037 覚悟を決めておく必要があるな

 気がつけば朝になっていた。

 この島に来てからの生活でもっとも暗い空気が漂っている。

 最悪極まりない9日目の始まりだ。


「水野は?」


 朝食中、波留が尋ねてきた。

 俺はスマホを開いて確認する。

 そして首を横に振った。


「アイツ、無視するにしても既読くらいつけろよ」


 波留が呟く。

 いつも元気な彼女も、今日は顔色が良くない。


「水野君、やっぱり……」


 千草の言葉はそこで止まる。


「分からない。悪い風には思いたくない。だが、絶望的な状況であることはたしかだ。今はただ無事であることを祈るしかできない。俺達は無力だ……」


 千草の作ったご馳走が喉を通らない。

 今日はいつもより控え目な量なのに、それでも残してしまいそうだ。


「やっぱり、強引にでも止めるべきだった」


 心の声がこぼれてしまう。

 ひとたびこぼれると、もう止まらない。


「小笠原諸島を目指すと言ったアイツを強引に止めておけば、こうはならなかったはずだ。危険な橋を渡るなら全員で一緒に挑むべきだった。最悪だ。自分が許せないよ、俺は」


 昨夜からずっと同じ事を考えていた。

 もしも強引に水野を止めていたらどうなっていただろう、と。


 そもそも最初から嫌な予感がしていた作戦だ。

 水野の意志が固いとはいえ、承諾したのは失敗だった。

 そのせいで取り返しのつかない状況に陥っている。


「自分を責めても意味がないよ」


 由衣が俺を見る。


「大地だけじゃない。私達だって水野君を止めなかった。同じだから」


 よく見ると、由衣の目には涙が浮かんでいた。

 彼女だけではない。他の女子も涙を浮かべている。

 後悔しているのは俺だけではないのだ。


「今回のことを教訓にしないとね」と歩美。


「だな」


 俺は強く頷いた。


 今回の一件を心に刻み込む。

 こんな思いをするのは二度とごめんだ。

 同じ轍は踏まない。


 ◇


 生存者のタブを開いた時、「ついに始まったか」と思った。

 生存者数が410人になっていたのだ。


 昨日は430人だった。

 つまり、20人が死んだということになる。

 この数日は一桁で推移していた死亡者の数が一気に増えたのだ。


 原因には察しがつく。

 拠点を持っていない者の多くが限界に達しているのだ。


 金銭面はまだどうにかなるだろう。

 出費を最低限に絞れば、何もせずともあと数日はもつはず。


 だが、健康面では既に厳しい。

 拠点がない場合、夜は樹上で過ごす必要があるからだ。


 徘徊者が現れるのは午前2時から4時の間。

 この時間を木の上で耐えるというのは想像以上に過酷だろう。

 枝がポキッと折れて落ちるかもしれない恐怖もある。

 すぐ下に徘徊者が蠢く中で寝ることなど常人には困難だ。


 今回の20人は始まりに過ぎない。


 ◇


 本日の漁は昼から行うことにした。

 俺を含めて全員が寝不足に陥っていたからだ。

 だから午前中は拠点内で仮眠をとった。


「これで確定だな」


 入口付近に並んでいるプランターを全員で眺める。


 プランターは例外なく発芽していた。

 昨日の今日で発芽する、という急成長はトマトに限らないようだ。


 朝の時点ではまだ発芽に至っていなかった。

 種を撒いた時間から逆算すると約30時間で発芽するようだ。


 また、発芽に至る速度が均一であることも分かった。

 普通は作物によってバラツキがある。

 プランターの作物にはそのバラツキが見られない。

 まるで同じ種であるかの如く同じタイミングで発芽している。

 おそらく完成までにかかる時間も同じだろう。


「あとは本命のアイツだな」


 洞窟を出た俺達は、その足でトマト畑に移動した。

 ググって出てきた写真の見様見真似で作ったうねに蒔いたトマトの種。

 それがどうなっていたかと言うと――。


「「「「「うおおおおおおおおおおお!」」」」」


 ――全ての畝からきっちり発芽していた。

 プランターと同じく、小さな芽が顔を覗かせている。


「これでプランター不要説が証明されたぞ!」


「本格的に展開できるね」と由衣。


 こと農業に関していえば極めて順調だ。


「昼メシも食ったことだし、本日の漁に行くとするか!」


「「「おおー!」」」


「私は水やりと皿洗いをしておくね」


「あんまり無理するなよ、由衣」


「もちろん」


 由衣を拠点に残し、俺達は川に向かった。


 ◇


 漁が終わって拠点に戻った時には、空が赤く染まっていた。


「よし、順調だな」


 洞窟へ入る前にトマト畑を確認。

 水野のプランターで育てた時と同じで完成間近な様子だった。

 これなら明日の朝には1個500ptの熟したトマトが大量に完成するだろう。


「折角なら自分で育てたトマトを使って料理を作りたいね」


 千草が言う。

 流石は料理担当だ。


「換金しないで物としてキープする方法ってないのかな」


 俺は〈ガラパゴ〉を起動してそれらしき項目を探す。

 そんな項目はないだろうと思っていたが、驚いたことに存在していた。


「千草、〈拠点〉タブから〈土地の管理〉を開いて、〈栽培〉ってボタンを押してみろ」


 千草が言われた通りにする。

 そして、顔をハッとさせた。


「それっぽい項目があるだろ?」


「たしかに!」


 俺達が見ているのは、〈収穫物の自動換金〉という項目だ。

 その下の説明書きによると、これは個人単位で設定する模様。


「いいえに変えてみたよ」


「これで明日になれば結果が分かるはずだ」


 ◇


 夕食が終わって入浴の時間。

 俺は自分の番になるまで部屋で過ごしていた。

 スマホの画面にラインを表示し、PCでネットサーフィン。


 水野の様子が気になって集中できない。

 俺はすぐにPCを終了し、スマホを手に取った。


「あっ」


 全学年版のグループラインでとんでもない発言があった。

 それは水野からツリーハウスを奪った萌花とその取り巻きの発言だ。


 連中はツリーハウスを「水野から貰った」と説明している。

 曰く、水野はツリーハウスの完成に満足して他所へ行ったとのこと。

 驚くことに大半がその発言を信じており、羨む声が上がっていた。


「こいつら好き勝手に言いやがって」


 あまりにもむかついたから、俺は真実を言うことにした。

 萌花達が水野をボコボコにして強引に奪ったと。

 その証拠として、水野の腫れ上がった顔の写真もアップする。

 これは水野が塗り薬の効果を確かめる為に撮影したものだ。

 まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。


「ざまぁみろ、このクソ共」


 萌花達はたちまち炎上して批難を受ける。

 俺の発言を疑う者が出るかと思ったが、萌花達以外にはいなかった。


 日頃の行いのせいだろう。

 谷のグループでも嫌われていたらしいからな。


 フルボッコ状態の萌花達を見てニヤけた後、水野との個別ラインを開く。

 悲しいことに既読マークはついていなかった。


 かれこれ20時間以上も音沙汰がない状態だ。

 もはや生存は絶望的である。


 とはいえ、可能性が完全になくなったわけではない。

 スマホを海に落としてしまった、ということも十分に考えられる。


 水野とチェーンで繋がっているのは、スマホではなくスマホカバーだ。

 カバーからスマホが外れて海に落ちてしまう、ということはあり得る。


 それでも……。


「覚悟を決めておく必要があるな」


 俺は大きなため息をついた。

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