父の裏切り
神楽堂
第1話
「
父はホテルのレストランを予約していた。
そこで、私に大事な話をするという。
格調高いレストランらしいので、私は亡くなった母に買ってもらった、一番のお気に入りのワンピースを着ていくことにした。
私立中学に合格が決まった時、お祝いに母が私に買ってくれた服。
この服を着るといつも、母のことを思い出す。
大好きだった母は、2ヶ月前に病気で亡くなってしまった。
この2ヶ月間は慌ただしい日々を送ってきたが、最近になって、母がいない生活の寂しさが身に沁みるようになってきた。
私にはまだ、母の死を受け入れることはできていなかった。
* * * * *
父と共にレストランに入る。
身だしなみの整ったウェイターに、窓際の席へとエスコートされる。
高層階から眺める街の景色は格別であった。
空の広さ、街の大きさを見ていると、自分自身がちっぽけな存在になっていくようだった。
そして、この広い世界に母がいないという寂しさも込み上げてきた。
「
「誰?」
「もうじき分かる」
父は開業医をやっており、顔が広い。
地元の医師会で役員もやっている。
詳しいことはわからないけど、医師会絡みの偉い人か、あるいは地域の名士か、そういった人が来るのだろうか。
けれど、お仕事の話なら私が同席する必要はないはず。
私はまだ、中学1年生なのだから。
やがて、一人の女性が案内されてやってきた。
「美緒ちゃん、お久しぶり」
やってきたのは、父の病院で働いている看護師の
私が父に用事があって病院に行くと、いつも明るく話しかけてくれた人。
小学生の頃からの顔なじみだ。
母の葬儀では、とても熱心に手伝ってくれていた。
今日は喪服ではなく、白と赤でコーディネートされたおしゃれな服を着ていた。
私は立ち上がり、綾香さんに挨拶した。
「お久しぶりです。母の葬儀では大変お世話になりました」
「……この度はご愁傷様でした。美緒ちゃん、お母さんが亡くなったのにしっかりしていて偉かったわよ」
「しっかりなんてしていません。私は何もできませんでした」
「二人共、まずは座りなさい。食事を始めよう」
父はそう言うと、ウェイターに合図を出した。
綾香さんは父の隣に座った。
母のいるべき位置に、今日は綾香さんが座っている。
綾香さんの顔は、私の母に似ている。
けれど、体つきはまったく違っていた。
母は病弱だったこともあり、とても痩せていた。
一方、綾香さんはグラマーで、女性らしい体つきをしている。
おいしそうな食事が次々に運ばれてきた。
けれど、私は綾香さんの派手な服や、開いた胸元に目を奪われていた。
視線に気がついた綾香さんはこう言った。
「いつもナース服だったから、こういう服装の私を見ることって、あまりなかったわよね」
「あ、じろじろ見てしまってすみません」
「いいのよ。美緒ちゃんのお洋服もかわいくて似合っているわよ」
「はい、ありがとうございます。母が買ってくれたんです。私の思い出の服なんです」
「……そう」
綾香さんの表情が一瞬、曇ったように見えた。
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