第13話 移コウ


「いま、なんつった?」


 急展開というものは得てして状況が大きく進展することで発生するものであり、

 多くの大体が意図しないタイミングで突然、起こりうるものである。


「もう一度、言う?」

「ああ、右の耳から左の耳に流れていった」


 物語ならば、そこから話は加速し味が付け加えられていくだろう。

 そういういわゆるテンプレ的な脚本を何度も目にしては、何度も驚かされてきた。


「わたしの兄になってほしいと、頼んだ」


 ナヤカは姿を隠そうともせず、堂々と目線を合わせて宣言するように言った。


 これは急展開ではなく、ダメな方の超展開だ。

 これまでの生涯で数多くの創作物に触れてきたが、ここまで突発的な展開は正直引いている。シ〇タゲとか〇撃とかチ〇ンソーだって、ちゃんと前振りはあったんだからな?


「お、お前は僕の血を吸ってないだろ。だから血縁関係じゃないんだ」

「……いいよ」

「え?」

「……貴方の血を吸ってもいい。妹になれるなら」


 一体どういうことなんだってばよ、これ~これこれこれ~⁉


 久しぶりの出番かと思ったらなんですかこの状況。この二週間、ずっと家に引きこもって漫画一気読みとかしてたくらい穏やかな日常を過ごしてたのにどうしてこんな佳境に?


「お、落ち着けよ。吸うって言っても人間は血を養分にはできないんだぞ」

「貴方の体内にわたしの血を輸血すれば、家族になれる」

「輸血はそんな簡単じゃないぞ」

「相手の血液に自分の血液を混入させるだけ……だよね?」

「だけじゃないぞ。ドラマとかでよく『私の血を使ってください』とかあるけど同じ血液型の人の血をそのまま使う全血輸血だと細菌のリスクが高いんだ。だから最近の医療は足りない成分だけを補う緻密な成分輸血が多い。血を入れるだけでもリスクがあるんだよ」


「……その知識はどこから?」


「いや……講釈してるわけじゃないぞ。ただ友達から聞いたことあっただけだから」

「そう……」


 ナヤカはじっとこちらを見つめて次の言葉を待つ。


「じゃあ、どうすれば妹になれる……?」


 宅浪が口を割ることはないと判断したのか、ナヤカは解決法だけを尋ねる。


 どうすれば……って、こいつこんなに聞き分けが悪かったか?

