第28話 矜持


戦いはさほど困難なものになるとは思えなかった。


まず第一の理由がハインズ様付きのメイドであるビアンカ。彼女のマナの圧力の凄まじさと言ったらない。

王子付きのメイドなのだからさぞかし強かろうとは思っていたけれど、まさかアルフ並みのやつが出てくるなんて想像してなかった。

ぶっちゃけた話、ビアンカさえいれば大抵の問題は力ずくで解決が出来てしまうのではないだろうか。


「イシドラ、強化入れるわよ。」


そして第2に、そのビアンカに加えてこっちにはまだ、あたしとお嬢様がいる。

お嬢様の強化込みなら、あたしの戦闘力も捨てたもんじゃないよ?

アルフ相手に最長で30分程粘ったこともあるくらい。

……不安要素があるとすれば、あの時の強化担当はマーガレット様が受け持ってたってことくらいかな?

それにしたってスカーレット様の方が術者としての腕は圧倒的に上だけど。

やっぱりアルフが付きっきりで育ててきたスカーレットお嬢様と、私やその他のメイド達が育ててきたマーガレットお嬢様では格差が生まれてしまうのは仕方の無い事だったんだろうか。


「行きます」

「おっけ~ぃ、合わせるよぉ」


スカーレット様の強化術式がふんわりと身体を包み込む感覚を感じながら、いつもスカートの中に忍ばせてある短剣を両手に一つずつ持つ。

ビアンカの物とは違い、大型でも湾曲しているでもないありふれた短剣。ではあるものの、長い事付き合ってきている相棒だ。


「――――――――――ふっ…」


その短剣を構えた次の瞬間。

真横でビアンカが息を吐いたタイミングで、凄まじい勢いの突進が始まった。

わずかに左に弧を描きながら走りこんでいく彼女の意図を汲み、あたしは右手側から。

即席のコンビだからこそシンプルに攻めようという意図が感じられる。


――――――――――ゴウッ!!! という派手な音と共に、私達の間を割ってお嬢様の火球が一直線に白仮面へ向けて飛んでいく。

それを合図に、あたしとビアンカはほぼ同時に跳躍した。

相手の獲物は手甲と一体化した鉤爪。

ほぼ確実に、アルフと同じ格闘タイプの術者だろう。


「ぅおらぁッ!!!!!!」


久々の実戦だ。

お嬢様には悪いけど、ちょっとワクワクしてんだよな。


「―――――――――――フッ!!!!」


しかも相棒は、私と違って目の前の白仮面を殺す気で刺しに行ってるクレイジーな女。

飛び退るようにして次々に攻撃をかわしていく白仮面の実力は未だ計り知れないけれど、確実にあたしよりかは格上だ。

右を向いても左を向いても、ツエエやつしかいねぇ。

いいじゃん……こういうの期待してたんだよずっと。


「避けてばっかいないで撃ってこいよコラァッ!!!」

「大人しく投降しなさいッ!!逃げるなッ!!!」


相手は回避に専念するつもりなのか、ヒラリヒラリと身をかわしながら倉庫群の方向へ向けてどんどん後退していく。

無機質な建物に囲まれ始めると、いつどこから新手が飛び出してきてもおかしくないような雰囲気。

この白仮面自体もいつ反撃に転じるかと思うと、肌を伝うヒリヒリとした感覚に顔がにやけてしまいそう。


にしてもビアンカの動きの流麗さよ。


こっちが攻撃を合わせるつもりで動き始めたのに、気づけば私が先打ちをしてそこに別角度からビアンカが打ち込む形に変わっている。実力的に妥当なのだろうけど、こっちとしてはいつこういう形に切り替わったのかも気づけなかった。

