052 エピローグ

 予想外の発言だった。

 全員が「進む」と言うものだと思った。

 だが、波留は「残る」と言った。


 真剣な顔で俺達を見る波留。

 俺達は唖然として口を開いていた。


 気まずい沈黙が場を包む。

 しばらく固まった後、俺が言った。


「そうか、波留は残るんだな。なら俺達のお金を波留に」


「――なんてね」


「「「「はっ?」」」」


「冗談に決まってんじゃん!」


 波留がニヤリと笑う。


「騙された!? 波留様の演技に!」


「ということは、波留、お前も?」


「進むに決まってんじゃん! 当たり前っしょ!」


 豪快に笑う波留。なぜかしたり顔。


「……」


 由衣が無言で波留に近づく。

 そして、強烈なデコピンをお見舞いした。

 バチン、と大きな音が響く。


「いってぇ! 由衣、なにするのさ!?」


「なんかむかついたから」


「同じく」「同じく」「同じく」「同じく」


 由衣に続いて、俺達も波留にデコピンをしていく。

 波留の悲鳴が船内に響くのだった。



 ――――……。



「それじゃ、前に進むとしようか」


 波留に天誅を下し終えると、表情を引き締める。


「皆で一緒に消そうよ」


 そう提案したのは波留。


「今度は冗談なんて言わないでよ?」と由衣。


「わぁーってるって!」


「ならいいよ」


 皆が自分のスマホに視線を向ける。

 アプリの削除画面から〈ガラパゴ〉を選択。

 削除してもよろしいですか、の確認画面で合わせる。


「せーので消そうよ! いくよ!?」


 波留が確認する。

 俺達が頷くと、彼女は言った。


「せーのっ!」


 俺達は同時に〈ガラパゴ〉を削除した。




 ………………。




 …………。




 ……。




「船、無事だったな」


 クルーザーは消えなかった。

 アプリが消えても、買った物は全て無事のようだ。

 着ているウェットスーツやライフジャケットも問題ない。


「あとはこの船が動くかだが……」


 俺は操縦席に座って船を動かす。

 完全に停止していた船が、再び動き出した。

 次第に速度を上げていく。


「動く! 動くぞ! 俺達の船が!」


「いっけぇ! 大地! 小笠原諸島まで突っ走れ!」


「おうよ!」


 ◇


 その後は完全に平和だった。

 静かな海をひたすらに進み、そして――。


「見えてきた! 小笠原諸島だ!」


「どうやら目の前にあるのは父島のようね」


 マップを確認しながら由衣が言う。


「そこに上陸させてもらうとしよう」


「私、救助の電話をするね」


「頼んだ」


 電話を由衣に任せ、俺は船を進める。


「おいおい、電話が復活したのかよ!?」


 電話をかけようとする由衣に波留が食いつく。


「〈ガラパゴ〉を削除してすぐに復活したよ。気付いてなかったの?」


 代わりに歩美が答えた。


「むしろなんで気付いていたし!」


「私、お母さんにメール送ったもん」


「私もお父さんに送ったよー」と千草。


「ちょい! 教えろよー! ずっとテレビ観てたじゃんか!」


 そう言うと、波留はデッキに移動し、電話をかけ始めた。

 大きな声で話しているから、誰にかけているのか丸分かりである。


 波留の電話相手は母親だ。

 大丈夫だから心配しないでね、と報告している。


「大地も誰かに連絡する? 代わるよ?」


 歩美が気遣ってくれる。


「いや、俺は無事に救助されてからでいいよ。どうせ大して変わらないからな」


「淡泊だね。嬉しくないの?」


「嬉しいさ。最後まで油断しないだけだよ」


「流石は私達のリーダーだ」


「ふっふっふ」


 ドンッ!


 船が大きく揺れる。


「なにいまの!?」


「すまん、岩か何かに当たっちまったようだ」


「しっかりしてよリーダー!」


 歩美はゲラゲラと笑った。


 ◇


 島に着いた俺達を待っていたのは温かい歓声――ではなかった。


「なんだこの船。勝手なとこ止めるんじゃないよ」


 船の停泊場所に対する苦情だ。

 何も考えないで船着き場らしきところに停泊させたら怒られた。


「こういう時、〈ガラパゴ〉があればなぁ」


 もはや〈ガラパゴ〉は残っていない。

 販売リストで船を消すことはできなかった。


「これでオッケーだな」


 船着き場の職員らしきおじさんが指定した場所に船を泊める。

 それから船を下りて、近くにあったベンチに腰を下ろす。


(そういえば、クルーザーの運転って免許がいるんだっけ?)


 ここでは日本国の憲法が適用される。

 無免許で船を乗っているのがバレたらまずい。


(どうする? 自動運転にして船をどこかに遠ざけるか?)


