第18話 オルティナの指導 ―入門編①―

「配信開始」


 迷宮区の最上層である第1層。

 これから攻略を行うであろう探索者が大勢居る中、オルティナは着くやいなやそう言って配信を開始した。


「行くよ」


 そしてスタスタと歩き出す。

 後に続くラピスが慌てて彼女を止めようと回り込んだ。


「オルティ――じゃなくて、師匠!

 もう配信を始めるんですか? というか挨拶とか自己紹介とか……」

「それ必要ある? どうせまだ観てる人なんかいないよ。突然ゲリラなんだし」


 オルティナが面倒くさそうに、配信者としてあるまじきことを言う。

 ラピスはそんな彼女に対して胸を張って、


「それならご安心ください!

 ここに来るまでの間に、私が事前に告知しておきましたから……ひぃ!?」

「何してくれてるの……」


 余計なことを、とオルティナが目を細める。


「そ、その……雑用を済ませるのも弟子の務めかと思いまして……」

「はぁ……まぁいいけど。

 貴女は配信者としても有名になりたいんでしょう?

 だったら私の配信の宣伝なんかしてないで、自分の配信を宣伝したら?」

「よろしいのですか……?

『一人前になるまでは配信禁止だ!』とか……」

「そんなのないから。

 大体この間のイベントのおかげで、今じゃあ貴女の配信の方が視聴者は多いでしょう」


 オルティナの言う通り、エメラルド・バード捕獲作戦で優勝したこと、そしてバニーを助けたことなどから、ラピスは話題の新人として注目されつつある。

 当の本人はオルティナの弟子になることに夢中で、ほとんど気にしていなかったが。


「で、では私も……配信開始」


 ラピスが撮影用ドローンを飛ばしながら配信をスタートする。

 このドローンは迷宮遺物ダンジョン・レリックを解析して作られたもので、個人で入手できるが非常に高価である。

 ラピスもお金がなくコンタクトレンズ型デバイスを使っていたが、先日捕まえたエメラルド・バードを売った軍資金でようやく手が届いたのだった。


 <ラピスのコメント欄>

 お? 予告より早い?

 きちゃ

 3人称視点になってる!!

 待ってた

 初見です。バニーちゃんから来ました

 あれ、一緒に映ってるこの人って……


「み、皆さん、こんにちは! ラピスです。

 今回は――って師匠! 置いて行かないでください!」

「自己紹介なら歩きながらしなさい」

「そんな配信はちょっと観たことないです!」


 <ラピスのコメント欄>

 なんだなんだ

 開幕わちゃわちゃしてる

 ラピスちゃん可愛い

 隣の美人さんだれ?

 師匠……? 弟子入りでもしたの?


「あ、えっと……実はですね。

 なんとこのたび、こちらのオルティナ様に弟子入りすることになりまして。師匠、ひとこと頂いてもいいですか?」

「イヤ」

「駄目だそうです!」


 <ラピスのコメント欄>

 wwwww

 いや草

 お師匠さんクールだね

 この人、有名な人?

 ↑俺は初見かな

 ↑俺も

 強いの?


「し、師匠はあまり配信活動メインではないと言いますか……。

 でも本当にすごい探索者さんなんですよ!

 私がずっと憧れていた人で――」


 つらつらと軽快にトークを続けるラピスに、オルティナはなるほど配信者だなと一人納得する。

 自分の配信とは大違いだ。


 それにしても、


「師匠は普段は槍を使っていらっしゃるんですけど、剣もすごくお上手なんです! それに魔法もとても洗練されていて、この間なんか聞いたこともない魔法で中層のモンスターを一撃で倒したり――」


(この子ずっと私のこと話してる……)


 得意げな顔で、何故か自分ではなくオルティナのことを褒めちぎるラピスに、オルティナは居心地の悪さを感じる。


(私を知らない人にそんなこと言っても、飽きられるだけなんじゃないの?)


 視聴者の目当てはきっとラピスだろうに、と柄にもなく配信の見どころを気にするオルティナ。

 だがコメント欄を覗き見ると、楽しそうに話しているラピスを愛でる内容であふれ、おおむね好感触のようだった。

 こいつらなんでもいいのか、と呆れるオルティナだった。


 やがてオルティナのコメント欄にもちらほらとコメントがつき、視聴者数が増えてきた。


 <オルティナのコメント欄>

 もう始まっとるやん!

 告知したと思ったらフライングは草

 安定のティナ嬢クオリティ

 あれ、この子って前に助けた子じゃない?


「あ、皆さん少々お待ちください。

 師匠の視聴者の皆様、こんにちは! ラピスと言います!

 このたびオルティナ様の弟子になりました。

 今後一緒にダンジョン配信することもあるかと思いますが、何卒よろしくお願い致します!」


 ラピスがオルティナの配信に映るよう、彼女の視線の先へ回り込んで挨拶する。


 <コメント>

 !? 突然の美少女に呼吸止まるかと思った

 ガチ恋距離助かる

 ↑配信主以外にそれ使ってんの初めて見たww

 コンタクト型だとこういうことがあるんか

 礼儀正しい子だね

 見る枠間違ったか?

 まさかティナ嬢の配信でモンスターの死骸じゃなくて美少女の笑顔を見れる日がくるなんて……


 オルティナのコメント欄がにわかに盛り上がり始める。

 視聴者の言う通り、普段は血なまぐさい絵面しかお届けしないオルティナの配信で、ラピスの姿は一層輝いて見えた。


 一方のオルティナもラピスがずっと喋っているので『楽でいいな』とトークを放棄して迷宮区の探索に集中していた。

 もっともこの選択が後々、彼女を困らせることになるのだが……今は知り得ないことだ。


 やがて二人は中層――第10層の森林地帯へとやって来た。


「潜る前にも言ったけど、今日は貴女の修行も兼ねて中層で活動するから」

「は、はいっ……!」


 ラピスが腰に佩いた剣の柄をぎゅっと強く握る。

 その表情は硬い。

 先ほどまでは上層だったため、出てくるモンスターもラピスが十分、対処可能であった。

 そのため視聴者に笑顔を振りまく余裕もあったが、ここからは違う。


 彼女が一度、命の危機に陥った中層だ。


 そんな緊張する彼女を知ってか知らずか。

 二人の近くで茂みが揺れる。


 現れたのは因縁の相手である双頭の狼――ツインズ・ウルフだ。


 唸り声を上げて威嚇する大きな狼に、オルティナは「ちょうどいい」と小さく呟いて、ラピスに言った。


「それじゃあ早速だけど、あれを倒しなさい。

 もちろん……一人でね」

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