ようするに、ビアンカが二度打つ間に私が一度しか打てていなかったんだろう。

攻撃を追っているつもりが、周回遅れしていたわけだ。


………たまんねぇ。どんだけツエエんだこいつ。


毎日手合わせしてくんねぇかな……アルフは嫌がるからなぁ……。


とまぁそれはさておき……。


「おい、もう逃げねぇのか?」

「………………イシドラさん、慎重にいきましょう。」

「あいよぉ……」


とりあえず……一つの倉庫の前で立ち止まった白仮面の処理が先だ。


本来ならサシでいい勝負をしたかったところではあるけど、そうも言ってらんねぇ。


「はぁっ……ちょっとッ!!はぁっ………置いてかないでよッ!!あんた達速過ぎっ……!!人がちょっとマナ錬成している間にどこまで……けほっ……はぁ……」


うちのお嬢様を心配させた罰だ。

手心なんて微塵も加えてやらねぇからな。









◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 








『またもやハインズ選手の攻撃がクリーンヒットぉおおおおッ!!!』


「ぐっ………!!」

「はぁぁぁッ!!!!」


『たて続け様に繰り出される攻撃にアルフ選手防戦一方だッ!!形代人形にもかなりダメージが入っている様子っ!!このままハインズ選手の勝利で試合の幕が閉じられてしまうのでしょうかぁッ!!』


駄目か。

どれだけ攻め立ててみても、アルフ君側からの攻撃が始まらない。

時折思い出したように攻撃するそぶりは見せてくるものの、そのどれもが軽すぎて、とてもじゃないけど僕を倒しに来ている攻撃だとは思えない。


「はぁっ………はぁっ…!」

「………。」


にしても様子がおかしくはないか………?

確かに僕からの攻撃を食らってはいるが、ダメージ自体はまだまだ形代の方へ流れて行っているはず。

だというのにアルフ君の額からは滝のように大粒の汗が落ち、顔色は著しく悪い。

そして極めつけは………


『おぉっと!!ここでアルフ選手息も絶え絶えに地面に片膝をついたぁッ!! かなり苦しそうな表情で胸元を抑えているが……これはギブアップかっ!!?』


心臓のあたりを握りしめるように抑えるあの仕草………。

以前のオリエンテーションでも胸をあんな風に抑えていたはずだ。


「アルフ君、胸に痣が出ているのかい?」


あの時、医務室に運ばれてきたアルフ君の胸にはウネウネと蠢く痣があった。

僕たちが見た時にもぎょっとするような勢いで蠢いていた痣だったけれど、ビアンカに言わせると洞窟に入っていく前はもっと激しく動いていたという。

やがて、暫くするとその痣は跡形もなく消えてしまったけれど……未だにあの痣が何だったのか、はっきりとは分かっていない。

だが、あのオリエンテーションの時にアルフ君が倒れたことと、胸の痣の因果関係はほぼ確実にあると見て間違いない。

このアルフ君が倒れる程のものなのだから、あの痣の出現には相当な痛みが伴うのだろうと思うのだが………


「いいえ?」


脂汗を流しながら、彼は一瞬でバレる様な嘘をつく。

顔を土気色にしてまで平静を装うのは、最早根性や忍耐などではなく、やせ我慢だ。


「試合を延期してもらおう。体調不良では致し方ないし……やはりエルザ君の事が気になってしまっているようだ」

「なりません。試合はこのまま続行いたしましょう」


だが、彼はやはり意地を張る。

最早それが己の矜持なのだとでも言わんばかりに。


「馬鹿な事を言わないでくれ。そんな状態の君に勝ったとしても嬉しくはない。そもそも僕は君の胸を借りるつもりでこの場に立っているんだ、今からでも………」

「ウィリアム王家の王位第一継承者様は………」


脂汗を流しながら立ち上がる彼の目の気迫は、僕がいまだに見たことがない鬼気迫る殺気を帯びている。


「些か正直者が過ぎるようです」


この国を取り巻く情勢は必ずしも平穏とは言い切れない。

国内では不穏分子の勢力が増し、隣国達との親睦は思うように深まらず、どんな不測のできごとで情勢が傾くかなど予想のしようもない。


「あなたに今期待されているものは目の前の矮小な敵への情けでしょうか」

「………………。」

「情けを掛ければ、今かたずをのんで戦いを見守る民達は確かに喜ぶでしょう。やはりハインズ様はお優しいお方だ。正道を歩む王の中の王になられるお方だと」

「………………。」


その中にあって、民達が我々ロッケンバウアー家に求めるものは何か。

清廉潔白であることか?道徳心に溢れた真摯たる騎士道か?


