第4話 宰相と騎士の言葉

  ――この世界において、大国と呼ばれる国は二つある。


 この世界の古くから建国しているアジット王国。

 そして魔王が討伐されてからその力を伸ばしたエネラル帝国である。

 この二つの国の間には武力的な争いは起きてはいないものの、いつ戦争が起きてもおかしくはない程に関係は日に日に悪化している。

 目覚ましい成長を遂げていく帝国と、大いなる歴史を誇る王国。

 緊張感が増していく中でレーヴの存在は新たなる火種となるのか。



 騎士であるクラウディアが先導しながらレーヴは城の中を歩いていた。

 城に来たのは両手の指よりは多い程度のレーヴであるが、城に勤めるメイドや兵士たちが不審がらない程度には顔が知られていた。

 だが格式や従来のしきたりを嫌う皇帝の意向によって造られた城にも流石に慣れて来たレーヴであるが、いつ来ても皇帝に会うとなると緊張が隠せなかった。

 それなりの距離を歩き玉座の間まで後少しという曲がり角で急にクラウディアの足が止まる。

 不審に思うレーヴであったが、角から現れた人物を見て納得する。

 その人物は二人、と言うよりはレーヴを確認すると明らかに眉をひそめる。


「ふん。相変わらず才能を商売に費やしているようだな、便利屋」

「……お久しぶりです。ブラド宰相」


 突如現れた宰相、つまりは皇帝の補佐役であり帝国のナンバーⅡであるブラドにレーヴは畏まる。

 それはクラウディアも同じで礼儀を重んじる彼女は頭を下げたままである。

 ブラドは一瞥すると二人とは反対側に歩いて行こうとするが、何を思ったか足を止めて背を向けたままレーヴに声を掛ける。


「貴様がどのように生きようが勝手だが、己の師に泥を塗るような真似はすべきでない事を肝に命じるのだな」


 それだけ言うと返答も聞かずにブラドは去っていった。

 皇帝とは違うプレッシャーから解放され、レーヴは深く息を吐く。

 だが何時までも安堵している訳にもいかず玉座の間に向かおうとするが、それよりもまず隣にいる頭を下げたままの騎士をどうにかしなければならなかった。


「騎士クラウディア。ブラド宰相は去られましたよ」

「そ、そうですか」


 様子を伺いつつ頭を上げるクラウディア。

 その表情は緊張で強張っていた。

 再び歩き始める二人はブラドについて話始める。


「ブラド宰相は相変わらずですね」

「そうですね。私などはお姿を拝見する度に緊張してしまいます」


 騎士団長としてブラドと顔を合わせる事もあるクラウディア。

 そんな彼女でもブラドと話をする時は緊張が隠せないでいた。


「それにしても。宰相はレーヴ殿を、その……あまり良く思っていないように見えるのですが」


 クラウディアは言葉を選びながら前々から思っていた事を尋ねる。

 レーヴは乾いた笑顔を返しながら答える。


「ブラド宰相は政治的な手腕だけでなく魔法の使い手としても一流、そして魔法は無条件に万人の幸福のために使われるべきと書物にも書かれた方です。魔法を商売に使っている自分に腹を立てるのも無理はないかと」


 帝国に拠点を置く魔法を扱う者ならばブラドが書き記した魔法に関する書を一度は見た事があると言われており、レーヴも当然のように持っている。

 自虐的に答えるレーヴに思うところがあったのかクラウディアは慌てたようにフォローの言葉を掛ける。


「で、ですけどレーヴ殿も多くの人を幸せにしていますよ!」

「……自分のは飽くまでも商売です。幸せに出来るのは金を持っている者のみです」


 その事に関してレーヴも思うところが無かった訳ではない。

 レーヴが便利屋を営んでいるのはお金が目的である。

 そしてそのお金の殆どはゴーレムの研究に使われている。

 結局のところレーヴが商売しているのは自分のためであり、そのために魔法を利用していると言える。

 世界を救った師や、全ての人間に幸福をと願い貢献している宰相に比べて小さな人間だと思わず笑いすら込み上げるレーヴ。


「……それは、違うと思いますよ」


 そう言うとクラウディアは再び足を止めてレーヴと向き合う。

 身長が低くレーヴを見上げる形となるクラウディア。

 だがその目に宿る力強い意志にレーヴは思わず後退りしそうになる。


「確かに商売である以上はお金も必要でしょう。でもだからと言ってそれが悪であるとは思えません。それに魔法が使えようと使えまいと、自らの能力をお金のために使っている者は多くいますよ?」

「それは……そうですが」


 レーヴが思わず言い淀んでいるとクラウディアはその手を取って力説する。


「保障します! レーヴ殿は宰相に負けないほどに人々を幸せにしています! 例えそれに対価が生じていてもそれは誰にでも出来る事ではない事で、立派な事です!」

「……ありがとうございます。騎士クラウディア」


 今の一言でレーヴの考えが完全に変わった訳ではない。

 結局のところ便利屋をしているのは研究の為であり、自分のためである。

 だがその過程で誰かを幸せにしているのであれば、それはそれで師に胸が張れるのではないか。

 そう思える程度にはクラウディアの言葉はレーヴの胸に残った。

 レーヴの感謝の言葉を聞くと、クラウディアは満足したように手を放す。


「良かったです! 宰相も尊敬すべきお方ですが、レーヴ殿も私にとって尊敬すべきお方ですので!」

(その真っ直ぐさはむしろこっちが尊敬するけどな)


 そう思いつつも再び脚を動かし始めたクラウディアにそれを伝える事無く、レーヴはその後を追う。

 しばらく無言であった二人であったが、クラウディアの口が開く。


「良い機会ですレーヴ殿。知り合ってそれなりになりますし、私の事は呼び捨てで構いませんよ? ああ、勿論二人の時や公務外の時にして欲しいですが」

「……それ、あなたが言います?」


 何度言っても自分を敬称を付けて呼ぶクラウディアから出た言葉に思わずそんな言葉が出るレーヴ。

 だがクラウディアは気にした様子もなく照れたように頬を掻く。


「私のは性分ですので……。ですがやはり仲を深めるには呼び方を変えてみるところから始めてみるべきかと」

「……はぁ、そっちから言い出した事だ。後から止めてと言うのは無しだからな、クラウディア」


 色々と思うところはあるが、仲が深まるのは悪い事では無いだろうと思い受け入れるレーヴ。

 それに満足したのかクラウディアは笑みを浮かべながら何度も頷く。


「ええ勿論。……時間を取ってしまいました、急ぎましょう」


 そう言ってクラウディアであったが、走らずに飽くまでも速足レベルで玉座の間へと向かうのであった。



 すれ違った兵士によれば、その表情は珍しく緩んでいたとの事だった。

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