第7話

ある日のこと、父は綾香さんを連れておばあちゃんの家にやってきた。


父は、綾香さんがいる前で、私に土下座した。


「美緒、頼む。一緒に暮らしてくれ……」


びっくりした。

あの父が、額を床につけて私に頼み込んできたからだ。

医師会の役員をやっている父が、こんなにもみっともない姿で私に土下座をするとは……


そして、綾香さんの前でこんな姿を見せるとは……


父は言った。


「綾斗だって、美緒のことを待っている。なんなら、綾斗を連れてきてお願いしようか?」


「やめて!」


綾斗くんを変なことに巻き込まないで。


「わかった……お父さんと暮らす。綾香さんとも……」


「……ありがとう」


と、綾香さんは言った。

父も言った。


「そうか、一緒に暮らしてくれるのか。美緒、本当にすまなかった」


父のことを許したわけではなかったが、父の気持ちは伝わった。

おばあちゃんの家は売却され、そのお金でおばあちゃんは立派な施設に入ることになった。


私と父と綾香さんと綾斗くん、4人での生活が始まった。


* * * * *


同居生活が始まってしばらくした頃、父は言った。


「いつまで綾香さんなんていい方をしているんだ。お母さんと呼びなさい」


私は無視した。

綾香さんは取り繕う。


「いいのよ。これまで通り『綾香さん』って呼んで。私はそれでいいのよ」


なにそれ。

私が悪者みたいじゃない。


居心地の悪い家だった。

けれど、かわいい弟、綾斗くんと遊ぶ時間は癒やしの時間でもあった。


* * * * *


ある日のこと、私は綾香さんと二人きりになってしまった。


そこで、私は綾香さんから重い話を聞かされることになった。


「私ね、美緒ちゃんと同い年の子供がいたの……」


「綾香さん、父と結婚する前に、別の人と結婚していたんですか?」


「ううん。違うの……あなたが生まれる前から私は父さんと付き合っていたの」


「え? じゃあ、私と同い年の子供って、父との子なんですか?」


「……そう」


私はめまいがした。

そんな前から……

父は最低だとは思っていたけど、最低の更にその下だった。


「で、その子は今、どこにいるんですか?」


「生まれてすぐ、死んでしまったの」


私は何と言っていいのか、分からなかった。

その子が生きていたら、私にはもう一人、兄弟がいたことになる。


綾香さんは続けた。


「私の赤ちゃんが死んだ日、あなたのお母さんはあなたを産んだのよ」


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