第弐拾話 深部隠密偵察指令

「それでは作戦の概要を伝える」


 第一遊撃隊グレイプニールの面々を作戦室に集めたセルゲイは、開口一番にそう言い放つ。軍事機密の塊たる戦略地図を敷いたテーブルを挟んで、ノルトフォークも交えてのブリーフィングだ。


「まず、第一、第二遊撃隊は一時的に統合、再編成され、[統合遊撃隊トリニティ]となる」

「よろしくお願いいたしますわね!!」


 相も変わらず大司教に似た様相のまま、ノルトフォークは無駄に大きく声と胸を張る。溌溂はつらつとした笑顔に、葉巻を片手に、中世貴族風の古臭い言い回し。ミスマッチというか、なんと言ったものか。


「同部隊はノヴォヴォロネシュスカヤ・アエス原子力発電所の確保、制圧を主目的とする灯台作戦に組み込まれる。君達が作戦の要であり、先鋒だ。ここまでで質問は?」


 イヴァンナが手を挙げる。


「作戦目標たる原子力発電所は最も近いサラトフからでも五〇〇キロ近い。敵の支配域奥深くまで、どう突破、浸透するつもりだ?」


 暫し沈黙が流れて、セルゲイが答えた。


「無い。詳細な作戦はまだない。国際社会がどこまで歩調を合わせてくれるか、どれだけ戦力を用意してくれるか次第だ。まだ彼我きがの戦力、状況が定まっていない」


 大まかな目標は定まっても、その中身は空っぽ。仕方ないとはいえ、中々に酷いものだ。


「つまりこれから、か......準備期間は?」

「作戦開始から目標達成までを加味すると、一ヵ月。多く見積もっても一ヵ月半」

「万全とは言えないな」


 かつて大祖国戦争で、ウクライナ方面を突破。スターリングラードに迫るナチス・ドイツ率いる枢軸軍三三万を包囲したウラヌス作戦。これの準備期間が一ヵ月程度。


 だが、今は状況が違う。ロシアは疲弊しきり、実戦経験を積んだ精鋭は殆どが戦死。その為に世界中から戦力を集める必要があるのだが、上手くいくかどうか。


「ともかく、どれだけの戦力を集めてくれるかは大統領、外交官、元帥閣下の働き次第だ。俺達は与えられた手札でどうにかするしかない」


 重苦しい空気が作戦室内に満ちる。それに耐えかねてか、ノルトフォークが一呼吸おいて口を開く。


「陰気臭いですわねまったく!! お通やか何かじゃないのでしょう? もっと楽しそうにしたらどうなんですの?」

「............ジャガーノート、コイツを黙らせてくれ」

「それは出来ない」

「なんでだよ!!」


 大声で叫んで、セルゲイはわざとらしくため息を付く。


「す、すごい元気? ですね......」


 ノルトフォークの陽気さにやや引きながらも、ルカは呟くように言う。


「元気と楽観こそ貴族たる証ですもの!! 民草から慕われる大貴族様が、常に地面ばかり見ていてブツブツ喋っているようじゃ格好がつかないというモノですわ!!」

「慕われる?」


 歴史の授業で酷い目に遭ってきた貴族たちを思い返し、ルカは疑問符を浮かべる。


「楽観主義もそこまで行くと病気だな。精神病棟への紹介状が欲しく無ければ今は大人しくしてろ」

「え~?」


 重苦しい空気は消え去り、どこか腑抜けた雰囲気でセルゲイは話を続けていく。


「でだ。我の状況は後々になるが、何よりも重要なのは敵の情報だ。敵がどのような防御陣地を構築しているのか、戦力はどれほどか。それを調べるのが今出来ることだ」


 真面目な雰囲気へと修正しようとするセルゲイに、さしものノルトフォークも口を閉ざす。


「そこで、だ。統合遊撃隊トリニティの初任務として、敵支配域深部への隠密偵察を命じる」

「三人で行くんですか?」

「いや、ボールド・イーグルとブラフマーの二人だけだ。ジャガーノートは警戒待機となる」


 意外にも、サーリヤが真っ先に声を上げた。


「二人で?」

「そうだ。二人でだ」

「ブラフマーはこの辺りの地形に精通していない。私が適任だと思う」


 腕を組んで、相変わらずの無表情。されど、瞳は僅かにノルトフォークの方を向いており、牽制しているように見える。


 最近、サーリヤが感情を表に出すようになった気がする。良いことなのか悪いことなのかは分からないが、何か変化でもあったのだろうか。


「それを言ったらブラフマーはアフリカ戦線で戦ってきたんだ。こっちでの戦い方は知らんだろ。砂漠とこっちじゃ敵の戦力も大きく違う。防衛用に置いておくならジャガーノート、お前が適任ってわけだ」