 などと悩んだが、結局、何もしないでいた。

 事情を説明すればどうにかなるだろう。たぶん。


 その頃、女子達は――。


「人だぁああああああああ! 人ォオオオオオオ!」


 波留を中心に、島民を見て興奮していた。

 学生以外の人間を見るのは1ヶ月ぶりのこと。

 だから、ただただ嬉しくてしかたがない様子だ。


「救助の人達、あと5時間ほどで到着するって」


 由衣が俺の隣に座った。


「5時間……のんびりだな」


「失踪した鳴動高校の生徒が小笠原諸島に現れたというのにね」


「ま、それでも国からしたら急いでいるものなのかもな」


 救助が来るまでの間、俺達はのんびりと過ごすことにした。


 ◇


 半信半疑だった。

 本当に救助ヘリが来るのかどうか。

 だから、実際に来た時は妙な感動があった。


「もうじき東京に到着します」


 救助隊員の男が言う。

 俺達を乗せたヘリは東京に向かっている。


 どうして東京を目指すのかは分からなかった。

 地理的には静岡の方が近い。

 小笠原諸島が東京の管轄下にあるからだろうか。


 そんなことを考えていると、眼下に都会が見えてきた。

 アスファルトで出来た建物群が近づいてくる。

 かと思えば、そのまま通り過ぎていく。


「東京のどこに向かっているのですか?」


 俺が尋ねると、隊員の男は笑顔で言った。


「都庁です!」


 そうこうしている間にもヘリは進んでいき、都庁のヘリポートに到着。


「すげぇ人の数だな」


 ヘリポートが近づくにつれて周囲の様子が分かる。

 そこには大勢のマスコミ、それと東京都知事の姿があった。


「着きました! 降りて下さい!」


 着陸が終了し、ヘリの扉が開く。

 何十台ものカメラが俺達を捉えている。


「ここから先、色々と面倒そうだな」


「仕方ないよ。これが私達の選んだ道だから」


「それもそうだな」


 俺は「ふっ」と笑い、シートベルトを外す。


「せっかくだから皆で同時に降りようか」


「それいいじゃん!」


「手を繋ぐのもありだね」と由衣。


「なら波留は大地と手を繋ごうか」


 ニヤニヤしながら歩美が言う。

 波留の顔がかぁっと赤くなる。


「大丈夫ですか? 降りられますか?」


 隊員の男が尋ねてくる。

 その言葉の真意は「さっさと降りろ」に違いない。

 俺達は笑いながら「すみません」と頭を下げる。


 そして、全員で手を繋いでヘリから降りた。


 ◇


 その後、俺達は何度となく事情聴取を受けた。

 案の定、〈ガラパゴ〉の存在は信じてもらえなかった。


 最初から分かっていたことだ。

 逆の立場だったら、俺だって信じないだろう。

 だから俺達は、あの島を実際に見せようと考えていた。


 地図に存在しない謎の無人島。

 それを目の当たりにすれば、流石に信じざるを得ない。


 しかし、ここで予想外のトラブルが発生した。


 あの島に関する全ての情報が消えていたのだ。

 自ら消した〈ガラパゴ〉は当然として、島自体が存在していなかった。


 島があった座標には海しかない。

 ラインのログもいつの間にか初期化されていた。

 小笠原諸島に置いてきたクルーザーにいたっては行方不明だ。


 これが、〈ガラパゴ〉の管轄外へ出る、ということなのだろう。


 論より証拠と考えていたのに、その証拠が消えたのだ。

 もはや俺達に〈ガラパゴ〉の存在を証明する手段はなかった。


「島での出来事などなかったのだ」

「そんなアプリがあるわけない」

「全ては君達の妄想に過ぎない」

「君達は人体実験に利用されたのだ」

「もしくは洗脳されてしまったのだ」


 結局、そういった声が覆ることはなかった。

 俺達の親でさえ、俺達の言葉には懐疑的だった。


 だが、それは間違いだ。

 あの島に関することは決して幻などではない。

 一つだけ、たった一つだけだが、島での活動を示す物が残っている。


 それは――歩美の作ったネックレス。

 ネックレスだけは、他の全てが消えても残り続けていた。


 見た目は適当な雑貨屋で売っていそうな代物。

 あの島の存在を示す証拠としてはあまりにも弱い。

 当然ながら、ネックレスだけでは信じてもらえなかった。


 それでも、このネックレスはあの島で作った物なのだ。


 このネックレスを見る度に、俺達は思い出す。

 あの島で過ごした、人生で最も濃密な1ヶ月間を。

 あの時間はたしかに存在していたのだ。


 島での生活を機に、俺の人生は大きく変わった。

 波留、千草、由衣、歩美、そして、水野。

 かけがえのない仲間達を得ることができたのだ。


 島での生活は終わったけれど、俺達の絆は永遠に終わらない――。

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集団転移で無人島に来た俺、美少女達とスマホの謎アプリで生き抜く 絢乃 @ayanovel

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