第8話 ハイウォーリアのアーシャ

「れ、レーヴ! 久しぶりね!」


 その声に反応してレーヴが振り向くと、そこには腰まで届く赤毛のロングヘアの少女が顔を赤らめつつ髪を弄っていた。

 髪の一部をサイドテールにしたその少女に振り向くとレーヴはツッコミを入れる。


「いや久しぶりって。この間アクトの店であったばかりだろうアーシャ」

「ぎ、ギルドでは久しぶりって意味よ! 一々揚げ足を取らないで!」


 アーシャと呼ばれた少女は、赤かった顔をさらに赤らめて大声を出す。

 普通ならば咎められるような場面であるがギルドの面々、特に酒を飲んでいる連中はニヤニヤしながらこちらの様子を見ている。


(またか……)


 周りの様子に倦怠感を覚えるレーヴは内心でそう愚痴る。

 このアーシャという少女、普段はここまで感情的ではなく誰に対してもフレンドリーなのである。

 しかしレーヴに対しては妙に態度が可笑しくなるのであった。


(嫌っている……と言う訳でも無さそうだが)


 レーヴなりに観察し続け、アーシャが自分を嫌っている訳ではない事は察している。

 だが何故自分に対して挙動が可笑しくなり、普段は上げない大声を出したりするのかはイヴと協議しても分からないでいた。


「そ、そんな事よりもレーヴ! 何処に行くかは知らないけれど、声を掛けるならまず私に声を掛けるべきじゃないの。同期の、そう同期の私に!」

「何故そこで同期を強調する必要がある」


 そうツッコミを入れるレーヴであるが、この話自体は悪い事ではなかった。

 アーシャのこのカリバーンの中でも名の知れたハイクラスのウォーリアである。

 イヴを戦力に含まなければ、前衛二人に後衛一人とバランスは取れる。

 レーヴとしては気になる点はあれど文句はない申し出ではあるが、受け入れる前に確認すべき点があった。


「でもいいのか? 今から行くのは夕暮れの森だぞ?」

「? それがどうしたのよ?」

「あそこはかなり出るぞ。虫型のモンスター」

(ピクッ!?)


 レーヴの言葉に表情が固まるアーシャ。

 何でも幼い頃に虫型のモンスターに襲われて以来、虫が苦手となったらしい。

 その虫嫌いは筋金入りであり、以前ギルド内に虫が侵入した時は半壊させかけた経歴をもつほどである。

 そのような理由もありレーヴとしては同行してもらうのは気が引けたのである。


「そ、それがどうしたって言うの? い、いつまでも虫に腰が引けているだなんて思わないで」

「いや、脚が震えて涙目になりながら言われても」

「アーシャ様。あまり無理されない方が……」


 レーヴだけでなくイヴも心配して声を掛けるが、アーシャとしても退く気はないらしく大声を張り上げる。


「行くったら行くのよ! 連れて行くかどうかハッキリしなさいよ!」


 何故そこまで固執するのかはレーヴには分からなかったが、アーシャ本人がここまで参加を希望しているのであれば反対する理由もなかった。


「……分かった。メンバーは俺とイヴとライアン、そしてアーシャの四人行く。あとで文句言うなよ」

「そ、そう。正しい判断をしたわねレーヴ」


 どこかホッとした様子のアーシャに疑問を覚えつつもレーヴはママに今回のパーティーメンバーの事を伝えに行く。

 だがその途中でアーシャの耳元にボソッと言葉を残すのであった。


「何があったか知らないが、あまり無茶をするなよ?」


 アーシャは何か言いたげであったがレーヴはそれを聞かずにママの方へと向かうのであった。



(……うっしゃぁぁぁぁ!!)


 レーヴがママと話している様子を見ながらアーシャは内心で渾身のガッツポーズを決めていた。


(久しぶりに一緒に依頼! このアピールチャンスを逃さない!)


 他に誰もいなければ踊り出しそうなほど舞い上がっているアーシャはそう決意する。

 そう、何を隠そうアーシャはレーヴを好きであった。

 だが残念なことに好きな人の前で素直になれない彼女の気持ちはレーヴには伝わっていなかった。

 師からはツンデレの概念は学んでこなかったのである。


(……それにしてもこんなにアピールしているのにどうして伝わらないの?)


 たまたま道をすれ違うのを演出したり、来るかどうか分からないアクトの店で何時間も待ったり。

 さり気ないアピールどころか一歩間違えばストーカーな行為を続けて来たアーシャ。

 幸か不幸か、この事は誰にも話していないためツッコミを入れる者はいなかった。

 ……アクトが以前レーヴに報告しようとし、物理的に黙らせた事実はおそらく関係がない。


(ただでさえレーヴはこっちに中々来ないし。敵は多いし、ね)


 本人は知らない事であるが、レーヴはラーハの中ではかなりモテるのである。

 顔は中の上といったところでそれほど悪くなく、収入面や性格にも大きな問題はない。

 そのような理由からレーヴを狙っている女性は多いのである。

 レーヴ本人は研究一筋であり、さらに幼少から師と二人で過ごしていたため恋愛事に疎いのは仕方ない事かそれとも罪か。

 いずれにせよアーシャが誰とも恋仲になっていないレーヴとの距離を詰めるにはこの依頼はチャンスであった。


(……邪魔者が二人いるのは、まあ仕方がないか)


 アーシャとしては可能な限り二人で行動したいところであったが、イヴは理由を言わなければ納得せず。

 依頼にド真面目なライアンは説明しても首を縦に振らないだろう。

 つまり二人きりで良い雰囲気になるためにはこの二人もどうにかしなければならない。

 無論依頼自体も手を抜く気はさらさら無いが、それでもアーシャはこのチャンスを逃す気は無かった。


(その為なら虫だろうと何だろうと切って切って切りまくる!)


 内心でレーヴの心を射止める想像をして思わず顔が綻びかけるアーシャ。

 しかしすぐに顔を引き締め、計画を立てる。


(やっぱり女子力アピールは必要よね。今からお弁当を四人前……うん、急げば行ける。それに戦力としても優秀なのを見せないといけないし、武器は念入りに手入れしておかないと。し、勝負下着はどうかしら。い、いや! 別に期待している訳じゃないけれど!? ま、まあ? 一応? 万が一って事もあるし?)

「アーシャ様。一体どうなされたのでしょう?」

「ふむ。自分には分かりかねます」


 先ほどから黙って百面相をしているアーシャを不思議そうに見つめるイヴとライアン。



 この数時間後、四人は夕暮れの森へと向かうのであった。




 あらすじ

 今回よりあとがきを追加させてもらいます!

 新しいヒロイン、アーシャが登場しました。

 ツンデレ気味である彼女の登場によりレーヴの周辺がまた一層華やかになりました。

 次回からは四人で夕暮れの森へ向かいます。

 そこで待ち受けるものは何なのか?

 ご期待ください!


 ※面白ければ感想やレビュー、お待ちしてます!!

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