第23話 ラピスの魔法――③

「――水纏すいてん!」


 ラピスが自分の掌を穴が開くほど見つめながら、魔法名を唱える。


「水纏! 水纏!」


 魔力だけではなく筋肉にまで力を入れて、全身の力を振り絞る。


「はぁぁぁ――水纏!!!」


 しかしどれだけ力を込めても、どれだけ気合を入れて魔法名を叫んでも、魔法は発動しなかった。

 その様子を黙って見ていたオルティナがこらえきれず口を挟む。


「……別の属性も試してみたr――」

「嫌です!」


 食い気味に遮って、ラピスがオルティナに涙目を向ける。


「魔核に宿るのは1種類だけなんですよ!?

 もし他の属性を試して魔法が発動しちゃったらどうするんですか!?」

「いや別にいいでしょう……。

 貴女の魔核がその属性だったってだけの話なんだから……」

「そんなぁ!」


 オルティナ様と同じ水属性が良いのに! とラピスは諦め悪く水纏の魔法を唱え続けようとする。


「き、きっと属性魔法が初めてで、うまく出来てないだけなんです!

 もう少々お待ちください!」

「まぁその可能性もあるけど……」


 ラピスの言う通り、魔核を入れたからといって誰もがすぐに魔法を使えるようになるわけではない。

 特に魔力をそのまま扱うのではなく、属性を付与するのは少し応用的なこととも言えた。


 オルティナもそう思って慣れるまではとラピスを見守っていたが、すでに修行開始から小一時間は経っている。

 ここまでやって発動しないなら、彼女にはよほどセンスがない……というよりは、適応する属性が異なっている可能性を疑うべきだろう。


「言っておくけど、魔核に宿っていない属性はどれだけ頑張っても発動できないからね?」

「分かっています。

 けど師匠の弟子である私が、水属性じゃないわけがありません!」

「あぁ……そういうこと」


 ラピスがこだわっていた理由が分かり、オルティナは呆れのため息を吐いた。


「今すぐ他の属性を試しなさい」

「し、師匠ぉ……」

「別に水属性を諦めろって言ってるわけじゃない。

 でも最悪の場合、属性魔法自体が使えない可能性もあるんだから。

 自分の望みの属性じゃないとしても、それよりはマシでしょう?」

「それはっ……はい。おっしゃる通りです……」


 ごくまれにだが属性魔法を使えない人もいる。

 その話はラピスも養成学校で噂程度には耳にした。

 それがセンスの問題なのか、生まれ持った才覚が乏しかったのかは分からないが。


 少なくともその場合、探索者として大成する道のりはとても険しいものになるだろう。


「分かったら早く他の属性も試してみなさい。火とかから順番に」

「そ、そんなあっさりと……」

「順番なんて関係ないからね。

 たくさん練習したら属性が変わるなんてこともないし。

 それに、もしかしたら火属性がメインで水属性はサブとか、そういう話かもしれないから。

 とりあえずは属性魔法が使えることだけでも確認しときなさい」

「えっ……魔核に宿る基本属性って1つだけなんじゃ……」

「普通はね。でもたまに2つ宿ることもある。

 まぁ属性魔法を使えないよりも低い確率でだけど」


 オルティナの言うそれは『10年に1人の天才』といったレベルだが、他でもない師匠のヴァイオレットがその多属性使いだったのだ。

 ただ彼女の場合は基本4属性すべて使えるという、それまでの通説をひっくり返すような話だったが。

 さながら生きる伝説であった。


 もっともそんな人は滅多にいない。

 オルティナもそれは分かっているが、これ以上ラピスの使えるかもわからない水属性魔法の練習に付き合う気はなかった。


「ほら、分かったら早くやりなさい。

 水属性の練習は、別な属性が出た後でも出来るんだから」

「……そうですね。分かりました」


 ラピスがしぶしぶ、といった調子で腕を突き出す。


 魔法は発想力、そしてイメージが鮮明であればあるほど、より効果を増していく。


 思い浮かべるのは揺れる炎。

 味方には安らぎの温もりを与え、敵には灼熱の悪夢を見せるような。

 優しくも恐ろしい火のイメージをラピスは脳裏で鮮明に描く。


火纏かてん


 やがて魔法名を唱えると空想の中の炎が像を結び、彼女の手に暖かな火の玉が生み出された。


「あっ……」

「ふーん、火属性か。良かったじゃない。

 火に弱いモンスターはそれなりに多いし、配信映えもするよ」

「そう……ですね」


 ラピスが曖昧な返事を返す。


 彼女にも薄々分かっていた。

 多属性使いなど滅多にいないことは。


 なにせ配信で見る上位陣の探索者にすら存在しないのだ。

 オルティナの言う通り手の内を隠しているだけなのかもしれないが、少なくともラピスが見たことがないという事実に変わりはない。


 つまり自分の魔核に宿ったのは水ではなく火属性なのだ。


「はぁ……師匠と2人で『水精霊に愛された姉妹ウンディーネ・シスターズ』と呼ばれる私の夢が……」

「なにその小っ恥ずかしい二つ名……。絶対に嫌なんだけど」


 ラピスの妄想にオルティナが頬をひくつかせる。


 しかし明らかに落ち込んでいるラピスを前に、オルティナは頭を掻いた。

 この間、魔核を入れた時もそうだったが。

 どうにも彼女に元気がないと落ち着かない自分が居る。


 それがどうしてかは分からないオルティナであったが、かつての師が自分にしてくれたことをなぞるように、彼女は口を開いた。


「まぁ……貴女が水属性じゃなくて私としては嬉しかったよ」

「えっ」

「だ、だって一緒に迷宮を攻略するんだから。

 ……違う属性の方が色々な戦略を取れて便利でしょう?」

「師匠……!」


 ぱぁっとラピスが花が咲くような笑みを浮かべる。

 単純なやつめと毒づきながら、オルティナは照れ臭そうにそっぽを向いた。


「えへへ。それじゃあ師匠のお役に立てるように、たくさん魔法の練習をしますね!」

「……そうね」


 ラピスがニコニコと笑いながら、オルティナの周りをうろちょろする。

 もしも彼女に尻尾が生えていたら今頃ぶんぶんと揺れていただろう。


(元気になったら元気になったでうっとうしいな……)


「あっ。どうせなら他の属性も使えないか試してみてもいいですか?」

「……好きにしたら」

「ありがとうございます!」


 悪癖である面倒くさがりが発動し、オルティナは適当な返事を返す。

 先ほどはさっさと他の属性を使わせるためにああ言った彼女だが、本当に2属性も使えるとは全く思っていなかった。


 適当なところで切り上げて帰ろう。

 そう考えていたオルティナをよそに、


風纏ふうてん!」


 ラピスの掌で小さな竜巻のような、逆巻く風が生み出された。

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