「ですが、それだけです。清濁併せ飲む器の大きさを…真の為政者たる偉大さを、国を生き永らえさせるために最も大切なものを感じる事は無い。」


そうではない。


為政者としての狡猾さを。

君臨する者としての逞しさを。

この国にいれば、蹂躙されたり、苦汁をなめたりする事は無いという安心感を求めるのだ。


「戦いの最中に手心など加えてなりません。いつ何時、弱ったはずの相手の刃があなたの喉元を食い破るか……そんな事誰にも分からないのですから」

「………。」

「情けを掛けるのならば、相手を粉砕したその後。ありとあらゆる要素が確定してからでなければなりません」


………そんな事、言われなくても分かっている。


「好き勝手言ってくれるなぁ君は……」


そうしなければいけない事なんて、重々承知している。


「ハインズ様だからこそ」

「………ありがとう。そう言ってくれる友が居るだけで僕は幸せ者だ」


そして、守るべき民にそれを言わせてしまう己の弱さが情けない。

強くならなければ。


「全力で参ります」

「よし、来い」


情けを掛けられる立場ではなく、かけてやれる立場になれるように。

強くならなければ。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 








――――――――フォン……


という音が響いた瞬間、なにかの術式が発動したことが分かった。

脳裏に走ったのは「やはり罠が…」という思い。

でも、それと同時に響いたのは、なにかの術式が割れるような音。

罠の発動と解呪の音が同時に響いた状況に、まず混乱させられた。


「―――――――ッ!!」


この場所に自分たちが誘い込まれていたことなど百も承知していた。

既に私にもビアンカにもお嬢様の防護魔法が張り巡らされていたし、わずかでもトラップ発動の兆しがあれば、すぐさま回避行動に移る準備はできていた。


「なっ…………」


ただ予想外だったのは、第一に解呪の音が響いたこと、そして第二に罠と思われる術式が倉庫群全体を覆う程の規模で展開された事。

しかも発動までの時間が異様に短く、とてつもない実力の術者が術式を発動させたことだけが分かった。


「イシドラッ!!!!」


叫び声をあげるスカーレット様を見やれば、既にお嬢様の手足には地面から伸びた植物の蔦が絡みついて自由を奪っている。

あっという間に膝の力が抜けて地面に膝をついたところを見ると、蔦を媒介にしてマナを吸い取っていっているのかもしれない。


「んぐっ………!!」


冷静に務めて観察することもままならない。

私とビアンカにもお嬢様を捕えたのと同じ蔦が次々に伸びてくる。

一所に一秒と留まることが出来ずに回避し続ける事十数秒。

メイド服のスカートが裂け、ホワイトブリムがどこかへと吹き飛ばされて行った頃、「キャァッ!」という悲鳴が発せられた場所の光景を見て、私とビアンカは同時に動きを止めた。


