第18話:ローザンブルクのマイスターハンター⑥


 「こっちの出生届はね、よっぽどの遠隔地でもない限りは、全て神殿側で管理されているんだ。それを元にして、どこに誰が住んでいるかって戸籍を作るんだけど」

 つまり書類さえ受理してもらえば、あとは勝手に人口としてカウントされる。アスターと大先輩たちは、それを堂々と逆手に取ることにしたのだ。

 「幸い、冒険者を引退した知り合いがマルヴァにいたから、まずはその人に苗字だけお借りする。その後で、大司祭のセリリが認証サインを書いた出生届を送って提出してもらう。ある程度時間をおいてから、ニコルさんにかけてもらった印象操作の魔法で、別人に成りすました僕がマルヴァに入る。その後で魔法を解いて、あの国の文化や風土に馴染んで違和感をなくしてからアルテミシアに入国して、まずは騎士見習いとして勤め始めた――ってわけ。

 いやあ、血筋と家柄は問わないよって言われてたのに、いざ蓋を開けてみたら貴族の次男三男だらけでさ。僕を含めた平民出のひとたち、当たり前みたいに風当たりが強くて強くて」

 「そ、それは大変で……じゃ、なくて! それってアスターさん、下手したら一生棒に振っちゃうじゃないですか!! もっと自分のこと大事にしてくださいっ」

 「えっ? いや、その」

 しみじみと苦労話を聞かされて、うっかり普通に労いそうになったところでやっと我に返った。最初から相当長生きする、と分かっている先輩方はともかく、アスターは腕は立つようだが普通の人間だ。

 そんな気の長い計画に実行班として組み込まれて、運よく目的の情報を掴めたわけだが、もしこれが長期化していたらどうなっていたか。最悪の場合、何もできないまま異国の地に骨を埋めていたかもしれない。いくら何でも気の毒すぎる。

 必死で主張したリオンにしかし、周りの反応は予想したものとだいぶ違っていた。セリリとニコルの大先輩二人は、思いもしなかったことを聞いたような表情で目を瞬かせているし、アスター本人はなにやらもごもご言いつつ微妙に視線を泳がせている。はて?

 「うん? リオン殿、ちょっとお待ち下され。……アスター殿。お主もしや、いやもしかせんでも、ひとっつもを説明しとらんな??」

 「…………えーっと、まあ、はい」

 「何ですってえええええ!?!」

 実に言いにくそうに答えた瞬間、何故かセリリが激昂バーサクした。反対側にいたアスターに詰め寄ると、胸ぐらをつかんで揺さぶらんばかりの勢いで食ってかかる。

 「なんだか反応がおかしいなと思ったら!! 私たちに土下座せんばかりの勢いで頼み込んで思いの丈を語っといて、ようやっとご本人を救い出したっていうのに、何も言ってないってどういうことですか!!」

 「いやそれは、逃げる方を優先したから! 余計なこと言って混乱させたくなかったし……」

 「ええいやかましい!! 単に真実を伝えて嫌われたくなかっただけでしょうっ、そういうのは気遣いじゃなくて根性ナシというんです!!!」

 「根っ、……いくら何でもひどくないか!?」

 仮にも養生中の人の枕元でするには、ちょっと元気が良すぎるやり取りが飛び交って、今度はリオンの方が目を白黒させた。ずいぶん前から知り合いだというし、このくらいの言い合いは日常的にやっていてもおかしくはないが、その端々に聞こえてくる単語が気になりすぎる。誰が何を言ってないって?

 「……あのう、ニコルさん。アスターさん、わたしに何か隠してるんですか?」

 「うーむ……と、とにかくじゃ。アスター殿は何も、意地悪をして教えんかったのではない。リオン殿が覚えておらんことを言うても、仕方なかろうと踏んだのじゃろうて」

 「覚えてない? じゃあ、にあったことの話?」

 「そうじゃの。おそらくどこの世界でも、魂は輪廻する際に前の世の記憶をなくしてしまう。いったん真っ新になってから、新たな人生を始めるわけじゃ。

 だから欠片程度ならまだしも、前世のすべてを覚えてはおれん。よほどの例外を除いてはな」

 とにかく今はゆっくり休んで下され、と、小さな手で頭を撫でてくれるニコルにうなずきつつ。与えられた情報を整理したリオンの脳裏には、新たな疑問が浮かび上がっていた。

 わたし、こっちでのことをどのくらい忘れてるんだろう――と。


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