第20話:闇の女王のアリア②


 ロディオラで最も大きな湧水池は、神殿の裏側にあった。アルテミシアの大神殿なら庭園が広がる場所に、コバルトブルーの水を湛えたほぼ真円の池が湧き出ている。少し高い位置から見下ろすと、澄んだ色合いもあって巨大な碧玉のようだ。

 ここを訪れた聖職者見習い、もしくは現職で務めている人々が沐浴して、精神力を高める場である。湧き出す霊水に触れながら、祈祷を捧げること自体が修行となる。そうやって要らないものを削ぎ落し、また清浄な力を取り込む、という目的で行われるものだ。

 ……それだけに、両脚が水に浸かった時点で相当冷たかった。これは精神統一になるわけだ、うん。

 (集中して、なんとか解決の糸口を見つけなきゃ。せっかくセリリさんが口きいてくれて、ここが使えることになったんだから)

 真ん中まで歩いていって跪き、両手を組んで祈りの形を取る。目は閉じても開いたままでもいい、ということだったので、集中できるように閉じておくことにした。

 ――今までに何度も神託が降りたという池で、瞑想してみてはどうか。そんな提案をされたのは、意識が戻った次の日のことだった。しっかり休んで元気になったリオンが、即座にうなずいたのは言うまでもない。

 何せあのばあ様、もといアタナシアの目標が、未だもってよく分からないのだ。召喚を行うならどこかに攻め込む気満々だから、先回りして防御を固めておきたいところだが、こっちにはとんと目星がつかない。そしてもっと厄介なことに、そうやって大義名分を振りかざして国土を増やしていく、真の目的も今一つ不明だった。

 (単に弱い者イジメをしたい加虐趣味、もしくは他人のものを奪いたくなる征服欲、とかなら、まだ分かりやすいんだけどなぁ)

 とにかく、今は他にやれることもない。神託をもらった人たちの条件には合致しているのだから、後は運を天に任せるだけだ。

 (……神様、覚えてますか。二百年前にはお世話になりました。突然で申し訳ないけど、どうか助けて下さい)

 神社や教会で祈りを捧げるときのイメージで、やや上方に向かって意識を集中させてみる。そうこうしている間にも、水に浸かっている腰から下がどんどん冷えてきているのが分かった。末端だけでも相当温度が低いと思ったが、身体の中心が晒されるともっと寒い。これに流されてよく無事だったなと、妙なところで感心してしまった。

 (きっとアスターさんが守ってくれてたから、だよなぁ。……水か、そういえばメルトの村の近くにもあったっけ。綺麗な泉)

 素直に感謝していたら、ふと思い出したことがあった。前世でこちらにきた最初の最初、山村の人々から頼まれたクエストでのことだ。


 《――あたしらの棲み処の前、泉が湧いてたろ? 夜になるとね、時たまあそこに流れ星が降って来て、水底で美しい結晶になる。

 それを材料として作られるのが、メルト村の武防具なんだよ》


 (うん、そうだった。わたしたちの武器、あそこでもらったんだっけ)

 出発する前に『旅立ちに相応しい得物を』と、村長さんから渡されたのだ。依頼を受けてくれたら差し上げますと言われて、三人で全力でうなずいたんだっけ。今にして思えば、完全にエサにつられての安請け合いだが。

 (ええと、内容は……確か、大人しかった魔物が急に暴れだしたから鎮めてほしい、だったっけ……?)

 それで上手く行ったんだったか、どうだったか。武器を手に出来たのだから、おそらく成功はしたはずだ。ではその顛末は? 暴れていた理由は何だった?

 なにが、とはっきり言えないが、のどにものがつっかえたような気がして落ち着かない。なら、きっと大事なことのはずだ。思い出さなくては――

 水が湧き出す波紋のように、浮かび上がった疑念を必死で追いかける。早くも瞑想から離れて頭を巡らせるリオンの、だんだん感覚がなくなってきた足元を、するりと掠めて通り過ぎたものがあった。




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出戻り勇者のハネムーン ~ 盗まれた愛剣を取り返して逃げたら、何故か聖騎士様に懐かれました 古森真朝 @m-komori

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