卒業写真

口羽龍

卒業写真

 弘之(ひろゆき)は父、隆司(たかし)を探して2階の父の部屋にやって来た。宿題を教えてほしくて、やって来たようだ。隆司は東京の名門大学を卒業後に就職し、今ではとある会社の専務で、みんなから信頼されている。


「あれっ、お父さん?」


 だが、隆司はいない。ここにもいないとは。どこに行ったんだろう。弘之は首をかしげた。


「いないのか・・・」


 弘之はがっかりした。宿題を教えてほしいと思ったのに。


 と、弘之は机の上に置いてあるものに反応した。それは、卒業写真だ。だが、自分がもらったものとデザインが違う。隆司の卒業写真だろうか?


「あれ? お父さんの卒業写真?」


 と、そこに隆司がやって来た。どうやらお風呂に入っていたようだ。


「あっ、お父さん」


 隆司は弘之が見ているものに反応した。中学校の卒業写真を見つけてしまったようだ。弘之には見せないようにしようと思っていたのに。


「見ちゃったのか・・・」


 弘之は卒業写真を開いた。懐かしい写真がたくさんあり、見ているだけで笑みが浮かんでくる。懐かしい物を見ると喜ぶのは、どうしてだろう。全くその理由がわからない。


 と、隆司は中学校の頃の自分を見つけた。昔とあんまり変わっていないけど、こんな顔だったな。


「これがお父さんなのか」

「そうだよ。かわいいだろ」

「うん」


 弘之は驚いた。まるで自分にそっくりだ。隆司も中学校の頃は、こんな顔だったんだな。だとすると、成長すれば隆司みたいな顔になるのかな?


 ふと、隆司は考えた。山形の故郷の同級生は、どうしているんだろう。もう20年ぐらい連絡がない。どうなったんだろう。とても気になる。


「みんな、どうしてるのかな?」


 隆司は夜空を見上げた。だが、彼らは見えない。


「気になるの?」

「うん」


 隆司は山形の故郷を離れる直前の事を思い出した。




 それはあれから25年前の事だった。隆司は山形の田舎で生まれ育った。隆司の中学校は小学校と一緒になっていて、全校生徒は10人に満たない。みんなまるで家族のようで、楽しい日々を送っていた。だが、9年にも及ぶこの校舎での日々も終わってしまった。東京の高校に就職することになった隆司は、今日、東京に旅立つ。寂しいけれど、成長するためには行かなければ。


 旅立ちの朝、隆司は最寄りの駅で小中学校の生徒と話をしていた。もうすぐ旅立つ列車がやって来る。それをみんなで見送り、隆司を見送り、成長を祈ろうと思ってやって来た。まさか、みんなが集まってくれるとは。だけど、こんなに多くの人に見送られて旅立つんだから、みんなのためにも頑張らないと。そして、成長してここに再び帰ってこなければ。


「今日でお別れだね」

「うん」


 隆司は寂しそうだ。見送っている人々も寂しそうだ。だが、それは自分のためだ。逃げてはだめだ。


「隆ちゃんは東京に行っちゃうんだね」

「ああ。東京に行って、大きくなってくるから」


 中学校で親しかった万里子(まりこ)は寂しそうだ。せっかく仲良くなったのに、別れるなんて。今日、初恋は終わってしまう。


「頑張ってね。応援してるから」

「もっと一緒にいたかったのに。結婚できると思ってたのに」


 万里子は残念そうだ。結婚しようと思っていたのに。東京に行ってしまうなんて。万里子は地元の高校に進学することが決まっている。


「ごめんな。でも、成長するため、豊かになるためには行かなければならないんだ」


 両親は笑みを浮かべている。隆司ならきっと大丈夫。成長して再びここに帰ってくるはずだ。


「そう。成長してここに戻ってくるの、楽しみにしてるわ」

「ありがとう」


 と、気動車のアイドリング音が聞こえてきた。旅立ちの列車が来たようだ。それを聞いた隆司はホームに向かった。ここは無人駅で、そのままホームに入る事ができる。


「じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 見送っている人々は、ホームの向こうからその様子を見送っている。隆司は列車に乗った。乗るとすぐに、ドアが閉まり、走り出した。人々は手を振っている。ボックスシートに座っている隆司は窓を開け、彼らに手を振った。


「さようならー」

「さようならー」


 気動車は徐々にホームを離れ、田園地帯を抜け、雑木林の中に消えていく。人々はそれをじっと見ている。あの先に東京がある。そう思うと、いつかまた会えるだろうと思えた。いつになるかはわからないけど、その日を楽しみにしていよう。


「行っちゃった」

「また会えたらいいね」


 その時、両親は思いついた。またいつか、隆司が成長したら、東京に行こう。そして、東京で再会するんだ。


「大きくなって、また会いに行こうな!」

「ああ」


 そして、人々は駅を去っていった。また会える日を楽しみにしながら。




 だが、それ以来、彼らに会った事はない。時々実家に帰るものの、どうしてなのかわからない。大学を卒業する頃には、故郷を出て行ったという。だが、どこに行ったのかはわからない。寂しいけれど、時代の流れの中で、みんな離れ離れになってしまうんだろうか?


「でも、結局、それ以来、会った事がないんだ。みんな、高校を出たら、大学やら就職やらでバラバラになって、みんな故郷を出て行って」

「そうだったんだ」


 隆司は寂しそうだ。また会おうと約束していたのに、かなわないまま時だけが過ぎた。今頃、どうしているんだろう。また会いたいな。


「今でも夢に見るんだ。みんなと再会する夢を。そして、それからの事を語り合う日を」

「ふーん」


 隆司は今でも夢に見る。故郷で皆と再会し、これまでの自分の出来事を語り合い、そしてみんなと居酒屋で飲む事を。それを現実でするのは、いつになるんだろう。全くわからない。


「だけど、それがかなわないまま、時だけが過ぎていくんだ。間近で会いたいな」

「そうだね」

「親が死んで、故郷に帰らなくなったし、そして故郷は忘れ去られていくのかな?」


 隆司はいつの間にか泣いていた。もう一度、みんなに会いたいな。成長した自分を見て、みんな、どう思うんだろう。

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