「エルザッ!!!」

「す、スカーレット様ぁ…………」


音を立てて開かれた倉庫の扉、その一番奥には私達が探し求めていたエルザさんの姿があった。

学生服に身を包み、後ろ手に縛られているその外見には目立った外傷はないように目に映った。

顔色は青ざめているものの、薬を飲まされているような雰囲気も無い。

ただ問題は、その喉元に白仮面のやつが鉤爪の刃を添わせている事。


「下郎がッ!!!!!」


凄まじい怒気を孕んだ怒鳴り声がスカーレット様から響くけど、出来れば今は静かにして欲しい。

こんな事を言ったら叩き切られるだろうけど、エルザさんに向かっている矛先がスカーレット様に向かったら堪ったもんじゃない。


「エルザに少しでも危害を加えてごらんなさいッ!!!あんたの一族郎党を縛り上げて死ぬよりつらい目に合わせてやるッ!!!」


お嬢様の怒り具合と言ったら生半可な物じゃない。

蔦に捕らえられていることを忘れたかのように激しく動こうとし、その手首には血すら滲んでいる。

極限まで収縮した瞳孔は我を忘れて怒り狂っている心情を象徴し、美しい金髪はマナの漏洩反応を起こしながらバチバチと凄まじい音を立て続けていた。


「スカーレット様……」


捕らえられた猛獣の様に怒鳴り声をあげるお嬢様を見たエルザさんの目には一気に涙が浮かぶ。

喉元に突き立てられた刃への恐怖心もあるだろうけど、自分に対するお嬢様の感情を目の当たりにして心が動かされているところも過分にあるに違いない。


「スカーレット様、ご辛抱を。………そこのあなた、要求を述べなさい」


そしてそんなお嬢様とは反対に冷静さを維持しているのは私の横で構えを解いたビアンカ。

武装解除の命令は未だに発せられていないものの、余計な刺激を与えたくないのだろう。

それに倣って私もナイフの構えを解くと、白仮面はしばし無言のまま私達の方へと顔を向けていた。


「あなたは以前にもそこのエルザさんを狙いましたね? 何が目的ですか?」

「………。」

「失礼を承知で申し上げますが、エルザさんは平民階級のお方。金銭が目的の誘拐であるならば見当違いも甚だしい。」

「………。」


ビアンカの言葉に白仮面は大した反応を見せなかった。

少しでも喋ってくれれば声を覚える事が出来るのに。

ビアンカの方もそれが目的で話しかけているのだろうけど、白仮面はエルザの喉元に刃を突き立てたまま。


「何か言ったらどうなのよッ!!!」

「お嬢様、落ち着いてください」

「落ち着けるわけないでしょイシドラッ!!!」


気持ちは分かるけど、警戒すべきは白仮面だけではないのだ。

エルザさんを拘束している白仮面が私達の足元に広がる術式陣を発動させている様子はない。

これほどの術式を一瞬で顕現させるほどの術者がこの近くに潜んで、私達のことを監視している。


「………。」


しかしそれにしても、お嬢様だけを拘束して私とビアンカの拘束を諦めた理由がよく分からない。

少なくとも今から拘束にくれば私もビアンカも抵抗などできないというのに。

余裕のつもりか?

………。

油断しているだけなら僥倖だけど、正直な話、考えが読めなさ過ぎてどう動いて良いものか判断がつかなかった。


もういっそ一気に突っ込むべきだろうか。


そんな思いが頭を掠めた時。


【エルザ解放の条件を告げる】


白仮面の前に現れたのは赤く光り輝くマナの文字。


「………………条件とは?」


やはり白仮面が何かしらの術式を発動している様子は感じられない。

このマナ文字も、足元の術式陣を発動させている術者が書いているものか?


【現在行われている魔術大会の決勝戦。アルフ・ルーベルトに負けるように指示を出せ】


その文字が空中に書かれた瞬間、凄まじい殺気を放ったのは二名。


「はぁッ!!?」


バチバチというマナの漏洩反応をさらに激しくさせたスカーレット様と、


「―――――――ッ!!」


白仮面に拘束されているエルザさん。


スカーレット様が術者としては規格外のマナを有している事は知っていたけど、そのお嬢様と同様に激しい漏洩反応を起こし始めたエルザさんの方も負けず劣らずといったところか。

その瞳は驚愕に見開かれた後に、凄まじい怒りを湛えて瞳孔が収縮していく。


「ふざけんじゃないわよッ!!どうしてアルフが負けないといけないわけッ!!?それになんでエルザが―――――」


スカーレット様の怒鳴り声を聞きながら「まずい」と思った時にはもう遅かった。

正直、この場で突拍子もない行動を取るとしたらお嬢様しかいないと思っていたのが間違いだった。


「―――――――ッ」


そのお嬢様と意気投合し、身分の差を超えて親友という立ち位置を獲得しているエルザさんに、お嬢様と通じる部分があることは予想できたはず。


「え?」


心底訳が分からないといったようすのお嬢様の声が響き、


「は?」


白仮面の奥から、やたらとくぐもった違和感のある………でもどこかで聞いた覚えがあるような声が聞こえ、


「エルザさんッ!!!!」


私とビアンカが弾かれたように走りだしたその先で、


「~~~~~~~ッ!!」


ガキンッ!!


という派手な音と、おびただしい血しぶきを上げながら、


「嫌ぁぁぁあッ!!エルザァァァアッ!!!!!」


エルザさんは、白仮面の鉤爪に全力で噛みついて見せたのだった。





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世界で一番可愛い悪役令嬢と共に死罪になる予定だった俺は、生き残るためにメインヒロインを堕とすことも厭わない @kanazawaituki

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