第4話 入学式③

乙女ゲームのプロローグ。


そこでは本来、未来の聖女と、攻略キャラクターの一人であるハインズ王子との初対面が果たされる。

シチュエーションとしては単純で、入学式に向かっていた主人公……エルザがトラブルに巻き込まれ、紆余曲折あってハインズ王子が助けに入るというもの。

別にこの段階で好感度が動くわけでもない、必ず発生するイベントのひとつである。

ただ……俺とスカーレットにとってはある意味運命の岐路と言っても良いイベントであったのだ。


問題になるのは紆余曲折の部分。


先ほど判明した正義感からの行動の末、スカーレットは主人公エルザの元へと姿を現す。

単純に怪我を心配し、事なきを得てあげればいいところではあるが、そこはスカーレット。

そうとんとん拍子に事が終わるわけもない。


「あら……怪我をしているじゃない。大丈夫なの?」

「は、はい……」


ミリアに絡まれていたところに来た救世主………と思いきや、


「細い足ね……ちゃんと食べてるの? 日頃からちゃんと食べて鍛えておかないからすぐに転んでしまうのよ」

「は、はぁ………」

「それに泥だらけじゃない。着替えた方が良いわ。そんな汚れた制服すぐに捨ててしまいなさい。替えの服くらい持ってきているのでしょ?」

「っ………」


貧しい家族が受験をするために、自分たちの食事を切り詰めてまで必死に食べさせてくれた思い出。

家財道具を売ってまでそろえてくれた一張羅の制服。

このスカーレットは、そんな地雷をピンポイントに踏み抜きまくるのである。

可哀想で健気な主人公というキャラ付けに使われまくるスカーレットは最終的に


「そうだ。このハンカチを使いなさいよ。」

「これは………あ、ありがとうございます……よろしいのですか?」

「気にすること無いわよ。特注品でもない安物だもの」

「っ……あの……すぐに洗って明日にでもお返しを……」

「いらないわ。血で汚れたものなど不衛生でしょう。そんなもの返されるの嫌よ。用がなくなったら捨てれば良いわ」


という、今でこそ純粋な善意というか、全く悪意がなく放ったであろうことは分かる台詞を吐くのを、騒ぎを聞きつけて寄ってきたハインズ殿下に聞かれてしまう。

結果としてハインズ王子からは思慮が足りないと注意されたスカーレットは、眼の前で介抱されるエルザに向けて嫉妬心を芽生えさせるのだ。


しかもこのハンカチ、後々のデートイベントで分かるのだが、エルザが王都の商店のショーケースにあったものに一目ぼれしていたハンカチというおまけつき。

余りにも違う世界に放り込まれてしまった事に、打ちひしがれてながらも必死にお礼を言う主人公に、王太子殿下の御心が揺れ動くといったシーンなのである。そしてここからハインズ王子とスカーレットのすれ違いが発生し始めるのだ。


「………」

「あの………スカーレット様?」

「はぁ?何よ」

「あ、いえ……お時間が……」

「ふんっ!!」


そしてそんなイベントを回避した現在のスカーレット様はというと、至って不機嫌であらせられた。


「そろそろ入学式が始まる時間ですので、お召し物を整えた方が………」

「………あんたやりなさいよ。私は疲れてんのよ」


んなもん医療魔術を使った俺の方が疲れてるに決まってるだろうが、とは口が裂けても言えないセリフ。

気分屋のスカーレットがへそをまげることなど日常茶飯事ではあるが、入学式を目前に控えた今、こうなってしまうのはよろしくない。


「さすがに私もお嬢様の着替えの手伝いはできかねますが………」

「なんでよ」

「なんでと申されましても………」


そもそもお前の御付きになることを全メイドが嫌がったから異例中の異例として令嬢に執事が付き従うなんて状況になっているんだが、とは口が裂けても言えないセリフ。

エルザの問題を解決し、馬車に戻ってからというものずっとこの調子だ。

完全に頬を膨らませ、かといって激高するわけでもなく、ただひたすらに機嫌が悪い。

これから入学式というイベントがあるのにこの調子では先が思いやられる。

まだまだ回避しなければいけないイベントは盛りだくさんなのに、こんなところでヘソを曲げられていては堪ったものではない。


「ふん………なによあんたは……ミリアごときにデレデレと……いやらしい」

「………はい?」

「何をミリアにデレデレとしてんのかって言ってんのよッ!!!!」


お前こそ何言ってんだとは口が裂けても言えないセリフ。

絹糸の様な金髪を振り乱して立ち上がったスカーレットを冷めた目で見つめていると、そんな態度に腹を立てたのか、スカーレットはますますヒートアップしていった。


「何か言いなさいよっ!!!あんたねぇ……!! 栄えあるオズワルド家の執事だという自覚はあるわけ!?あんな衆目の中で伯爵令嬢にすり寄って………!!!」

「すり寄ってはいませんが………」

「屁理屈いうなッ!!!!どれだけ私が恥をかいたと思ってるのよ!!」

「恥と言われましても………むしろ先ほど寮内を歩かれた際には、様々なご令嬢から平民を助けたことへの賛辞がお嬢様に………」

「あんなもんうわべだけに決まってるでしょ!!私付きの執事が他の伯爵令嬢に色目使ったって噂されてるに違いないわッ!!!あんただって見たでしょ!!あのミリアの顔は何よ!!!本当にいやらしいッ!!!!」


