第2話:陸の覇王の神殿にて②


 とっさに身構えて勢いよく振り向く。その先で、驚いた顔で佇んでいたのは一人の青年だった。

 月明かりに照らされた面差しは、おそらく二十代の前半といったところだ。冴える光を弾く髪は、多分銀かそれに近い淡色。切れ長というには少々丸みを帯びて柔らかいが、十分に涼し気な目元で顔立ちも整っていた。

 しかし何より目を引いたのは、相手の出で立ちだ。上から外套を引っかけているが、合わせ目から見えているのは夜目にもまぶしい白銀の鎧。図案化された銀葉蓬アルテミシアと三日月、そして翼を広げた猛禽――夜を翔けるフクロウの意匠は、この神殿を守る聖騎士パラディンの一員である証だ。今いちばん見つかりたくない相手に行き会ってしまった。

 (どうしよう、どうやって切り抜ける? 何とか言いつくろって……ダメだ、この剣を持ってる時点でアウトだ! じゃあいっそ峰打ちとかで気絶させて……いや無理! こんな至近距離じゃ鞘も払えないっ)

 というか剣術なんて今もも、見よう見真似でしかやったことがないのだ。戦闘に関しては本職である相手のスキを突いて当て身を食らわせる、なんて芸当を出来るわけがない。いよいよまずい、と泣きたくなったとき、

 「――つかぬ事をお聞きします。第七王孫女殿下のリオノーラ様、でいらっしゃいますか?」

 「……、へ」

 思ってもみなかった質問が降ってきて、しゃがんだ状態で間抜けな声を出す。相手はそんなリオノーラと目線を合わせるように、その場にそっと片膝をついた体勢を取ると、囁き声で繰り返した。

 「リオノーラ・マリエル・フォン・アルテミシア殿下。つい一昨年王宮入りなされた、アタナシア現女王陛下の末のお孫様でいらっしゃいますね?」

 「え、ええと、はい……あの、なんで」

 「お披露目の式典警護は、私の初仕事でしたので。暗色を纏われた王家の皆さまの中で、姫君の亜麻色の御髪と翠緑の瞳が印象に残っておりました。

 それからもうひとつ。お持ちのもの、我らが守る聖剣――かの『導きの星ステラ・マリス』かと存じますが、どうされるおつもりですか」

 やはり静かに、それでいて恐ろしいほど真剣に問うてきた相手。全てに蒼い紗がかかった宵闇の中でも、その瞳が鮮やかな紺碧をしているのがわかった。月や星の明かりに透ける夜空のような色に見つめられて、焦りや不安がすっと引いていく。

 「――元々あったところに、返しに行きます。これ以上、よその国に攻め込む理由にさせたくないから!」

 心が鎮まったと同時に、ごく自然に本音が転がり出た。慌てて口を押さえたものの、これだけの至近距離で聞こえなかったはずもない。いよいよもって詰んだ、と頭を抱えたくなったとき、ふっと息をつく気配がした。

 「……承りました。ではこちらへ」

 「え、……うわっ、壁開いた!?」

 「はい、神殿の裏方作業用の通路です。儀式などの際、必要な祭具や明かりの燃料などを目立たないように持ち運ぶためのものでして。

 こちらは障壁の中を通って、神殿の裏側に抜けられるようになっています。少々遠回りにはなりますが、人目を避けるにはちょうど良いかと」

 何の躊躇もなくぱかっ、と、回廊の壁の一部を開いてみせた青年が淡々と説明する。つまり、リオノーラの手助けをしてくれるということだ。にわかには信じがたいが……

 (……あーっ、考えてもわかんないし時間がもったいない! ウソだったらウソだった時のこと!!)

 「ありがとうございます、お願いします!!」

 「心得ました。足元にお気をつけて」

 思考の沼に沈んでいる暇はない。優柔不断を振り払って、潜めた声に目いっぱい気合を込めて返事をすると、相手はどこかほっとした様子で壁の中へ招き入れてくれたのだった。



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