「............分かった」


 やや渋々、といった感じではあるが、サーリヤは了承したようだ。


「どうしましたの? 嫉妬? 妬いちゃったのでありますの??」


 ノルトフォークは堪え性が無いらしい。ニタニタと卑しい笑みを浮かべてサーリヤに詰めよっている。


 姿勢を斜めに倒していくサーリヤに合わせて、ノルトフォークもぐいぐいと顔を近づけていく。サーリヤは嫌そうな顔こそしていないものの、明らかに関わるなというオーラを放っている。


「しつこい」


 限界まで身体を倒したまま、サーリヤはノルトフォークの足に向けて硬く、やや鋭さのある軍靴で蹴りつけた。


「ぁばっふ?!」


 なんて情けない声を出し、綺麗に顔面から床に倒れ込む。置き去りの白い帽子が可愛く舞い、顔を上げたノルトフォークの頭に丁度良く収まった。


「な、なにをしやがるんでありますの?!」


 ノルトフォークは鼻を抑えながら、頬を真っ赤にしてダミ声で叫ぶ。よくよく見ると、鼻血が出てしまっている。


「あの、だいじょ──」

「眷属、シャラップ」

「──ッ?!」


 サーリヤに命令され、ルカは声が出なくなる。サーリヤは滅多に命令はしないものの、一応ルカは眷属でサーリヤは主である。命令すれば何でも出来る。


「はー、全く破壊神様はこれだから......貴女に神としての自覚は無いんですの?!」

「私は神ではない」

「似たようなもんでありましょうに!!」


 グルルル、と威嚇する猟犬の如く犬歯を覗かせて、ノルトフォークはサーリヤを睨んでいる。サーリヤは動じることなく睨み返し、一触即発といった状況。


 なるほど、猟犬というのは言い得て妙だ。


 ルカはどうにかしてくれと言わんばかりにセルゲイへと目線を向けた。


「............そんな目で見ても俺にはどうにもできんぞ」


 結局、ルカへの命令が撤回されたのは小一時間にも渡る口喧嘩の後のことであった。


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 ──九月一一日、レニンスク米空軍基地──


「そろそろ作戦開始、ですかね......」


 数十機のMQ-9が、プロペラの轟音を立てつつ次々と飛び立っていく。にしても、流石は米軍。二、三日前まではただの平野だった所に、もう大規模な空軍基地が建設されている。


 如何に世界が困窮していようと、アメリカは依然超大国として世界に君臨しているのを肌で感じる。


「やっぱり米軍は気が早いですわねー。もう飛ばしておりますわ」


 ルカとノルトフォークは基地内の格納庫でパイプ椅子に腰を掛け、ブリーフィングまで暇を持て余していた。せわしなく走り回る整備兵達を傍目に、ノルトフォークは葉巻を創り出しては煙を吹く。


 その様子だけ見れば、底無しの楽観主義者というより、堅実で強情なエース。そんな雰囲気だ。


「さて、すまない。待たせたな。レニンスク米空軍基地司令のマクスウェルだ」


 さっと立ち上がり、二人揃って敬礼を送る。未だ慣れない上級将校との対面に冷や汗を流すルカと違い、アメリカを体現したような性格のノルトフォークは一歩前へ出る。


「よろしくですわ!!」

「あれ? えっと、あの......」


 平然と英語であいさつを交わし、握手をするノルトフォークとマクスウェル。ルカは目の前で交わされるネイティブ英語の前に、ただ呆けて立ち尽くすことしか出来なかった。


 そんなルカにマクスウェルは視線を向けつつも、ノルトフォークに何かを言われて、二人で会話を続けていく。


 ルカを爪弾きに、暫く二人だけの会話が続いた。ようやく話が終わったかと思えば、マクスウェルは二人に敬礼を送って格納庫の奥へと消えていった。


「さて、話が終わりましたわ!!」

「えっ? あっ、はい......」


 ルカを差し置いて話を終えるとは如何な領分か。なんて思わなくもないが、終わってしまったものはしょうがない。何を話していたのかノルトフォークに聞こうとすると、ノルトフォークが先に口を開いた。


「そういうわけで、作戦内容を伝えますわ!!」

「はぁ......」


 何と繋がってのそういうわけでなのかは知らないが、どうやら一々翻訳するより纏めて話してしまった方が好都合と考えたらしい。


「わたくしたちを主軸として、米空軍の第四二飛行試験航空団が共同で作戦を進めますわ。作戦名はサーチライト作戦。敵支配域深部への浸透及び隠密偵察が作戦内容となりますわね」


