第22話 ラピスの魔法――②

 数日後、オルティナとラピスの2人は魔法の修行を行うため、迷宮区の第7層にやって来た。


 9層に比べてまだ原型を残した廃墟群を見ながら、ラピスが尋ねる。


「あの、師匠。どうして7層なんて中途半端な階層に?」

「不人気で人が少ないからだよ」

「不人気……確かに他の探索者さんたちをあまり見かけませんけど。

 どうして人気がないのでしょう?」

「他の層より見通しが悪くて、モンスターを見つけるのが難しいでしょう。だから稼ぎが少ないの。その分、私たちも他人から観られづらいし、色々と今日の修行に都合がいいの」


 オルティナの説明に、ラピスがいまいちピンと来ていない微妙な表情を浮かべた。


「人目を忍んでやる修行、ということですか?」

「そう。だから今日は配信もダメ。

 録画データを『協会』に提出する必要はあるけどね」

「おぉ! 極秘修行というわけですね!」


 ラピスが目を輝かせる。

 彼女の脳内には『秘儀』や『一子相伝』などの単語が浮かんでいた。

 そんなラピスにオルティナは白けた目を向ける。


「……何を考えているか察しはつくけど。別に特別なことは教えないからね」

「えっ」

「魔法の研鑽に近道なし。

 ひたすら魔力の制御と発想力に向き合う以外に強くなる方法はないよ」

「うっ……そうですよね。

 ……あれ? でもそれじゃあなんで秘密にするんですか?」

「貴女の身を守るためだよ」

「私の……?」


 はて、と首を傾げるラピスに、オルティナは真剣な声色で言った。


「魔法、それから迷宮遺物の情報は探索者にとって生命線なの。戦闘力に直結するからね。だから安易に情報を渡してはいけないの」

「な、なるほど……? でも別に、探索者同士で戦うわけじゃ――」


 そこまで言って、はっとラピスは何かに気づいた顔になった。


「……もしかしてそうなった時のために、ですか?」

「うん。馬鹿げた話だけど……迷宮区で厄介な相手はモンスターだけじゃないから。

 獲物の奪い合いや私怨で襲い掛かられる可能性も0じゃない」

「で、でも配信や録画をしてるのに……」

「そんなのいくらでも誤魔化せるでしょう。貴女、初配信で画面が真っ暗の状態の録画データを提出して『協会』に何か言われた?」

「いえ……何があったかは聞かれましたが、正直に言ったら受け取ってもらえました」

「そうでしょう。協会の連中は迷宮区の攻略に影響がなければいちいち細かいところまで調査しないの。血の気の多い探索者同士の小競り合いなんか気にも留めないよ」


 だから自分の身は自分で守らなければならない。


 オルティナの言ったそれは迷宮を攻略する上で当たり前のことだ。

 ラピスも当然そのつもりでいたが、彼女にとって敵とはこれまで『モンスター』のみを指すものだった。


「貴女、配信者としても有名になりたいんでしょう?

 目立てばそれだけやっかみも生まれる。気を引き締めなさい」

「は、はい……!」

「まったく……探索者同士で潰し合うのなんて世も末だよ」


 これだからダンジョン配信は……とぶつくさ言いながら、オルティナが周囲を観察する。

 ちょうど背の高いレンガ造りの家が並ぶ区画を見つけた彼女は「ここにしましょう」と言ってラピスに向き直った。


「それじゃあ魔法の修行を始めようか」

「はいっ、お願いします!」

「まずは知識の確認から。養成学校ではどこまで習ったの?」

「ええっと……『基本4属性』と『派生4属性』については習いました。あとは魔法にも探索者と同じように1から8までのランク分けがされていることです。上に行くほど難しいと聞きました」

「うん。よく勉強してるね」


 及第点はもらえたらしい。

 ラピスがえへへと頬を緩ませる。


「基本と派生の全8属性のうちわけは分かってる?」

「もちろんです! 基本が火、水、風、土の4つで、そこから派生したものがそれぞれ光、氷、雷、木になります!」

「それじゃあ派生させる条件は?」

「……分からないです」


 短い天下であった。

 しょんぼりと肩を落とすラピスに、オルティナは小さく鼻を鳴らす。


「まぁランク2の貴女ならそこまで分かってれば充分だけど。

 よく『基本属性を発展させたものが派生属性』なんて言われるけど、そうじゃない。

 単純に似通った性質だから使えるもう一つの属性ってだけ。

 だからいきなり光属性から発現する人も居る」

「ほぇ……そうなんですね」

「その辺りを踏まえて、貴女には自分の魔核の属性を調べてもらう――水纏」


 オルティナがそう言うと、彼女の掌に魔力で生み出された水が集まる。


「『まとい』の魔法は知ってるよね?」

「はい。属性魔法の土台になる魔法ですよね」

「その通り。これが出来なきゃ話にならない。

 だから今日はこの魔法を練習がてら、貴女の魔核の属性を見る」


 ラピスが真剣な表情で頷く。

 『まとい』とは読んで字のごとく魔力から発現させた属性を武器などにまとわせる魔法だ。

 魔核には原則、一つの基本属性のみが宿る。

 つまりこの『纏』の魔法でどんな属性を発生させられるかで、彼女の属性が決まるのだ。

 それは戦い方の方向性が決まるということでもある。


 火は威力、水は対応力、風は制圧力、土は構築力に長けている。

 自身の戦い方に適した属性か、あるいは補完する属性が宿れば大きく戦闘力を伸ばすことが可能だ。


 しかしラピスの目当ての属性はたった一つ。


(水属性が出ますように、水属性が出ますように、水属性が出ますように……!)


『師匠とお揃いがいい!』とラピスの目には執念めいたものが光っていた。


「それじゃあ早速やってみなさい」

「はい!」


 ラピスは威勢のいい返事と共に、全身の魔力へ意識を向けた。

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