【てんとれ祭】寄るべない私達は、

紫波すい

寄るべない私達は、


 私は、私の眼が、嫌いだ。


 ・ ・ ・ ・ ・


 かさ、かさ、と足元で落ち葉が鳴る。


 右手にはお弁当の入った巾着袋、左手には温かい紅茶の入った水筒。


 秋のはじまりの風が、重たい前髪を撫でる。ブレザーの下に赤いカーディガンを重ねた格好で、迷いなく校舎裏へ向かう。


 普段は、友達と一緒に教室で食べる。

 だけど今日は、独りで。


 私には、寄るべない気持ちになったとき専用の椅子がある。


 ・ ・ ・ ・ ・


 学校祭がやってくる。


 前回のHRホームルームで、私のクラスである2年A組は、1日目のステージ発表では劇を、2日目には教室で、その劇の雰囲気を活かした喫茶店をやることが決まっていた。


 今日のお昼休み前のHRでは、その劇の配役を決めることになったのだけれど……


『次はお姫様役。立候補や推薦はありま』


『はい! はいはいはい、はーいッ!』


 学級委員長の言葉と被るほどの勢いで、声を上げた女の子がいた。その子の名前は、深山みやま萌子もえこちゃん。


 萌子ちゃんは可愛くて、朗らかで、良い意味で目立つタイプ。私とは全然違うけれど、数少ない私の友達。


 萌子ちゃん、お姫様役をやるんだ。

 それなら、裏方作業、頑張れそう……


永原ながはらひのきさんを推薦します!』


 あ、あれ? 私の名前!?


 みんなの視線が、窓側から2列目、1番後ろの席に座った私に殺到する。思わず俯く私。


 ど、どうして私なの!? もしかして、いつも熱弁している「ひのきはもっと愛されるべき!」っていう謎理論?


 萌子ちゃんの気持ちは嬉しい。でも、私みたいに地味な子がお姫様だなんて、ちゃんと務められる気が全然しないし、絶対にみんな、納得してくれないよ……!


 だけど。萌子ちゃんが推薦の理由を話したら、魔法みたいにみんなが納得しちゃって。


『永原さんにお願いしてよろしいですか? ずっと沈黙していらっしゃいますが、ご本人は?』


 とても断れる空気じゃなくて。

 流されることを決めたのは、


『……大丈夫、です……』


 私の言葉だった。


 ・ ・ ・ ・ ・


 はっと立ち止まる。


 どういう理由でそこに設置されたのか分からない、木々の狭間にぽつりとあるベンチ。


 私以外、座ったことある人いないんじゃないかなあって思っていた、白い塗装が所々剥がれたベンチに、


「あ」


 先客がいた。


 眼が合った。

 クラスメイトの男の子。

 確かさっき、劇の主役に決まった……


「や、永原さん。もしかして俺、邪魔?」


 桜庭さくらばとおるくん。


「ご、ごめんなさい。邪魔じゃない、から」


 私は俯いた延長で、ぺこっと頭を下げる。

 邪魔なのは、あとから来た私の方。


 嫌になる、私ったらぼーっとしてて。もっと早く気づいていたら。

 とにかく、引き返さなきゃ……


「ほんとに? 優しいね、助かる。

 んじゃ、半分こだ。どうぞどうぞ」


 思わず顔を上げた。


 桜庭くんは、ベンチの右側に詰めていて。

 左側半分を、手のひらで指し示していた。


 ・ ・ ・ ・ ・


 ベンチの右側には桜庭くん。

 左側には私。


 会話は今のところ皆無。肩が触れ合わないように距離を取って、2人が1人ずつでお昼ご飯。


 とびきり変な状況。

 それなのに、何でだろ。


 私はベンチの一部分を眺める。塗装がハート型に剥げている、お気に入りのところ。


 このベンチだから、なのかな?

