、何かあれば即座に対応できるようにしている。

 それから少し歩いていると、ライアンがふと疑問を口にする。


「そう言えばイヴ殿。前々から聞こうと思っていたのですがよろしいですか?」

「お答えできる事でしたら」

「イヴ殿は他の方々を敬称で呼んでいられるが、レーヴ殿にはそうでありませんよね」

「そ、それは私も気になるわね。も、もももしかして愛し合う関係……だったりじゃなかったり!?」


 純粋な興味で聞くライアンに対し、イヴも最も警戒する相手として見てるアーシャも会話に加わる。

 それに対しレーヴは頭を抱えつつ愚痴る。


「それお得意様の主婦たちにも散々聞かれたよ。ったく、どうして皆そろって色恋沙汰にしたがるのか」

「男と女。正確には当機は女性型のゴーレムですが、一緒に暮らせばそういった噂が立つのも仕方ないのでは?」

「まあ恋や愛などは兎も角、主であるレーヴ殿に対して呼び捨てであるのはどの様な訳があるものかと」


 ライアンの質問に対してレーヴはため息を吐きながら答える。


「そこに大した理由はないぞライアン。単に行動を共にするのに常に畏まられたんじゃ息苦しいから呼び捨てにするように俺から命じた。ただそれだけだ」

「ふ、ふーん? じ、じゃあ二人は一緒に暮らしていようとやましい事はしていない。という事ね」


 興味はありませんといった風に装いながらも途轍もなく気にしていたアーシャは、内心安堵しつつそう確認する。

 だが、次のイヴの発言によって一行の足が止まる。


「はい。毎晩レーヴの前で服を脱いでいますが、やましい事はありません」


 その瞬間、一行は本当に時が止まったかのように足を止めた。

 驚愕に満ちた顔のライアン。

 イヴに空気読めという視線を送るレーヴ。

 一同がなぜ足を止めたか分からないイヴ。

 そして一瞬で顔を青白くし能面のような表情になったアーシャ。

 まるで時が停止したかのように嫌な沈黙が流れた。

 数秒の沈黙の後にアーシャが首を壊れた人形のようにイヴに向かせる。


「い、いいいいいいいいいいいイヴさん? い、いいい今。なんと?」

「? ですからやましい事は何もないと」

「服を脱ぐ事がどこがやましくないって言うのよ!?」


 もはや半狂乱の域に陥いっているアーシャを横目に、ライアンはレーヴと問い詰める。


「レーヴ殿。これは一体どういう事ですかな? 事と次第によっては軽蔑をしなければならないのですが」

「説明するが少し待て、まず事の重大さをイヴに状況を説明してからだ」


 なぜこうなっているのか分からないでいるイヴにレーヴは耳打ちを始める。

 その間にライアンはアーシャを落ち着かせる。


「なるほど。今の当機の発言ではレーヴとの肉体的関係があったかのように思われるのですね」

「……他に何があるのよ」


 ライアンの落ち着かせたためか幾らかは冷静になったアーシャの言葉にイヴは首を横に振る。


「違います。全ては当機の性能を十分に把握するためです」

「? どういう事ですかなレーヴ殿」


 ライアンにそう問われるとレーヴは仕方ないといった風に話し出す。


「二人はイヴが俺ではなくて俺の師が造ったゴーレムなのは知っているな」

「ええ、伝説の異界から召喚された勇者一行。その一人である魔法使い、よね」


 アーシャがそう口にするとレーヴの表情が一瞬緩まるが、すぐに元に戻る。


「ああ。その分イヴの身体には師独自の魔法様式が使われているため俺も全てを把握していない。だから研究のためにもイヴの今後のためにも解明を進める必要がある」

「だからと言って衣服を脱がす必要はあるのですか、レーヴ殿」

「些細な変化も見逃す訳にはいかないからな。一般的にどう思われようと、恥ずべき事はしていない。これは断言できる」


 レーヴがそう言うとライアンは突然頭を下げる。


「レーヴ殿、知らぬ事とはいえ貴殿に疑いの目を向けてしまった。申し訳ない」

「……悪かったわね」


 頭こそ下げはしなかったがアーシャも謝罪を口にする。

 それに対してレーヴは頭を掻きながらバツが悪そうにする。


「別に謝罪して欲しい訳じゃない。それに誤解される行為なのは間違いないからな」

「お二人の誤解が解けて何よりです」

「ではイヴ殿がメイドの衣装を身に着けているのも魔法的な制約があっての事ですな」

「いや、それは俺の趣味だ」


 その言葉にアーシャが大きく反応する。

 一言も聞き漏らさんと意識を集中させる彼女をおいて、会話は進んでいく。


「ほう。まあその程度であれば騒ぎ立てる事でもありませんな」

「そう言ってくれるとありがたい。今ではイヴも気に入っているしな」

「仕えるものとしては正しい姿かと」

「いやしかし、レーヴ殿も男ですな」

「一応誉め言葉として受け取るよ。俺としてはスカートはロング一択なんだがな、動く事も考えて膝丈にした。ミニスカート、ダメ絶対」


 そう和やかに話していたレーヴであったが、突然表情を真剣なものに変える。


「まあだが。丁度いいタイミングで足を止めさせたな、イヴ」

「「??」」

「二人とも意識を切り替えろよ」


 そう言うとレーヴは周りを一度見渡して断言する。


「どうやら何者かの術中に嵌ったらしいぞ」

「「!!」」




 あとがき

 今回のお話は如何でしたでしょうか?

 レーヴとイヴの隠された日常も明らかになりました。

 彼の発言の意味は次回の更新にて。

 ここで一つ豆知識を。

 ライアンの両親は恋愛結婚。

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