こうなったら聞く耳をもちやしない。

昔みたいにこちらをぶん殴ってくることこそ最近は無くなったが、怒りが収まらないのか何なのか、ズンズンと足を踏み鳴らしながら部屋をグルグル回り始めてしまった。

檻に入れられた猛獣みてぇだ。


「ミリア様のお気持ちなど私ごときが図れるものではございませんが……お嬢様が杞憂なされるような噂が立つとは考えにくいのですが……」

「まーたそうやってかしこぶった物言いするのね!!!は~やってらんない!!何が杞憂よ!!目の前に危機が迫ってるのよ!!色ボケ執事を抱えてる公爵令嬢だなんて噂がたったらハインズ様にどう思われるか分かったもんじゃないわよ!!」

「ですから大丈夫ですよ……伯爵令嬢と執事ですよ……?たとえ噂が立ったとしても一時的なものでしょうし、ハインズ殿下ともあろうお方が執事の失態程度でスカーレット様を見限るはずもございません」


ため息交じりにそう言うと、檻の中の猛獣はぴたりと足を止め、ものすごい剣幕でこちらを睨みつけてくる。


「あんた自身はどうなのよ………惚れたの?」

「………は?」

「あんた自身は………ミ、ミリアに欲情したのかって聞いてんのよ!!!」

「お嬢様………お言葉遣いにはお気を付け下さいとあれほど………」

「うっさいわね!!答えなさいよ!!!!」


なんなんだマジでこのじゃじゃ馬娘………。

ようは自分の所有物が勝手な事をしたから気に入らないのだろうが、正直な話いくら雇い主とはいえこっちの色恋沙汰に干渉してくるのはいただけない。

というかまずい。

別にミリアも本気でこっちに惚れているなんて事が無いのは、さすがに素人童貞の俺でもわかる。

ちょっと通りすがりにミステリアスな美男子………と自分で言うのは抵抗があるが、まぁ転生後のこの顔は間違いなく美形であるのは間違いない。そしてそんな男が急に目の前に現れたものだから、乙女心がくすぐられた程度のものだろう。

その程度の事なのにここまで過剰反応されていたら、今後エルザをおとそうとする計画が動き始めた時にどんなハプニングに見舞われるか分かったもんじゃない。


………ここはスカーレットの為にも、主従関係とは言えど一線を引いておくべきなのだろうか?


………。


前世では碌な恋愛経験なんてなかったからな………。(俺とスカーレットにとっての)バッドエンド回避のために必死にやってきてはいるけど、正直女心が分からな過ぎて先行きが不安で仕方ない。


「あのですね………お嬢様」

「な、なによ……」


腕組みをしてプイと横を向いたスカーレットは、正直見た目が良すぎて見惚れそうになる程美しい。

まぁなんというか………ミリアの生々しい可愛さも悪くはなかったけれども……。

………なんにせよ、目的を違えることだけは避けなければ。

改めてそれを思い出させてくれたと思えば、スカーレットのこの我儘もありがたいのかもしれない。

俺の目的はとにかく二人が生き残ること。

スカーレットのご機嫌取りも手段であって、それが目的ではないんだ。


「正直な話、私はミリア様がとても美しいと感じました」


バキッ………!!


と鳴ったのは、スカーレットの口の中。

………そこまで怒んなくても良いだろうに。今日あんたはハインズ王子との間に亀裂が入るイベントを一つ回避できたんだぞ?……と言えたらどんなに楽だろうか。


「ですが………それだけです」

「………はぁ? 意味わかんないんだけど」

「私は………まともに恋をしたことがございません」

「………だから何よ」


横を向いていたスカーレットの顔がこちらを向くと、青空の様な明るい青の瞳がまっすぐにこちらを見つめてくる。


「今興味があるのは、入学式の開始までにお嬢様が身だしなみを整え、オズワルド家の代表としてふさわしい態度で式に臨んでくださるかどうか、という事だけです」

「………ふんっ!!!あんたなんかに言われなくても……」

「スカーレット様の様に、離れていてもハインズ様を恋しく思うような気持ちは………そんな熱い気持ちは、今の私の中には無いように思えるのです」

「………」

「ですから………私はミリア様に惚れたりなどしてはいないと思うのですが………これはお嬢様の問いに対する答えになっているでしょうか?」

「………ふん」


嫌味たっぷりに鼻を鳴らしたスカーレットは、再びプイと横を向いてから寮の個室に備え付けられている化粧台の方へとズカズカ歩み寄り、派手な音を立ててその椅子に腰を下ろした。


「出ていきなさい」

「………もしよろしければ御髪だけは私が整えさせていただきますが?」

「いらないわよ。支度が終わるまで部屋の外で見張っていなさいって言ってるの。早く出て行って」

「………かしこまりました。ご不便をおかけします」

「ふんっ!!!」


乱暴に髪をとかし始めたスカーレットをしり目に、深々とお辞儀をして部屋を出る。

先ほどの返答は正解ではなかったのだろうが、不正解とまではいかないものだったのだろう。


「では、終わりましたらお声かけ下さい。上着は埃がついているでしょうから、新しいものにお取替えくださいね」

「早く出てけ」

「ちなみに上着が入っているトランクはまだ荷ほどきの最中です。ベッドの横にあるものがそうですのでお間違えの無いよう――――」

「早く出てけ!!!!!」


相変わらず馬鹿みたいにでかい声で怒鳴り散らすスカーレットお嬢様に頭痛がする思いではあったものの


「では、失礼します。」

「………ふんっ!!!!色ボケ執事!!!」


先ほどよりかはいくらか声の角が丸くなったことが分かるくらいには、俺はスカーレットの事を理解できているはずだ。




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