なっとらん!

壱単位

なっとらん!


 まったく、なっとらん。

 目覚ましくらい、かけておけ。


 あいつが起きてこないから、暗い中で我慢して新聞を読んでやっていた。眉間を揉み、閉じる。まったく、目が疲れた。なんでこんな暗いところで読まなきゃならないんだ。しかたないからカーテンを開けてやろう。

 勢いよく開けるとレールから金具が外れた。ひっかかり、動かない。強くひいたら折れた。舌打ちをする。まったく、あいつがレールに油を塗るなり手入れをしてないからこうなるんだ。本当にだらしがない。


 他のカーテンをあけ、猫のトイレの様子を見る。夜の間に汚れている場合は取り替えることになっている。普段の始末のようなくだらない仕事はあいつの担当だが、今朝は俺がやってやる。

 汚物が容器に付着している。なにかで拭かなければならない。ウェットティッシュを手で探す。ない。どうして俺の手の届くところに置いてないんだ。こういうことは、段取りが重要なんだ。仕事でも、家事でも。だからあいつは仕事ができないっていうんだ。まったく。

 ウェットティッシュは棚の中にあった。が、残りが少ない。半分ほどだ。それをぜんぶ鷲掴みにして、猫トイレを拭いてやる。拭いたあとはビニールに突っ込んで縛るのだ。ビニールはどこだ。ちっ、ビニールくらいすぐ手が届くところに置いておけ。だから段取りが悪いって言うんだ。まったく、なにもできないな、あいつは。冷凍保存用のチャック付きの袋を台所で見つけたからそれに突っ込む。

 ゴミ箱に入れようとすると、ほぼいっぱいだ。また舌打ち。半分くらい埋まったら取り出して別袋に替えておけ。まったく。要領が悪いんだよ要領が。


 だが、今朝が燃えるゴミの日だったことを思い出す。所定の黄色い市販の袋に入れないとならない。どこだ。探すが見つからない。ちっ。ちゃんと見える場所に出しておけよ、ゴミの日の前日夜には。だから段取りがわるいっていうんだ。仕事ができないやつは、ほんとに始末が悪い。

 結局、見つからない。適当な大型の黒いビニールがあったからそれに入れ、収集場所に置いてきた。近所の女房連中と目が合った。おはようございます、と俺が爽やかに挨拶してやったのに、なにか眉を顰めて見てくる。なんだ。俺が悪いって言うのか。あいつの段取りが悪いせいじゃないか。ふん。女はすぐ女の肩をもつ。くだらん。やっぱり社会に出てバリバリやっている、俺のような強い男には、こんな世界は似合わんなあ。


 冷蔵庫から茶を出す。ペットボトルが二本入っているが、どちらも空になっている。昨夜、俺がどちらも飲んでそのまま入れておいたものだ。ちっ。なんで交換してないんだよ。夜中のうちにちゃんと新しいものを入れておくのが常識だろうが。なんでそのままなんだよ。ほんとに、頭の構造を疑うよ。どうなってるんだ。

 しかたないから空のボトルを出し、シンクのなかに放り投げておいた。こうしておけば、いつのまにかすぐ、プラ容器のゴミ袋にはいるんだ。いつもなら、そうだ。


 腹が減った。飯にしよう。炊飯器をあける。ちっ。棚を蹴る。米が炊けてないじゃないか。なにやってんだ。ほんとに常識ってもんが、欠如してる。俺が寝るときには何時に食事が必要か聞いて、炊飯をセットしておく。それが当然の常識だろう。どうして昨日はやってないんだ。


 しかたないから冷蔵庫をあさり、冷凍してあったパンを取り出し、レンジに突っ込む。どのボタンをおせばいいのかわからない。適当に押し、適当に取り出す。

 バターはどこだ。ちっ。どうしてちゃんと、パンのすぐそばに置いておかないんだ。パンが冷凍していようがどうだろうが、関係ない。そんなのは言い訳だ。会社ではそんな言い訳は通用しない。パンといえば、バター。冷凍だろうがなんだろうが、即座に手に取って利用できるようになっていなければおかしい。

 ほんとうにあいつは、なにもかも、抜けている。


 一部が冷たく不味いパンを食い終わる。皿はシンクにおいておく。当然、あとで棚に戻っているはずだ。いつもならそうだ。


 ソファに座ると、窓の汚れが気になった。今朝は家事をほんとうに頑張っている俺だから、窓の汚れすら気になった。

 雑巾を探したが、わからない。適当に皿拭き用の布を十枚ほど取り出して、ガラスクリーナーとともに窓の前に立った。

 この、隅のところを、しっかり、拭くのが、コツ、なんだ。そうら、こうやって、落ちにくい、くそっ、ほら、よくなっただろう。みろ、おい、なんだいないのか。こんなに綺麗になったのに。

 三十分ほどかけて、だいたい十センチ四方程度が綺麗になったから、あとはあいつにやらせることにする。見本はちゃんとつくっておいたぞ。そのとおりに、ちゃんとやれよ。あいつが俺が拭いた場所を見て感謝の涙を流すことを想像して、満足する。


 ちょっと、散歩にでもいってくるか。

 玄関にでる。靴が置いていない。舌打ちする。どうして俺が出るのに、靴を出しておかないんだ。棚を開けて靴を出す。すこし汚れがついている。床に叩きつけた。どうして拭いてないんだ。息を整え、自分をなだめ、靴を履く。靴べら。手を出す。どうして俺の手に靴べらを渡さないんだ。そこにいないからなんてのは言い訳だ。俺が出かけるなら、玄関で見送れよ。それが常識ってもんだろう。

 

 外にでた。秋の日差しが気持ちいい。少し、気分が落ち着いた。

 俺もすこし、興奮しすぎたな。

 帰ったら、あいつの言い訳をちゃんときいてやろう。

 もう反省したか、って、起こしてやろう。


 昨日の夜、あいつがあまりにだらしないからちょっと折檻した。

 軽く、叩いただけだ。

 あいつは頭が痛いといって布団に入り、それからずっと、目が覚めない。

 身動きひとつしないほど、よく眠ってる。


 まあ、たまには寝かせておいてやるか。

 起きたらまたしっかり働いてもらわないとな。


 俺は日差しのなかで、ううっと、気分よく伸びをした。


 

 

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