キツネ

口羽龍

キツネ

 秀一(しゅういち)は北海道に住む小学生。生後間もなくして父、竜希(たつき)を失い、母、奈都子(なつこ)と暮らしている。奈都子は朝早くから仕事に出かけて家計を支えている。そのため、秀一は1人で食事をする日が少なくない。だけど、愛情たっぷりで育てていて、秀一は順調に成長している。放課後はみんなと野球で遊び、最近ではリトルリーグで頑張っているようだ。練習は厳しいけれど、よく頑張っているようだ。


 奈都子は近くのスーパーに行く事にした。今日はカレーライスだ。野菜と肉とカレールーを買わないと。


「じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 奈都子は家を出ていった。秀一は奈都子を見送っている。またすぐに帰ってくるだろう。その時まで待とう。


 奈都子は新興住宅地を歩いている。その近くには雑木林がある。ヒグマが現れる事はないものの、ここ最近、住宅地でもキツネを見かける事があるという。キツネは人間の食料をもらいにやってくるようで、かわいらしい見た目で人を誘っているようだ。実際、遊ぼうとする人はいるものの、避ける人もいるという。奈都子は見かけたら遊ぶ事が多いらしい。


 新興住宅地は静かだ。人通りが少ない。みんな、家でのんびりしているんだろうか?


「あっ、キツネ!」


 と、道路をキツネが歩いている。とてもかわいらしい。だが、道路の真ん中を歩いて、大丈夫だろうか?奈都子は不安でしょうがない。


 その時、向こうからワンボックスカーがやって来た。だが、キツネもドライバーもそれに気づいていないようだ。何としても救わないと、奈都子は道路に出た。


「危ない!」


 奈都子はキツネを抱えた。だが程なくして、奈都子はワンボックスカーにひかれた。だが幸いにも、キツネは無傷だ。奈都子がキツネを抱えるようにひかれたからだ。


 ワンボックスカーから出てきたドライバーは焦った。人をひいてしまった。


「や、やっべー」


 ドライバーは奈都子を見ている。奈都子は動かない。抱えていたキツネはどこかに行ってしまった。


「おい!大丈夫か?」


 そこに、近くにいた人がやって来た。事故の一部始終を見ていたようだ。


「引いてしまったんだけど」

「早く救急車を!」


 ドライバーが正直に話すと、近くにいた人はすぐに救急車を呼ぶように話した。これは大変な事だ。早く呼ばないと、あの女が死んでしまう。


「わかった!」


 しばらくして、救急車がやって来た。2人はその様子をじっと見ている。あの女は大丈夫だろうか?




 それからしばらくして、秀一は家にいた。奈都子がなかなか家に帰らない。どうしたんだろう。心配だ。何か、事故に遭ったんじゃないかと思い始めた。


 突然、電話が鳴った。誰からだろう。秀一はすぐに受話器を取った。


「もしもし」

「秀一くん?」


 その声は、隣に住む片岡さんだ。一体、どうしたんだろう。


「はい」

「お母さんが交通事故に遭ったのよ」

「えっ!?」


 それを聞いて、秀一は驚いた。まさか、母が交通事故に遭うとは。どうして突然、こんな事になるんだろう。


「早く病院に来て!」

「は、はい!」


 秀一はすぐに病院に向かった。どうか助かってくれ。まだまだ若いのに、僕を置いていかないで。もっと一緒にいてくれ。


 数十分後、秀一は病院にやって来た。病院は騒然としている。まさか、奈都子の事で騒然としているんだろうか? 奈都子は無事だろうか? 死んでいないだろうか? 秀一は不安でいっぱいだ。


 秀一は受付にやって来た。奈都子はどの病室にいるのか知らないと。そして、早くそこに行かないと。


「あのー・・・」

「秀一くん?」


 その顔を見たナースは、すぐに秀一とわかった。どうやら秀一の事を知っているようだ。


「うん」

「早くこっちに来て・・・」


 秀一は驚いた。どうして病室の番号を教えてくれないんだろう。まさか、病室ではないどこかにいるんだろうか? 重症だろうか? 秀一は不安でしょうがない。


「な、何?」


 2人は地下に向かった。地下はとても静かだ。まさか、奈都子は死んだんだろうか?


「こちらへ」


 秀一の前には、顔に布をかけられた女性が眠っている。その服は、奈都子が出かける時に来ていた服だ。まさか、奈都子だろうか? 死んだんだろうか?


「お母さん?」

「そうよ。亡くなったの」


 それを聞いて、秀一はその場に崩れ、泣いた。どうしてこんなに突然、死ななければならないんだろう。もっと一緒にいてほしかったのに。


「お母さーん!」


 秀一はベッドで寝ている奈都子に抱き着いた。だが、母は起きない。そして、体が冷たい。死んだ事を実感した。


「どうしてこんな事で死んじゃうの?」

「悲しいよな・・・」


 誰かに叩かれて、秀一は振り向いた。そこには院長がいる。院長は悲しそうだ。息子1人を残して死ぬなんて。秀一が不安だ。


「うん」


 再び秀一は泣き崩れた。それからの事はあまり覚えていない。あまりにも悲しい出来事だったからだ。




 それから数週間過ぎた頃だ。秀一は落ち込んでいた。泣かなくはなったものの、奈都子を失った苦しみから抜け出せなかった。いつになったら元通りになるんだろう。その先が全く見えない。


