第9話 七夕、星を見る夜

「ねぇ、一緒に星を見に行かない?」


 そんな話から始まった7月。まだ梅雨は続いていて、ちょっとブルーになりがちなこの季節。でもちゃんと夏が近づいてる感じもする、じめじめしてちょっと暑い一番苦手な時期。


「どうしたの、急に」

「あのね、学校の屋上で星を見るイベントがあるらしいんだけど、どうかなって」


 そういってチラシを見せられる。


「へー、こんな都会で星見えるものなの?」

「どうだろ、やるからには見えるんじゃないかなぁ? で、どうする?」

「うーん、ちょっと考えさせて」

「わかったー」


 学校に行くのはまだ怖いけど、あの時橘さんにあんなことを言っちゃったんだし。元から覚悟を決めなきゃいけないときは何度も訪れてたんだから。


『七夕、頑張って行ってみます』


 そうメッセージを送って眠りについたら、朝には既読とがんばれのスタンプが付いていた。


 ◇


 そして七夕、イベント当日。ぎりぎりまで制服で行くか悩んだけど、ハードルが高すぎたから結局私服で来た。あまりラフすぎないように気を付けて。


 私からしたら一年半ぶりくらいの学校なわけで、やっぱり緊張するな。隣にいる橘さんも何か思うことがあるのか、ちょっとそわそわしてるみたいに見えた。


「そういえば、二人でどこか行くのって初めてかもね」

「そうかも」


 そもそも私が引きこもりだから、全然外に出なかったもんね。橘さんはスイーツとかの話もたまにしてたけど、話すタイミングはいつも平日の夕方遅くだったから今から食べに行こうってことにもならなかったし。


「学校への道のり知ってる?」

「さすがに知ってるよ……」


 ちょっと外は暗かったけど、普段はしてないヘアクリップがちょっと光って綺麗だった。




 学校に着いて持ってきた上履きに履き替えたら、屋上まで階段を上る。階段を踏みしめるたび緊張はさらに高まって、心が揺さぶられて落ち着かない。

 でも屋上に来たら夜景がきれいで、感動で緊張なんかほとんど消えてしまった。屋上にはすでに何人かいて、多分ほとんどは理科系の部活の人。私が知ってる人も、私のことを知ってる人もいないみたいだった。


 理科の先生らしい人の説明を聞いた後、適当に端っこまで移動して座り込む。15分くらいすると目が慣れて星が見えてくるんだって。

 おかげさまで晴れてるから、もうちょっとしたら見えてくるのかな。楽しみ。


 最初はワクワクしてみてたけど、やっぱりすぐには星が見えなくて、ちょっと退屈。

 周りにちょっと目を向けてみたら、暗いからか人が人数よりまばらに見えて、どことなく寂しさを感じる。そしたら、気持ちもだんだん落ち込んでくる。

 いつにもまして弱気になって、なんでか過去の話を聞いてもらいたくなった。


「ねぇ、こんな時にだけどさ。私の過去の話していい?」

「ほんとにこんな時だね、まぁ暇だしいいよ」


 ちゃんと同意を取ってから、静かに話し始める。


「私、友達は少ない方なんだけど。中学校で特に仲良かった子がいるんだ。咲ちゃん、って子なんだけど。その子のお父さんは先生で、みんなに慕われてたし、私も大好きな先生だった」


 うんうん、と橘さんは軽く相槌を打ちながら聞いてくれてる。その真剣な横顔が、夜と薄い明かりによく似合っている。


「でも、ある日その先生が捕まったんだ」


 一言一言、言うたびに胸が苦しくなっていく。それに気づいたのか、橘さんが急に手を重ねてきた。少しびっくりしたけど、橘さんの体温を感じて独りじゃないことに安心する。


「それから、咲ちゃんはいじめのターゲットにされてすぐに学校に来なくなった。私は咲ちゃんが学校に戻ってこれるようにして、って何度も何度も先生に言ったんだけど……」

「けど?」

「それが鬱陶しかったんだろうね。今度は私がターゲットになって、クラス、いや学校中に味方はいなくなった」


「学校が変われば何か変わるんだろうな、って思ったけど中学の間で疲れ切っちゃって。それで学校に行かなくなってそのことで親とも喧嘩して。それで誰も信じられなくなったのが、今の私なんだ」


 向こうから何も返事は返ってこない。まぁそうだよね、こんな話を急にされて、私が話しておいてだけど反応に困るし。


「辛かったね。葵ちゃんは、よく頑張ったと思うよ」


 泣きそうな橘さんの声が聞こえる。月並みな言葉だけど、誰からも言ってもらえなかった悪意なんて欠片もないその言葉が心に沁みる。


「私は神様でも何でもないけどさ、葵ちゃんは何も間違ってなかったと思うよ。って、あまり変なこと言っても逆に嫌な気持ちにさせちゃうかもだけど」


 言葉を選びながら喋ってるのがわかって、思わず私まで泣きそうになる。


「こんな話、聞いてくれてありがとうね」

「ううん、そんなことがあったなんて知らなかったから。むしろそれでも学校に行こうって思える葵ちゃんはやっぱり強いと思う。あの時も思ったけど」

「あの時?」

「あの仲直りしたとき」

「あー……」


 あのプロポーズまがいのものを聞いて強いなんて言われても困る。過去に戻れるならまずここに戻って封印したい。


「あれは……今思い出しても恥ずかしいからなかったことにしたいんだけど」

「それはだめ! 私、あの言葉もらってうれしかったんだからね!」


 そうまっすぐ言われると、逆に恥ずかしくなってくる。それこそプロポーズの返事みたいになっている気すらしてくる。

 最近恥ずかしいことばかり言われてて、もうキャパオーバー。


「それより、星を見ようよ」


 なんて、雑に話を逸らす。そもそも星を見に来たんだし。

 いつの間にか空にはたくさんの星が。


「きれいだね~」

「星はずっと動いてないはずなのに、時間が経っただけで見えるなんて、意外と不思議かも」

「確かにね。なんか世界みたい」

「世界みたい?」

「だって毎日人との関係とか、いろいろ変わってるみたいで、実はたいしたこと起こってなくて、見方を変えたら違うものが見えるみたいな?」

「結構雑だね」

「あはは……」


 珍しく向こうは失笑してた。

 でも、いろいろ変わってるみたいで、大したことは起こってなくて。見方を変えたら今までと全然違うものが見えるって、いいこと言ってるかも。


「どっちかというと、?」

「葵ちゃん、もしかして天才!?」




 いろいろ変わってるみたいで、大したことが起こってない、そんな日常。でも確実にちょっとずつ変わっていく、それも日常。

 七夕の夜から土曜日を挟んで日曜日の夜、自室にて。


「えーっと、教科書、ノート、ペンケース、クリアファイル……なんか小学校の頃思い出すなぁ」


 自分でつぶやいて自分で笑いながら、明日の準備を始める。明日、私は一歩踏み出すんだ。


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