48:先制攻撃

目の前にいるのは、美しすぎるという点を除いては、一見ただの人間であった。


けれど素人にも…いや、素人だからこそその恐ろしさをより感じているのかもしれない。




得体が知れない。


何もわからない。ただただ怖ろしい。


初めて虫を嫌悪した気持ち、初めて変人に恐怖した気持ち、初めて孤独に絶望した気持ち。


似たような感情をいくつか持っていたが、一致するものなど存在しなかった。




だけど俺はその深淵に挑まなくてはならない。




先制攻撃を仕掛けたのは意外にもウパだった。


俺の真上や真横に空間の穴を開け、無数赤い光線がタランチェを襲う。




「うふ」




タランチェはそれを後退しながら優雅に躱す。


赤い光線は広間の壁や床を貫通して、神殿を引き裂いていく。


入り口は崩れ去り、瓦礫の山となる。




このままでは当たらないと判断したウパは、赤い光線を止めると今度は赤いクリスタルを出す。


それらがタランチェの周りを回り始めると、その中が真っ赤に照らされる。


タランチェの足が床にめり込み始める。


まるでハンマーで叩かれている杭のように、メキメキと音を立てながら沈んでいく。




「ハリネ!」




ウパが俺の名を呼ぶ。


タランチェの動きを封じたと捉えた俺は、銃の引き金を引き最大出力のサンダーを食らわせる。




が、サンダーはタランチェの目の前で霧散する。


そして、タランチェが埋まっていた右足を引き抜く。




「…この」




ウパが両手を前へ突き出すと、力いっぱい拳を握り、タランチェの動きを止めようとする。


空間魔法の力が強くなり、タランチェが膝を曲げる。


けれど、すぐに立ち上がり左足を抜く。




その時、赤いクリスタルにヒビが入り、タランチェが歩き始めるとすべて砕け散った。




「やるわね。素の力だけならカーマを超えている」




余裕を見せるタランチェの首を、テープが巻かれたロープが絞める。




「ヒューズセイバー!」




ロープを握るフレンさんが叫ぶと、ロープはタランチェを巻き込んで大爆発を起こす。




これで倒せるわけがない。


それがわかっているで、俺はサンダーを、ウパは赤い光線を次々に加えていく。


止まることのない爆発と破壊音。


普通の人間ならとっくに死んでいるはず。




「…!伏せて!」




ウパの叫びに俺らは姿勢を低くする。


すると、頭上をギロチンのよう黒い光線が通過する。


その光線は広間の物をすべて切断していき、壁さえも切り裂いて消えていった。




タランチェの方から突風が起こり、爆発の煙がかき消える。




「おしかったわね」




服は焦げ、肌は多少火傷しているようだったが、タランチェにはあまりダメージを与えられていないようだった。


タランチェはそれだけ言うと、自分の体や肌を確認してため息をつく。




「もしかして、これで全力?」




背筋がぞわりとした。


タランチェの言う通り、今のが全力攻撃だった。


それなのに、一向に通じていない。




「なら今度はこっちの番ね」




タランチェの後ろにあった影が広がっていき、それが山となってどんどん盛り上がっていく。


そして次第に形を成していき、まるでミノタウロスの上半身のようになった。


タランチェがちょんと俺らを指さすと、ミノタウロスの大きな腕が俺らを握りつぶそうと手を伸ばす。




ウパが両手を広げて赤いバリアを張る。


ミノタウロスの手はそのバリアで止まり、バチバチとエネルギーが衝突している音を立てる。




「んー…、それだとジリ貧じゃない?


メインが防御に回ったらおしまいだと思うけど?」




タランチェがくすくすと笑う。




くそっ、悔しいけどたしかにウパの足を引っ張ってしまっている。


まだこれは使いたくなったけれど、しかたない。




「エアライド」




俺はバリアを抜けて上へ飛ぶ。


そして筒状のものを銃の先端に装着すると、その筒を発射した。




「今更そんなもの!」




タランチェが手をかざして、その筒を破壊する。




すると爆発は起こらないものの、大量の煙がタランチェを包み込む。




「なにこれ?…ん?がっ!げほげほ!」




タランチェが喉を抑えて激しくせき込む。


その影響でミノタウロスの力も弱くなり、ウパがバリアで押し返すと、赤い光線で撃退する。




タランチェに使った煙は、ビジブルグリームとフランさんが持っていた薬草を調合したもの。


俺はオラウさんから一つ一つの魔具の説明書を受け取っていて、そこにはご丁寧に成分表まで記載されていた。


その成分を見てフランさんがひらめいたのがこの切り札その1。


正直賭けではあったが、人間の体である以上毒は効果的と考え、試行錯誤の末一発だけ用意できた代物。




効果はあった。


猛毒の煙を吸ったタランチェの喉と肺は内側からただれていっているはずだ。




さらに、煙にサンダーを与えて火をつけて消毒。




全身を焼かれ、さすがに身の危険を感じたタランチェがやみくもに攻撃を放つ。


けれど俺はすでに後ろに回り込んでいていて、タランチェの肩を両手で掴む。




「タイプスペル:エレキ」




バチバチと嫌な音を立てて、タランチェの体が反り返る。


しかし、あのギガオウルを落とした電撃ですらタランチェに致命傷を与えられず、俺の手首が捕まれる。


あの細腕からは想像もできない力で握られ、あまりの苦痛に俺は手を放してしまう。




「がはっ!よくもやってくれたな」




どろどろの怒気が籠った目でタランチェが俺を睨む。


しゃべれているあたり、すでに毒も回復し始めている。


すぐにでも殺されるかと思った。


だが、本当にほしかったのはこの一瞬の隙。




「タランチェ!」




「あっ?」




その瞬間、ウパの右手がタランチェの左胸を捕らえる。

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