第13話 第4のルート その5

怖い。


――――――ガンッ!!!!


怖いよ。

助けてアルフさん。


―――――バキッ!!!!


「〜〜〜〜ッ!!」


眼の前に張り巡らせた障壁の内、既に何枚かが割られている。

もう残す障壁は3枚しか無い。


―――――バガンッ!!!!


「やめてぇッ!!やめてよぉッ!!」


意味がないと分かっていても、恐怖心のせいで叫ばずにはいられない。

私の目の前では、大人の男性のゆうに二倍はあろうかという漆黒のゴーレムが、絶え間なく拳を振り下ろし続けていた。


何でこんな事になったんだっけ。

こういう時ってどうすれば良かったんだっけ。

ゴーレムってどうやって対処するんだっけ。


―――――バリンッ!!!!


「いやっ!! いやぁぁぁあ!!」


怖い。


ただひたすらに怖い。


こんな時こそ落ち着いて対処しなきゃいけないはずなのに、落ち着くなんて絶対に無理。

防御障壁の淡い青色に照らし出されたゴーレムは、その威圧感を何倍にも膨らませて私を襲い続けている。


むしろここまでよく耐えられたと思う。


洞窟に閉じ込められた瞬間激しいパニックに陥り、指から血が出るほど岩を掻きむしった。

出してと叫んでも応える者はなく、ただ虚しく音が反響するだけ。


そうこうする内に洞窟の奥から響いてくる重量感のある音は近づき続けていた。

逃げなければ。

でもどこに?

真っ暗闇の中で、せめて明かりをつけなければとようやく思いつく。

そして神聖術で明かりをつけてみて初めて、末広がりになっていく洞窟の末端に自分が居ることを再認識した。


このままここに居ちゃいけない。

あの音の正体が敵であれば追い詰められてしまう。


言葉にならない思考でそう感じて、足が動いたのは奇跡だったと思う。

そして奥へと進み始めてものの数分で邂逅したのは漆黒のゴーレム。

恐怖心で足がすくみ、ともするとへたり込んでしまいそうだった。

迷うことなく振り下ろされた最初の一撃を躱せたのも奇跡だと思った。

走っては転び、走っては転び。

途中で足を捻ってまともに立てなくなった時には、私は祭壇と思しきものがある袋小路のホールに追い込まれていたのだった。



―――――パキッ


もう、無理かもしれない。

残り2枚になった障壁の内の片方に亀裂が入ったのを見て、私は絶望に支配される感覚を感じていた。

こんなはずじゃなかった。

もし何かアルフさんのお役に立つものがあればって、それだけの考えだった。


あぁでも………。


「………………ァ……………ッ………!」


最後に初恋ができてよかったな。


―――――バキッ!!!!


しかもあんなに素敵な、王子様のような人に。

ただ遠くから見つめていただじゃなくて、言葉をかわして、触れて、いっぱい約束もしてくれた。


―――――バキンッ!!!!


「どこ………ル……………ァ………ッ!!!」


錬金術、教えてほしかったな。

きっと沢山失敗しちゃうんだろうけど。

アルフさんは怒るかな?

それとも呆れるだけ?

全然気にしないのかな?

………アルフさんがどんな反応をする人なのか、もっとよく知りたかったよ。


―――――パキッ


お料理、ご馳走になりたかったなぁ。

どんな味付けをしてくれるんだろう。

家の味付けとは、やっぱり違うんだろうな。

アルフさんが好きな食べ物や嫌いな食べ物の話、聞かせてもらいたかった。

一緒に御飯が食べられたら、きっとたくさん質問をしちゃうんだろうな。



「………ルザ………ァ………アアッ!!!!」


―――――バキンッ!!!!