 米空軍、他国と共同してのロシア初の攻撃的な作戦だ。これまでは国土の防衛を重視し、攻撃的な作戦計画は行われなかった。防衛するだけでも必死な戦況。敵支配地域深部への偵察なども、サーリヤを向かわせるわけにもいかず。陸空で命懸けの片道偵察をするほど、参謀本部も狂ってはいなかった。


 ルカとノルトフォークという新戦力が加わり、ユーラシア大陸の北から南までにも及ぶ広大な戦線での機動防御が容易になった。そこに米中を主とする各国からの支援。ウラル山脈とヴォルガ川という天然の要害を盾にし、守りは盤石。


 こうして攻勢という大博打に、労力を割くこともある程度はできる。


「サーチライト作戦は灯台作戦の事前準備作戦となりますわ。米空軍の最新鋭兵器、MQ-9の実戦試験という側面もあるようでありますわね」


 また一機、プロペラの爆音を轟かせてMQ-9が飛び立っていく。


「それで、わたくしたちの任務は主要進撃路の一つ。ヴォルゴグラードからヴォロネジまでを道路沿いに浸透、偵察なのですけれど......」

「けど?」

「あの人も中々無茶な目標を立てますわね。可能であれば異生物群グレート・ワンを捕獲、生け捕りにしろなんてね」


 冗談が過ぎる。ルカはそう思った。異生物群グレート・ワンの捕獲など、どれだけ頑丈な檻を用意すればいいのか。想像もつかない。


「無理じゃないですか?」

「まぁできればの話ですわ。別に主目標じゃないなら、出来ませんでしたって報告すればいいだけのことでしてよ」


 なんて言いつつノルトフォークは尽きることの無い葉巻を延々と吸い、煙を吹く。葉巻は香りを楽しむものだが、煙たいニコチンとタールの臭いに慣れぬルカは軽く咳き込んでしまう。


「あら、煙たいのは苦手ですの?」

「苦手っていうか、なんていうか......」


 苦手、というより本能的に受け付けない臭いだ。煙たく、鼻に喉の奥にと臭いが突き刺さる違和感。


「わたくしはサディストではなくってよ。嫌なら嫌と言って大丈夫ですわ」

「えーっと......正直言うと、少し。いや、結構キツイです」

「正直なのは良いことですわ。これからは、貴方の前では控えるように致しますわね」


 そう言ってノルトフォークは口に咥えた葉巻を手に取る。葉巻は糸を解くように細かく、散り散りになって手の中に消えていった。全く、どういう仕組みなんだか。


「あ、腕時計は持っていますわよね?」

「へ? ま、まぁ......」


 ルカは自費で買ったGショックを見せる。


「よろしいですわね。それじゃ、そろそろ作戦開始時刻ですし、時刻整合をしますわよ。やり方は流石に教わってますわよね?」

「はい、大丈夫です」


 少し間を置いて、時刻を合わせる。


「現在時刻一〇〇〇。サーチライト作戦を開始しますわ」


 ルカとノルトフォークは、暗い空に消えていくMQ-9の編隊に少し遅れてレニンスク米空軍基地を進発。ヴォルゴグラード市街を通り抜け、縦深深く構築された塹壕と鉄と肉の防衛線を進み、市街からは遠く離れた地図上の敵支配域との境目へと到達した。


「一応、ここから一歩先が敵の支配地域ということになっておりますわね」

「なんだか不気味ですね」


 これまで走ってきた道と変わらぬ荒野が、地平線の先まで続いている。されど、良く目を凝らすと天と地との境目に、真っ黒な森林地帯が広がっているのが分かる。


 不気味なほどに静まり返った、生命の息吹が絶えた荒野。敵支配域と人類の生存圏の係争地、無人地帯の遥か先。そこに、奴らが居る。


 人類を絶望の渦の中へと叩き堕とし、なおもその圧倒的な物量を以てして誅戮ちゅうりくせんとする化け物共の潜む森。何が待ち受けているかなど到底想像つかない。だが、あの黒い森を見る限り、マトモな存在というのは無いのであろう。


「さて、前進ですわ!!」

「──っはい」


 まるで遠足でも行くかのようなテンションで、ノルトフォークは一歩を踏み出す。半歩遅れて、陽気なオーラを振り撒くノルトフォークの後ろをルカが追う。


「行進をしよう~、歌を歌おう~、自由の陸軍と共に~」


 アメリカ陸軍を代表する軍歌を溌溂はつらつと口ずさみ、ノルトフォークは軽い歩調で進む。敵の支配域奥深く。暗黒に閉ざされし、化け物共の巣食う森の只中へと。

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