第8話 戦車に乗るための訓練

 戦車と言う物をメアリは初めて見た。

 大きさは横幅が人間を5人程度並べたぐらい。縱は人間3人を寝かせたぐらい。大きいと言えば、大きいし、小さいと感じる事もある。上から下まで鉄板に覆われており、かなりカクカクした方形を基準にしたデザインである。この時代の技術では鉄板を曲面にして、接合するのが難しいからである。接合は鋲が使われており、溶接は一切、用いられていない。すでに溶接技術は存在するが、まだ、信用性が低かった。

 砲頭には二本の銃身が見える。それはメアリが配属されていた普通科で使っていた機関銃の銃身であった。

 「これを動かすのでありますか?」

 メアリの質問に製造した会社の技術者で教官であるミラー技師が笑って答える。

 「あぁ、そうですよ。あと動かすだけじゃなく、整備も出きるようになって貰います。戦車はとにかく整備が必要な兵器です。整備をしないとまともに動かすことなど出来ませんから」

 ミラー技師はそう言うと、彼女達を営舎の一部を用いた教室へと移動させる。そこで始まったのが座学であった。 

 ミラー技師が黒板や資料を用いて、戦車の構造や操縦方法、整備方法などを教える。

 しかしながら、これがメアリにとっては厄介であった。そもそも、王国での平民の識字率は4割程度。読める程度でそれで、書くとなれば、さらに半分ぐらい。

 その為、イラストを多くした資料でも、それを理解するのにメアリ達には時間を要した。だが、それは当初から解っていたことであった。ミラー技師は彼女達の様子を窺いながら、資料を追加したりして、教育を進めた。

 メアリは孤児院育ちであり、機械と呼ばれる物に触れる機会は殆ど無かった。まだ、移動するには自動車では無く、馬や馬車、人力車などが当たり前の時代。機械に触れる事が庶民にはあまり無い時代であった。


 2週間の座学が終わり、知識の面では彼女達は戦車を乗りこなせ、整備することも可能なはずだった。

 この頃になると騎馬隊用の制服である乗馬服が用意された。殆どのヴァルキリーメイド服からそちらに着替えを終える。

 だが、メアリは違った。騎馬隊に転属させられた多くのヴァルキリーの身長は比較的に低めでも平均148センチであった。しかし、一回り小柄なメアリは138センチしかなかったのである。あまりに低い身長の乗馬服は結局、用意することが叶わず、メアリだけはメイド服となった。

 狭い車内ではスカートだと不都合があるだろうと想定されたが、メアリが慣れていることもあり、体型に合わない乗馬服を着せるより、マシだろうとサラは判断した。


 戦車に搭乗する際は鉄帽は被らず、カチューシャを頭にする。これは狭い車内で鉄帽を被っていると頭を動かすことも難しくなるためである。ただし、これは彼女達が乗る小型戦車があまりに狭いためであり、通常は車内で頭部をぶつける危険性が高いため、むしろ、着用の義務があるぐらいである。

 サスペンダー付きガンベルトは巻くが、装備は拳銃を納めたホルスターだけである。本来、侍女長までしか装備されない拳銃をメアリのような下級のヴァルキリーも装備が可能なのかと言えば、戦車の車内に他の個人携帯火器を納める場所が無く、戦車を降りた時の自己防衛兵器となるからだ。


 欠陥戦車と一部では囁かれる1号戦車はあまりに低い姿勢と相まって、小さい見た目である。事実、これは他国の戦車よりも小さい。単純に開発時にお手本とされたトラクターが小さかったという問題もある。エンジン出力の問題からなるべく重量を減らす努力がされた結果、運転手は身長が150センチ以下じゃないと無理となった。これは男性の平均身長が154センチであることから、相当、小柄な体躯じゃないと運転席に乗り込めないことになる。これが欠陥と呼ばれる所以である。

 つまり、運転手に選抜されたメアリも含めたヴァルキリーは単純に身長が150センチ以下であったからに過ぎない。


 貿易摩擦解消の為に買わされた戦車の数は予備も含めて、15両である。小隊の定数としては13輌が予定されている。

 4両で1分隊、3分隊で1個小隊の編成が行われた。小隊本部の分隊だけは小隊長車が入るので5両編成となる。

 メアリは早速、操縦席に乗り込む。

 車体前方の上部に取り付けられたハッチを少し引っ張り上げ、クルリと横に回すように開ける構造のハッチである。開いた穴は一般的な成人男性が出入りするのに窮屈な程であるが、小柄なメアリなら、スルリと滑り込めた。

 操縦席は座席あるだけの空間であり、伸ばした足にはピッタリとアクセルとクラッチがあった。二本のレバーがあり、これを前後させると左右の無限軌道の速度を変えられた。さらにレバーの上のボタンを押し込むと、レバーを後方へと倒せるので、それで無限軌道ギアを反転させて、後方へと走らせたり、転回させたりが出来る。

 アクセルペダルはスロットルであり、エンジンの回転数を上げる。クラッチペダルはエンジンと駆動用ギアを直結させたり、切り離したりする機能である。これを上手にやらないとエンストを起こしたり、最悪はギアが破損してしまう。

 理屈は叩き込まれたが、実際に走らせるのは誰もが初めてであった。

 教官が車体に乗り、上から指図する。

 メアリは言われた通りにクラッチを踏んだまま、起動釦を押す。

 後方ではエンジンに直結させるように刺し込まれたクランクをヴァルキリーが回す。これでエンジンは回り始める。振動に合わせて、アクセルペダルを軽く踏み込む。

 マフラーから黒い煙が噴き出し、エンジンは激しく振動して、回り出した。次に前に出る為に両手のレバーを平行に前に少し出し、ゆっくりとクラッチを上げる。

 エンジンの回転数を示すメーターの針の動きを見ながら、アクセルをゆっくりと踏み込むと回転数が上がる。突如として、車体が動き出す。ただし、この時、慌てて、クラッチを繋ぎ過ぎるとエンジンが負担に耐え切れず、止まってしまう。

 今回はメアリがクラッチを早く開け過ぎた為、エンストをした。

 教官に怒鳴られて、メアリは平謝りをする。だが、結果的に初日はまともに誰一人として、走らせる事は出来ず、尚且つ、駆動ギアやエンジンが壊れた車両が4台も出る始末であった。

 まだ、完成にはほど遠い戦車を扱うには操縦する側に高い技量が求められた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る