 まあ、適当にあしらっておくとするか。


「そうだな……。まずは髪を伸ばすべきだな」

「髪?」

「あ、ああ。そうだ、髪だ。僕はショートよりロングの方が好きなんだ」

「それは……妹としての正式な儀式? それとも……私情?」

「そりゃあもちろん! 儀式……かな? うん。髪型は重要なんだよ」

「そう……」


 黙って聞き入るナヤカは首筋の毛先を指で撫でる。


「あ、どのくらいかというと……」

「この壁に貼り付けてある女子と同じくらいの長さにすれば、妹になれる?」


 ナヤカは部屋に飾られたキャラクターのポスターを指差して尋ねた。


 ちょうど言おうと思ってたことを先に言われた……。


「な、なれる可能性はあるな。アンタが将来ブスにならなきゃ」

「分かった。ブスにならないように気を付ける。髪も伸ばす」

「お、おおう……」


 いや違う。いま、確信した。


 この違和感は正常だ。


「あ、それと女子じゃなくてその子は銀髪のアリーシアちゃんな」

「じゃあ、隣の眼帯をしている隻眼の子は?」

「それはイライアちゃんだな。戦争の影響で両親を亡くし孤児となったけど、屋敷に住む上級貴族に拾われて、ご主人様にご奉仕するためにメイドとして働く女の子だ」

「……戦争で?」


 嵐の後のさざ波のように、ナヤカの声色は単語に反応して、落ち着きを取り戻す。


「そうだ。でも、彼女の荒んだ心はメイドをしていくうち、癒されていくんだ」

「癒されると、どうなる?」

「フィクションだぞ。嘘の話だぞ?」

「わたしは質問してる」


 頑固な奴だ。


「まあ、イライアちゃんは心を開き、本当の姿が露わになっていく……かな」

「……カに本当の姿なんてない」

「誰だって?」


 聞き間違いだと思いたい。


「サヤカに本当の姿なんてない」

「え……」

「サヤカは相変わらず、頑固で自己犠牲のままだよ。変わってなんか……ない」

「いや、俺……サヤカのことだなんて一言も……」


 と反論を言いかけたが、場を収める用の頬の吊り上げは、相手の顔を見てやめた。

 ナヤカの目つきがこの上なく睨みつけていることに気が付いたから。


 ナヤカの抱えている大きな感情の矛先が、俺に向けられているって気付いたから。


「茶番はやめだ。騙されないぞ。お前は僕に何を求めているんだ?」


 宅浪は起き上がるとすぐに握り拳を作って警戒態勢を強めた。

 五歳児にほぼ三十路がファイティングポーズを取るという奇怪な構図だが、こいつらは妙に頭が切れる。何か狙いがあって、僕に接触してきたはず。


 それにサヤカとは違って、ナヤカとは険悪な関係なことに変わりはない。


「共通の趣味……作りたかったから」

「本当のことを言え!」

「家主のことを……もっと、知りたいと思った……から」

「もう一度言うぞ、本当のことを言え!」

「納得してもらえないだけ。全部ホント……」

「お色気作戦か? 騙されんぞ。アバズレが」


 絞り出すようなその声に聴く耳を持たない。

 宅浪はなにを言われようと、意志を曲げようとはしなかった。


 それは灼熱の下に晒された熱い石のように、頑固で曲げられないことであり。

 焼け石に水、状態だった。


「どうして、そこまで……」

「女みたいに被害者ぶるな。そういう奴が一番嫌いだ!」

「それは偏見……」

「おいッ! 本当のことを言うまで僕は指すら貸さないぞ!」


 自分でもなんでこんなに顔が熱くなっているのか教えてほしいくらいだ。

 青春コンプレックスを刺激してでも教えてくれよ、なあ。


「仲直りしたいから」


 その瞬間。

 ポシャリ、と。頭の中に水滴が流れ込む感覚がした。


「……誰かと喧嘩したのか?」


 宅浪は背中を押すそよ風が吹くみたいに、素直な疑問を口にした。


「喧嘩は慣れてる。だけど、面倒なことは避けたい」

「話が読めないな。違法アダルトサイトでも踏んだか?」

「理解不能……。貴方は頭がおかしいんだね」

「それがこれから物を頼む人間の態度ですかーこら?」

「星石宅浪という人間の情報は、十分知ることができた」

「勝手に見定められても困るんだけど……」


 あと吹っ掛けてやったみたいに思われるのは不快だ。


 ナヤカは宅浪にも判断しかねる基準で、計ったように宅浪に自信の表情を見せる。

 それを形容するのは難しいけれど、だるまの白目が塗りつぶされたような本質感。


「だから、大丈夫」


 奥底にある、簡単には曲がらない厄介な信念をまっすぐな瞳から感じさせた。


「貴方は合格……だよ」


 勝手に認められて、勝手に話は進む。

 こいつらの悪質な特性だ。


「もしかして、僕がこの程度で断るわけないって思ってる?」

「うん。いまのこの状況からして」


 どこから湧き出る自信だよ。


「随分と身勝手な信頼を勝ち取ったらしいな、僕は」


 まあ、僕もアンタのことを見誤ってた部分はあったけどさ。


「わたしからの信頼は重いけど軽い。それは周知して」

「べ、別にぬか喜びしてないだろいま!」

「そう見えたから」

「そんな顔してたか?」

「子供と違って、大人はなにを考えてるか分からない……から」

「……大人も子供も考えてることは変わらないよ」


 特に根っこの部分は。


「それは貴方が決めることじゃない」

「ははは、そうだな」


 宅浪は渇いた笑いを吐いた。


 それはその通りだ。


「でもさ、僕が手伝うまでもないと思うぞ」

「そう言い切る理由は」

「誰と喧嘩したのかは知らないけどさ、うってつけのイベントが来るだろ?」


 まあ、見当しかつかないけどね。


「イベント……? というのは伝統行事とやらと同義のあれか?」

「なんだ、知ってるんじゃん」


 子供たちが切磋琢磨して競い合う、あの運動会だ。


「……病欠を使って休もうと考えていた」

「催し事は出た方がいいぞ。これは、先人からのアドバイスだ」


 思わず口調が強くなる。

 これは私情的な思いが強い。特に催し事を休むと話題についていけなくなるのだ。


 とはいえ、こいつの場合はなんの説明もなく、学習機関に通わされている身なのか。

 そう考えたら、催し事は億劫でしかないのかもな。


「わかった。ほかにアドバイスは?」


 二つ返事だった。

 意外にも、ナヤカは宅浪の指示に従順だった。


「……妙に素直だな。幼稚園は楽しいか?」

「楽しいか、は関係ない。わたしにとって、感情は付き纏うもの……でしかない」

「かっけー。さすがっすわ」

「……」


 不可解な顔とともに沈黙が訪れると、茶化した宅浪にしわ寄せがやってくる。

 こいつの場合、そういう(感情を表に出さない)性格なのだろうが。


「でもさ、感情を表に出さないと伝わらないことだってあると思うけどな」


 俺は今までそうやって何度も後悔をしてきた。

 この部屋に閉じこもることだって、そういう積み重ねの上に成り立った結果だから。


「それは……アドバイス?」

「人生を二十数年生きてきた、先人からのな」

「そういう値打ちのない世渡り論は、昔、耳が痛いくらいに聞いた」

「そいつは悪かったな」

 俺も散々聞いたうちの一人だったよ。

「ほかは……そうだな、知らない人にはついていかないとか?」

「了解。……留意する」

「まあ、俺はそもそも行くつもりはないけど」

「何に?」

「それは当然、運動会に」

「それは……話が違う」


 腕をグイっと引っ張られる。


「いてて。いや、そう言われても困るぞ。もともと俺は行く気なかったし。この足だし」

「兄は妹の言うことを聞くのではなかったのか?」

「兄という免罪符重くないか……?」

「妹権限」

「そんなものないです」

「絶対観に来てよね、お兄ちゃん♡」

「……………………………………それ地声?」

「違う。全然違う」


 こうして、宅浪は幼稚園の運動会に保護者として同行することになった。

 ただでさえ犬猿の仲である『妹』の反感を買わないように。

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