「残念だったね」

「どうしてこんな事に?」


 秀一は勉強机に座り、じっとしている。やって来た片岡は、心配そうに見ている。


「事故を起こした人の証言によると、引かれそうになったキツネをかばって死んだらしいよ」

「そんな・・・」


 奈都子はキツネが好きだった。キツネが来ると、よくえさを与えていた。車に引かれそうになったキツネをかばって死ぬとは。どうしてこんな事になったんだろう。


「お母さん、動物が好きだったでしょ? だから、放っておけなかったんだよ」

「そうだったんだ・・・」


 ふと、秀一は不安になった。家事をしてくれた母はもういない。これから、どうやって生活していけばいいんだろう。


「近所の人が、支えてくれるらしいから、心配すんなよ」

「わかった・・・」


 だが、秀一は喜ばない。やっぱり、母がいいに決まってる。


 片岡は不安そうに部屋を後にした。どうすれば立ち直ってくれるんだろう。


「はぁ・・・。もうお母さんに会えないのか・・・。少し寝よう・・・」


 秀一はベッドに横になった。あれから大変な日々だった。通夜に葬儀に初七日に。疲れがここに来て続いている。程なくして、秀一は寝てしまった。


 秀一はカレーのにおいで目が覚めた。もうすぐ夕方だ。片岡がカレーライスを作っているんだろうか? だが、片岡の作るカレーライスとにおいが違う。違う人が作っているんだろうか?


「ん? カレーのにおい・・・」


 秀一は部屋を出て、ダイニングにやって来た。そこには、知らない女性がいた。その女性は母に似たロン毛で、キツネ柄のエプロンをつけている。


「えっ、誰?」


 その声に反応して、女性は振り向いた。女性はかわいい笑顔を見せている。初めて会ったのに、どうしてこんなにかわいいと思うんだろう。


「あっ、秀一くん?」

「そ、そうだけど」


 秀一は驚いた。初めて会ったのに、どうして僕の名前を知っているんだろう。まさか、別の知り合いだろうか?


「今日から世話をしたいと思ってね」

「えっ・・・」


 まさか、ほかに世話をしてくれる人がいてくれるとは。とても嬉しいな。


「いいじゃないの」

「あ、ありがとう・・・。近所の人が世話をするらしいけど」


 秀一はもういいと思っていた。近所の人が世話をしてくれるんだから、もうこれ以上は大丈夫だろう。


「せっかく私が世話をするんだから、いいじゃないの」

「そ、そうだね・・・」


 少し戸惑ったが、その女性の可愛さにひかれて、秀一は世話を認めた。こんなかわいいなに世話してもらえるとは。とても嬉しい。


「これからよろしくね。あっ、言い忘れたけど、私の名前は麻実(まみ)」


 麻実は自己紹介をした。だが、秀一は気になった。麻実の尻から尻尾が伸びている。時々動いているので、アクセサリーではないようだ。だとすると、本物の尻尾だろうか? まさか、あの時、奈都子に救われたキツネだろうか?


「こちらこそよろしくね。って、その尻尾、何?」

「あっ、何でもないの」


 麻実は何も言いたくないようだ。だが、秀一にはわかっているようだ。




 実は麻実は、あの時に奈都子に救われたキツネだった。秀一の予想は当たっていた。


 あの時、群れからはぐれたキツネは道路を歩いていた。仲間はどこに行ったのかわからない。早く見つけないと。だが、なかなか見つからない。


 その時、目の前からワンボックスカーがやって来た。このまま引かれてしまうかもしれない。どうしよう。


「ヤバい!」


 だが、近くにいた女が前に出て、抱いてくれた。そのおかげで、助かった。だが、その女は倒れた。死んだんだろうか?


「えっ・・・」


 ふと、キツネは思った。あの女が自分を救ってくれたんだろうか? もし、死んだとしたら、自分の命と引き換えに私を救ってくれたんだろう。


「この女の人が助けてくれたのか」


 キツネは呆然としている。ドライバーが飛び出して、電話をしている。自分がこんな所を歩いていたせいで、こんな事になるなんて。


「死んじゃったのかな?」


 その後、この近くの家で夜に何かが行われている。彼らはみんな悲しんでいる。そして、仏壇には、ワンボックスカーにひかれた女の遺影がある。あの女の人は死んでしまったようだ。自分のために、こんな事になるなんて。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「悲しんでいる。この子のために何かをしたいな」


 ふと、キツネは思った。この真ん中にいる子供が悲しんでいる。もしかして、あの子が女の子供だろうか? 1人残されて、大丈夫だろうか? あの子のために、何かできないだろうか?


「よし、人間に化けてこの子の世話をしよう」


 キツネは人間に化ける技を知っている。それを生かして、この子の世話をして、恩返しをしないと。そうすれば、あの女のためになるかな?




 ふと、秀一は思った。あの時母に救われたキツネが化けて世話をしに来たんだろうか? 聞いてみようかな?


「ねぇ、麻実さん」

「どうしたの?」


 秀一は聞いてみた。麻実はカレーライスのごはんを皿に盛っている。とてもおいしそうだ。


「まさか、あの時、車に引かれそうになったキツネ?」

「うん。あなたのお母さんに命と引き換えに救ってもらったから、恩返しがしたくて」


 やはりそうだったようだ。僕の事を心配してくれて、これから世話をしようと思っているようだ。


「そうなんだ」

「嬉しい?」


 だが、秀一は戸惑っている。キツネが化けた人より、本物の人がいいな。


「うーん・・・」

「嬉しいでしょ?」


 麻実は嬉しそうに秀一を見ている。もっとかわいがってほしいようだ。


「い、言われてみれば」

「ありがとう」


 それを聞くと、麻実は尻尾を振った。尻尾を見ていると、なぜか癒される。どうしてだろう。


「かわいい!」


 秀一は嬉しそうだ。こんなに僕を大切にしてくれる。そしてかわいい。麻実がいれば、母がいない寂しさを忘れる事ができそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キツネ 口羽龍 @ryo_kuchiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説