あぁ。


お母さん、お父さん達。

ごめんね。

期待してくれてたのに。

一生懸命頑張ってくれたのに。

何もお返しができなくてごめんね。

悲しんでくれるかな。

悲しんでくれるよね。


どうか、先に逝く親不孝な私を――――



「エルザァァアアアアッ!!!!」



眼の前の漆黒のゴーレムの拳が振り下ろされたその瞬間、凄まじい爆発音とともに目の前に黒い影が飛び込んできた。


私ができたことといえば、ただ収縮した目で横薙ぎに吹き飛んでいくゴーレムを見送り、その代わりに目の前に立った黒い影を凝視することだけ。


「無事かッ!!?」

「〜〜〜〜ッ………」


ガクガクと身体が震え、言葉を発したいのに何も出ない。

胸の中に凄まじい勢いで感情が渦巻いていて、何を言いたいのかがわからない。


ゴーレムがホールの壁に衝突して鼓膜が破れるような爆音が響く。

洞窟全体が振動し、崩れた岩のかけらが頬にピシピシとあたって跳ねる。


あぁでもそんな事どうだって良い。


「よく頑張ったッ!!よく頑張ったなエルザッ!!!」


上手く呼吸ができない口からはヒュゥヒュゥとか細い音が漏れ、瞬きすることすら忘れてしまった瞳からはボロボロと涙がこぼれ落ちてしまう。


「安心しろっ!! もう大丈夫だからな!!」


ゴーレムを吹き飛ばした直後は烈火の如く怒りをたたえていた表情が、地面にへたり込む私に駆け寄った途端に泣きそうな顔になってくれる。


「こんな時にすまん!!1つだけ教えてくれ!!首を振るだけでいい!!」

「アルフさん!!起きてきてるわよ!!」

「分かってる!!時間稼いでくれッ!!」

「あぁもうっ!!」


王子様だ。


私の王子様。


いつも私を助けてくれて、いつも私のために戦ってくれて、いつも私の代わりに傷を負ってくれる。


私の恋した人。


「ペンダントはあるか!? あの祭壇からペンダントを取っただろ!?」


感情が溢れているせいで体が震えて上手く動かない。


でも強くならなきゃ。

強くなるんだ。

まだ私は一度も恩返しができていない。


必死になって震えながら首を横に一度振ると、アルフさんは一瞬ぎょっとしたように目を見開いて祭壇を振り返っていた。


「っ………!!! 一周目じゃねえのか!?」


言葉の意味はわからなかったけど、アルフさんの表情に焦燥感のようなものが浮かんだことだけはわかった。


「くそっ!!倒すしかないっ!!誰かが盗んでるッ!!」

「キャアッ!!」

「ビアンカ!!俺が正面で受けるッ!!背後から関節を削れッ!!隙間から中の魔装回路が狙える!!」

「無茶よッ!!どんだけ掛かると思ってんの!?逃げた方がいい!!入口を壊して出れば………!!」

「入口のそばにスカーレット達がいる可能性があるだろッ!!さっきの方法じゃ入口を壊せないしチマチマやってる暇もないッ!!それにこいつ残してってまた被害が出たらどうすんだよ!!」


抱え上げられてホールの隅に降ろされた私は、そこから数十分にも渡った闘いを、茫然自失のまま見つめていた。

マナを使い切ったことによる精神の混濁も影響してたのかもしれないけど、本当に何もできなかった事実は後々物凄い自責の念となって降り掛かった。


一番凄まじい闘いだったのは最初の20分間。

アルフさんが正面で踊るようにゴーレムの拳を避け、空振りの隙に、背後からビアンカさんが関節にナイフを突き刺していく。

ゴーレムがビアンカさんに向き直ろうとしていくところに、今度はアルフさんが信じられない威力の拳を叩き込む。

そして動きが鈍ったところにまたビアンカさんが………。


その間、アルフさんがまともにゴーレムの攻撃を受けて壁に叩きつけられること2回。

その度に私とビアンカさんの悲鳴が響くものの、次の瞬間にはアルフさんは流星のような勢いで再びゴーレムへと肉薄していた。


20分後に初めてゴーレムの右腕が切断されると、そこからは加速度的に切断のスピードが上がっていった。


左腕、右足、左足、そして最後に、


「ダァァァアアアッ!!!」


頭。


――――ゴンッ………ゴンッ!!


