第2話

「うわー…これは酷い。」


青々とした葉の茂る、しかし雑草は丁寧に取り除かれた畑の一角で、高井は呟いた。


高井が立って眺めているのは、レタス畑である。規則正しく並んだレタス、そのどれもが外葉のみ残されて中身、即ち販売できる部分がごっそり無くなっているのだ。


高井の隣で泣きそうな顔で立っているのは、このレタス畑の持ち主、佐藤。そして彼が、昨夜高井に電話をかけてきた人物である。


「昨夜…ふらっと畑を見に行ったら、このありさまで…」


弱々しい声音で佐藤が言う。昨夜はろくに寝ていないのだろう、腫れぼったい目は充血しており、顔全体がむくんでいる。見るからに睡眠不足の顔だ。


「最近は不景気なためか、こういう類の泥棒も珍しくないって聞くよねえ…」


「そんな、高井さん、他人事みたいに…!」


呑気に欠伸しながら感想を述べる高井に、佐藤が避難がましく言う。


「いや、気の毒とは思うけど他人事でしょう。うちと一体、何の関係があんのさ?」


高井は佐藤をはじめとしたこの地域の農家や農場に、人材を派遣しているだけである。佐藤たちの仕事全ての面倒を見るなどと、約束した覚えは無い。

なので、泥棒被害に遭ったからといって深夜に相談を受けたり、非難されるいわれはないと、そう思っていた。


「あいつらが…高井さんが寄越したあの、異世界人たちが、同時に姿を消したんですよ。」


「そいつらがやった、って言うの?」


「それしか考えられませんよ!」


「何か、証拠はある?監視カメラの記録とか。」


佐藤は急に口をつぐみ、俯いた。両手をきつく握りしめ、悔しさや怒りを必死に抑えているようだ。


高井は佐藤の肩に手を置き、先ほどまでとはうって変わった優しい声音で語り掛ける。


「佐藤さん、分かるよ。そりゃ、そう考えるもんだよな…でもさ、こっちとしても証拠が何も無いようでは、そういう風に対応するわけにいかないんだよ。

俺だって雇われてる身だから、好き勝手できないんだ。」


佐藤は肩を落としたまま、頷いた。高井への怒りはいくらか溶けたように見え、高井は内心胸をなでおろす。


「警察には相談したの?」


「一応…でも、あまりあてにはできません…」


佐藤はそう言い、力無く首を横に振った。


「元気出しなよ、警察は基本的に異世界人が嫌いだからさ、そいつらが犯人である可能性があると知れば、懸命に捜査してくれるかもよ。」


佐藤はそれには答えず、悔し涙を流していた。


「うう…あいつら、あんな良くしてやったのに、恩を仇で返すまねしやがって…こっちは家族のように接してきたのに…」


それを聞いて高井は思わず「はあ?」と聞き返しそうになるのを抑え、苦笑いを嚙み殺した。


異世界人を嫌悪する佐藤が、彼らをどのように扱っていたのかを、高井はよく見知っていたからである。

最低賃金を大幅に下回る金額しか与えず、休憩もろくに取らせず考えられない程の長時間勤務を強いて、暴力も頻繁に振るっていた。


佐藤が彼らに与えた住まいは、畑から少し離れた所にある、物置小屋のような所であった。板張りで、冬は寒風が吹きすさび、エアコンはおろか扇風機やヒーターの類も無く、そもそも電気が引かれていない。


佐藤は彼らを「家族のように接してきた」と言うが、佐藤の息子や娘は両親と共に快適な部屋で寝起きし、大学へ行き高級車を乗り回して遊んでいる。


佐藤だけではない。高井が人材を派遣している農家、農場は皆、そうしたやり方をとっている。

そして高井も、彼ら農家や農場主の非人道的なやり方に反発など感じてはいない。

派遣会社で扱う人間は国籍や人種を問わずクズばかりというのが、高井の考えだ。この世界の人間にクズがいるように、異世界人にもクズはいる。

クズが人間として扱われるべきだなどと、甘い考えを高井は持っていない。

そして異世界人と言えば、総じて無能、自堕落な怠け者というのが世間の評価であり、何の根拠も無いが、高井もそれに同感だった。


そして実際、彼らは盗みを働いた。泥棒なんてもんは、クズのやる事だ。やはり自分の考えは正しかった、と高井はそう思う。


車の整備会社で働いていた高井は、新しく就任した社長と折り合いが悪くなり、退職した。

前社長は細かい事を気にしない、大らかな気質であったのに対し、新社長はコンプライアンスだのハラスメントだの小うるさくて仕事にならなかったのだ。

腹立たしかったのが、殆どの他の職員、とくに女性社員が「仕事がし易くなった」と言って喜んで支持していた事だった。

高井を含む数名が去った後、その会社は順調に業績を上げているらしい。


――自分のやり方は、考えは間違っていない、そう証明するため、高井は元居た会社の頃よりも高い収入を得られる仕事を探した。


しかし、中途採用で同程度もしくはそれ以上の収入を得られる職場は、なかなか見つからない。それでも縁あって、今の人材派遣会社の斡旋業に就けたのである。


高井が扱う事になったのは、地方の農家や農場への人材派遣である。こうした仕事は、やりたがる人間がなかなか見つからない。

たまに意識の高い人間が関心を持つ事はあるが、そういう人間はたいてい親族や友人知人との繋がりがあり、したがって何かあれば誰かしらに相談したり、助けを求める事ができる。