 半分こ……思ったより、嫌じゃないな。


「このベンチ、」


 10秒前までメロンパンの入っていた袋を、器用に小さく結びながら、桜庭くんは言った。


「俺以外、座ったことある人いないんじゃないかなあって思ってた」


 私も、さっきまでそう思っていました。

 独り言かも知れないから、喉の奥で呟く。


「独りでいたいときに来るんだけど」


 私も、です。


「2人で1人ずついるのも、別に嫌じゃない」


 ……私も、です。


 分厚いレンズ越しに、ぴたりと揃えた膝小僧を見つめる。奇遇だね、の代わりに出てきたのは、


「桜庭くんは、王子様役、似合いそう」


 桜庭くんは、不思議な人。


 物凄く美人で、運動もできて体育祭では大活躍。女の子からも男の子からも大人気で、友達としてなら誰のことも拒まない。


 でも、そのアーモンド型の眼には、誰のことも映っていないような気がする。


「や、お互い大変ですねえ。演技とか思いっきり未経験なんだけど、永原さんについてけるかな」


 たぶん初めて話す私に対しても、他のみんなと話すときと同じ。飄々とした感じ。


 ……って、


「わ、私なんて、そんな」


「絵本の読み聞かせしてるんでしょ、毎週土曜日の午後、小児病棟で。無邪気な子供から人気を博しちゃうなんて、凄いことじゃん」


 萌子ちゃんが私の推薦理由としてみんなに話したのは、そのエピソードだった。


「でも、劇は、絵本の読み聞かせとは違うから」


「永原さん、演劇も経験済み?」


「それは、違うけど」


「目立つの、嫌い?」


 無意識に桜庭くんの横顔を見ようとして、


(見ちゃ、駄目)


 意識して、元通り俯いた。


 ・ ・ ・ ・ ・


『ねえ、さっき永原に睨まれたんだけど』


『またぁ? あいつ、女子を見るときと男子を見るとき、全然「眼」ぇ違わない?』


『ちょっと可愛いからって下心ありすぎだよね。マジで調子乗んなって感じ』


 私が、悪いのかな?


 中学2年生のときの私は俯いて、私自身に問いかけた。

 そうして出した結論が、眼鏡。


 私は、お話が苦手。


 なのに私の大きな眼は、思っていることも、思っていないことも伝えてしまう。私のことも、相手のことも傷つけてしまう。


 それなら、隠してしまった方が楽。

 目立たない方が、ずっと楽。


 でも、


 ・ ・ ・ ・ ・


 そっと眼鏡を外す。このベンチに座るときは、いつもそうする。呼吸が楽になるから。


「本当は、嫌いなの。すっごく」


 どうして私、笑ってるの?

 どうして私、泣いてるの?


「そっか。んじゃ、さ」


 桜庭くんは立ち上がって、ベンチの左側……私の領域に小さな何かをそっと置いた。


 滲んだ視界に映る、1つの飴玉。

 包み紙に描かれたフルーツは、いちご。


「寄るべない俺と、寄るべない永原さんで、思いっきり、目立たない劇にしちゃおうぜ」


「……目立たない、劇?」


「そ。誰の印象にも残らない、超絶、薄い劇」


「……すっごく、難しそう」


 それに、萌子ちゃんを悲しませてしまいそう。


「それでいて、クラスの全員大満足。批判ゼロ」


 それなら、萌子ちゃんも悲しまないけど、


「……無理、じゃないかな?」


「そ? ま、夢は大きく持とうぜ。

 授業中の暇なとき、アイデア考えとくよ」


 かさ、かさ、と音が鳴る。

 桜庭くんが遠ざかっていく。


 慌てて立ち上がった。

 言いたいことは沢山あって。

 だけど言葉にできたのは、たったひとつ。


「あの、っ……飴玉、ありがと……!」


 桜庭くんが振り向く。

 眼と眼が合って、心臓が跳ねる。


 桜庭くんは眼を細めて、白くて並びの良い歯をにっと見せて……悪戯っぽく、笑った。


 ・ ・ ・ ・ ・


 すとんと脱力して、1人、ベンチに腰掛けた。


 桜庭くんがくれた飴玉を、左の手のひらにそっと置く。軽く握って、右の手のひらも添えて、まだドキドキしている心臓へと引き寄せる。


『誰の印象にも残らない、超絶、薄い劇』

『クラスの全員大満足。批判ゼロ』


 本当に、出来るのかな。

 でも。出来ないとしても……


 青く澄んだ空を眼に映しながら、


「こんなこと、言えない。

 ふふっ、言えないなあ……!」


 他の誰にも、言えない。


 桜庭くんにしか……このベンチに座りながらじゃなきゃ、言えないこと。


 これが、私達の共犯関係のはじまり。


 それから、たぶん。

 私の特別な気持ちのはじまり、でもある。



〜〜〜〜〜〜〜〜


『参考・引用/蜂蜜ひみつ様/てんとれないうらない/第79話 寄るべない気持ちの お方専用の 椅子でござぁい 5点』

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