第10話 初めて学校に行く日の話

 そうして月曜日、朝7時。眠い目を擦って、なんとかベッドから出る。

 朝ごはんのパンを食べて、制服に袖を通す。ほとんど新品同然なブラウスはちょっと硬くて、制服に着られてるっていうのかな。そんな感じ。


 着替え終わって、姿見を見てみる。白いブラウスに紺色のブレザー、灰色ベースのチェック柄のプリーツスカート。

 中学校の時の自分と今の自分、どっちも大人から見たらまだまだ子供だろうけど。

 制服が変わっただけでちょっと成長を感じてうれしくなった。


 髪を整えて、誰もいない家に『いってきます』。そして駅までの道を歩く。

 通り道で違う制服の子を見ては物怖じして、電柱とかに隠れたくなる。みんなキラキラしてるなぁ。自分と比べられてるような気分になって、ちょっと落ち着かない。


 頑張って駅に着いても、さらに人、人、人。通勤時間に思いきり重なるから、制服の学生だけじゃなくてスーツ姿のサラリーマンとかもいて、おしくらまんじゅう状態。人が多くてくらくらしてくる。


 目的地の駅までは2駅ほどなのに、すでに思い切り走った後みたいにへとへと。でも目的地は学校だから、まだ先で。

 もう少し普段から運動しとけばよかったなぁ。そう思うけど、すでに後の祭りだった。




 学校の最寄り駅を出ると同じ制服の人がかなり増えてきて、さらに見られてる気がする。いや、正直見られてる。普段見ない子が同じ制服を着て、周りをきょろきょろしながら学校まで向かってるわけで。傍から見たら不審者だ、もっと堂々としなきゃ……。


 そしてやっとのことで辿り着いた下駄箱。金曜日も来たはずなのに、ずっと道のりが長く感じて大変だった。すでに息も絶え絶え。

 えーと、私の靴箱は……。探してると、後ろから聞きなじみのある声が聞こえる。


「葵ちゃん!? どうしたの、急に!?」

「あ、橘さん、おはよ」


 その声の主はまるでお化けでも見たような驚きようだ。まぁでもそっか、誰にも言わずにいきなり来たもんね。少し前にあんなこと言っておいてだけど。


「おはよ、って急に学校に来るもんだからさ、びっくりしたじゃん」

「うん、まぁ……いろいろあって」

「まぁいいや、とりあえず教室にいこ? 靴箱はこっちだよ」


 靴をしまって、橘さんに案内されながら教室まで向かう。

 3年生の教室を通り過ぎて、2年生の教室を通り過ぎて……あれ?

 ここだよ、って言って指されたのは1年A組の教室。あれ、私って2年生なはずじゃ……。




 とはいえ橘さんが嘘をついているとも思えないし……。

 疑問をいったん後回しにしてとりあえず教室に入ると、視線が一気に集まる。

 ずっと不登校だった私が、クラスの人気者と一緒に入ってきたわけで。たぶん私もそっちの立場だったら見ちゃうと思うから気持ちはわかるけど、実際に見られるとすごい緊張する。

 やっぱり教室間違ってたんじゃ。


 普通にしてればいいんだろうけど、やっぱりこういうプレッシャーに弱いのが私で。壁に委員会活動の表が貼ってあったのを見つけてクラスの視線から逃げるように目線を向ける。すると自分の名前がちゃんとあった。このクラスで本当にあってたみたいだ。


 私がクラスでどう振舞えばいいか悩んでる中、教室に担任の先生らしき人が入ってくる。いかにも体育会系な先生で、私があまり得意じゃないタイプ。

 橘さんは座席表をその先生に聞きに行っているみたいで、いつの間にか教卓の前に移動してた。先生と話すことがなくなるからやめてほしい。


「葵ちゃん、私の席の隣だって~!えへへ~」


 そう言って子供みたいに笑う橘さんを見てると、こっちまでつられて頬が緩む。


「おーい、席につけー」


 担任の一言で、あっという間にクラスは静かになって、各々の席につく。

 うぅ、クラスメイト、こうしてみるといっぱいいるなぁ……。

 そのままつつがなく朝のホームルームは進んでいく。


「えーと、今日の連絡は以上だが。高田! 軽く自己紹介しとくか!」

「えっ」


 人に名前を呼ばれることすら久しくて、思わず立ち上がってしまう。ガタガタと音が鳴って、当然全生徒の注目を集める。緊張して横の橘さんを見ると、小さくガッツポーズをしてた。頑張れ、じゃないんだよ他人事みたいに~!ちょっと恨めしかった。


 ◇


「まさか本当に自己紹介するなんて思わなかったよ~」

「まぁまぁ、練習しといて役に立ったでしょ?」

「それはそうだけど~」


 自己紹介の結果は、練習の甲斐あって何とかしゃべりきれたけど、惨敗。やっぱり緊張なんて、簡単に取れるものじゃない。って人と喋らないのに言っても変な話だけど。

 そんな私たちは授業前の時間で談笑中。橘さんは隣の席なのに私の机に寄りかかるように立って話してる。


「えーっと、高田さん、だっけ。よろしくね」

「う、うん。よろしく」


 この時間にも何人かから話しかけられたりするけど、オーラのせいか口下手なせいか、大して話が続かずに終わってしまう。


「葵ちゃんはね~、とってもいい子でね~かわいくてね~」


 その隣で橘さんがなぜか私より自慢げに他己紹介をしてる。

 肝心の私より人が集まっててちょっと落ち込む。

 数か月の差はやっぱり大きいと思う。それ以外の理由もありそうだけど。


「へ~、知り合い?」

「学校来てなかった頃にプリントを届けに行ってね、その頃から仲いいんだよ~。ね~」


 親しげに同意を求めてくるけど、こういう空気はちょっと苦手。で、でも、第一印象が重要っていうし、こういう時はある程度明るい子のふりしといたほうがいいかな……?

 あれ、笑顔ってどうするんだっけ。口角をあげて……


「ね~」

「顔こわばってるじゃん。でもかわいいかも」


 話しながらも、相変わらず自分の中で壁を感じる。でもひきつった笑顔を向けて何とか明るそうに取り繕って。

 そんな中でもちゃんと喋ってみたらみんないい子で、なんやかんやで仲良くなれそうかも。ちょっと、この学校が好きになった。

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