つまり、最低賃金を下回るような額で働かせたり、暴力を振るったりと雑な扱いを強い難い。


そこで高井が目を付けたのが、異世界転生者技能実習制度である。


ある時期から突然、人が変わったようになる者が現れ始めた。いや、本当に人が変わったのだ。

最初は何某かの記憶障害や精神病と受け止められていたのだが、診察しても何ら異常は無い。

彼らによれば、ある日トラックにひかれて白い光に包まれ、気付くと今の体でこの世界にいたのだと言う。


にわかに信じられぬ話であるし、現在でも何らかの発見されていない精神病にかかったというのが通説だが、それでも彼らは「異世界転生者(異世界人)」と呼ばれるようになった。


困ったのは彼らの受け入れ先である。何しろこの世界のルールなどは何も知らず、言葉も分からない。今の体が、転生者が入る前に持っていた記憶や技術はもちろん無い。


そして多くの企業は、安価で単純労働に従事する奴隷を求めていた。そこで作られたのが、異世界人技能実習制度だ。

制度の建前は異世界転生者の技術取得や社会復帰、及びこの世界との交流。しかし、その内実は異世界人をタダ同然で働かせる奴隷制度である。

異世界人実習制度は法の上では労働基準法を守る事を義務付けているが、それもまた建前であった。表に出なければ、どうしようと勝手であり、国はほぼ黙認している。


定期的に開かれる奴隷市場、そこにはブローカーに騙されてやってきた若い異世界人の男女が集められ、せりにかけられる。


高井はそこで、体の頑丈そうな異世界人を買い、日本の農家や農場に売り叩く。


異世界人たちは実習生になるために、ブローカーに多額の借金をしているため、金を稼がねば辞めるわけにはいかない。

そして、給料の振り込まれる通帳は高井が預かるようにしている。彼らの逃亡を阻止するためだ。そもそもここへ来る異世界人たちはたいていが親族からも手を焼かれ、逃げるようにして来た者ばかりなため、逃げたところで行くあても無いのだが。


それでも万が一逃亡すれば、転生者管理局に失踪届を出され、見つかれば逮捕されて牢獄に放り込まれる、そう言って聞かせ脅しておく。


転生者管理局とは違反した転生者を無期限に放り込んでおく牢獄であり、日常的な暴力はもちろん、怪我や病気にかかっても治療を受ける事ができず、この世の地獄と呼ばれている。人権団体から抗議を受けながらも、転生者の虐待をやめる事が無い。


もちろん高井は預かった彼らの通帳から、まるで自分の通帳のように金を引き出し使っていた。

連れてくる異世界人は、ろくにこの世界の言語を理解できないし、頼れる者もいない。利用するにもってこいであった。


窮状を訴える異世界人らに、高井は「彼ら農家、農場の人たちも困っているんだよ。だから助けてやってほしい。」と言いくるめた。


「助けてほしい」高井は度々そう言って、彼らを搾取している現状を誤魔化した。

そう、俺たちは助けてもらっているのだ。困っているから助けてもらっている、決して搾取しているわけではない、仕方がないのだ…

「助けてほしい」この言葉は、不思議と高井や受け入れ先である農家、農場主の良心を誤魔化すのに役立った。


そうやって、上手くやってきたつもりであった。高井の収入は前に居た職場の時の倍以上になり、自分はやはり間違えていなかったと、彼は満足気に確信した。


ところが最近、順調であった経営に少々暗雲が漂うようになる。高井が人材派遣した農家や農場で、農産物や家畜が盗まれる事件が起きるようになったのだ。

おまけにその後、必ず被害のあった所から、高井の派遣した異世界人たちが姿を消している。


証拠など無いが、高井も被害に遭った業者も彼ら実習生が加害者であると確信している。

もちろん、転生者管理局や警察には届け出を出した。加害者が異世界転生者という事で、異世界人嫌いの警察は懸命に捜査してくれている。

しかし今の所、何の手がかりも見つかっていない。目撃証言すら無いのだ。


地域の住人たちが実習生らを庇っている事は、考えられなかった。住民の多くもまた、異世界転生者に対しては偏見を持っている。


もしくは地域住民の誰かが犯人であり、本当に実習生は関係無いのだろうか。しかし、そうならなぜこうもタイミング良く姿を消すのか…


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