と音を立てて頭部が転がっていくのを見た二人がバッタリと地面に倒れて尚、私が動けるようになるまでは数分を要した。


地面に倒れた二人は一言も発することなく、ただ大の字に倒れて荒い呼吸を繰り返し続けていた。


そこからは、正直あんまり良く覚えてない。


気づいた時には私は倒れているアルフさんの胸の上に顔を擦り付けて泣いていて、急に騒がしくなったと思ったらホールに大量の学園警備兵の人達がなだれ込んできた。


次に目を覚ました時には、


「………。」


どこかのベッドの上だった。


「………。」


頭がボーッとして顔が熱い。


昔一度経験したことがある、マナの欠乏症の感覚だ。


「………。」


どこだろう、ここ。

学園の医療室だろうか。


―――――ペラっ


「………。」


物音に反応して僅かに顔を横に向けると、そこにはミイラがいた。


―――――ズゴゴゴ


「………。」


頭にも包帯がぐるぐる巻きにされ。

左腕が固定され、はだけた患者服から見える胸元も全て包帯で埋め尽くされている。


――――ペラ


彼は丸椅子に座りなにか読んでいる。

足を組んで膝の上に本を置き、それを肘で抑え、包帯だらけの右手にはストロー付きの水筒を持ち、静かな瞳が僅かに上に動いたり下に動いたりしていた。


「………。」


なんて綺麗な瞳なんだろう。

病室の窓から入る光が反射してキラキラしている。

こんなにきれいな瞳、私は見たことがない。


―――――ペラ。


「………。」


彼がわずかにみじろぎすると、持っていた本の表紙が一瞬目に入った。


『ボルダー地方の家庭料理』


「………ッ…」

「ん?」


それが目に入った瞬間、泣きそうになる気持ちを落ち着けてから声をかけようと思った決心は瓦解した。


私の出身地の………家庭料理の本。


「起きましたか。良かった。四日ほど寝てたんですよ、エルザさん」

「ふぐっ………ひっく………」


水筒と本を置き、私に微笑みかけるアルフさんは満身創痍だ。

一方の私は、まともな怪我は足の捻挫くらいだろう。


「怖かったですね。覚えていらっしゃいますか?あの時のこと」

「………はい゛っ………………」

「本当によく頑張りましたね。流石です。あなたのお陰で学園は沸き立っていますよ。聖遺物の保管庫が発見されたって。」

「〜〜〜ッ………」


柔らかく微笑むアルフさんの瞳を見て、私の胸には凄まじい罪悪感が渦巻いた。

洞窟で戦う二人を見ていた時、私はとんでも無いことをしでかした罪の意識で一杯だったから。

自分のせいで二人を巻き込み、怪我をさせてる。

もしかしたら二人共死んでしまうかもしれない。

私の軽率な行動のせいで。


きっと目が覚めていの一番にこの事を教えてくれたのは、私を不安にさせないために考えておいてくれた事なんだろう。


「ビアンカさんも無事です。体中に怪我がありましたがハインズ殿下が王城まで連れ帰りました。国の医療魔術師に治させるのでしょう。意識もはっきりしていましたし、私も時間が許す限り医療魔術を施しましたからね。間違いなく大丈夫でしょう」

「ア、アルフさんは………」

「私ですか? まぁ大仰に包帯なんか巻いてますけどね。大したことありません。こんなもん数日すれば―――――」


「肋骨三本」


その時部屋に響いた声は、まるで氷の槍みたいに私に突き刺さった。

やりを投げてきたのは、言葉とは対象的に炎のような怒りを顔に浮かべたスカーレット様。

病室の入口に立つ彼女の手には、真っ赤なバラの花束。


「左腕の前腕骨、内臓の損傷、全身の打撲」


カツ………カツッ………と近づいてくる一歩ごとに、スカーレット様の顔は更に怒りを増していった。


「頭蓋にヒビも入ってた。出血も死亡の一歩手前」


そして私はと言えば、スカーレット様の言葉を聞く事に身体の震えが止まらなくなっていく。


「私達が駆けつけた時にはこの馬鹿は残り少ないマナを、ビアンカへの医療魔術で全て使い切っていたわ。」


目を逸らしてはいけないとは思っても、溢れてくる涙でスカーレット様のお顔がまともに見れない。


「警備兵たちが駆けつけるのが一歩遅れていたら本当に死んでた。」


そういった瞬間に、スカーレット様の目から涙が溢れ出した。


「アルフは、アンタにはなんの責任もないって言って聞かない。学園も………なんなら国も、誰もアンタの軽率な行動を責めてない」


ボロボロと零れ落ちる涙を拭うハンカチには、手に持つ花束のようなバラの刺繍。


「だから私は」


そっと私の枕の横に置かれたバラの花束からは、高貴で、優しい香りがする。


「私だけは、絶対にアンタのこと許さないから」


そう言うと、彼女はクルリと踵を返して去っていった。


「………。」

「………。」


私とアルフさんを遮るようにして置かれた花束のせいで、アルフさんの姿は見えない。


「お嬢様、あの日から三日間寝なかったそうです。」

「………。」


ギシッ………と椅子が軋む音と、私が嗚咽を漏らす音が、やけに大きく部屋に響いている気がする。


「学園中の学生や教師から回復のロールだのを買い集めて、それでも足りなくて、ミリア様の領地まで単身で馬を走らせ、ポーションを買い漁ったと聞きました。欠乏症を発症してると、効きが悪いですからね」


顔を見たかった。

でも、それをしてはいけない気もした。


「私とエルザさんの病室にずっと張り付いて、誰かが休むように言っても頑なに拒んだそうです。ようやく眠ったのが昨日。私がマナの欠乏症から復帰して意識を取り戻した後、十分程泣き続けてから気を失いました。」


どこでも良いから彼に触れたかった。

でも、それをしてはいけない気がした。


「………素敵な人でしょう?」

「はい゛っ………………はぃぃ゛………っ」


でも、彼はバラの花束をそっとどけると、枕元にそれをおいてしまう。

涙と鼻水でグシャグシャになった私を見て、また優しく微笑む。


「あぁは言ってますが、心配しなくていいですからね。素直じゃないんです。あぁ言うって決めてたんでしょうけど、どうせ今頃後悔してます。」

「ごめんなさい゛………ごめんなさい゛………っ」


包帯だらけの手で、私の頭をそっと撫でる。


「エルザさんが叱責を受けないように、学園長に直談判に行ったんですよ、あの人。まぁ杞憂でしたけどね。」

「〜〜〜〜ッ………」


何回ごめんなさいと謝ったのか、何回アルフさんが頭を撫でてくれたのか、その日の記憶は曖昧なまま。


ただ、謝りながら眠ってしまうまでの間、一度だけ病室の入口にちらりと見えたスカーレット様のドレスの裾の記憶と、


「おやすみなさい」


眠る間際に聞こえたアルフさんの優しい声だけは、目が覚めても鮮明に記憶に残っていた。






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