47:決戦開始

俺が働いていた街の周りではモンスターが年々増え続けていた。


そのせいで物流が滞り、人が街を出ていく一方だった。


そのあおりを受けて俺はアルバイトをクビになった。


それは俺の運命だった。




しかし本当は、クビになるのがまだ先だったのかもしれない。




街は突如溢れ出したダンジョンモンスターに襲われて壊滅する。


その中で偶然生き残った俺は、女神と勇者に出会い、共に旅へ出ることになる。


そして、エルフの村を見つけ、ウパの覚醒に立ち会い、海底神殿へ行って、さらに冒険は続く。


…はずだった。




それを、欲望にまみれた老人たちに捻じ曲げられていた。




女神と勇者は、フレンさん一人に書き換えられ。


ただの荷物持ちだったはずの俺は、魔具を駆使する偽魔法使いになっていた。




さらに言えば、勇者のもとに集まるはずだったドラゴンアイとウパがここになる。


勇者と出会うはずだったカーマは消えてしまった。




ハリネという脇役が登場するはずだった勇者の物語が、改変されたということでもある。




小説を読み漁っていた過去と知識が、オラウさんが言っている事をなんとなく俺に理解させる。


無論、こんな話を信じられるわけがない。


仮に、この世に運命というものが存在するとして、それが創作物のように何から何まで決まっているとでもいうのか?


そんなもの認められない。




ただ、何者にもなれなかった過去と経験が、今までの冒険は出来過ぎていると俺に語りかける。




「おしゃべりはもういいか?」




沈黙に耐えかねたタランチェが言う。




「あぁ、戦う術を持たない私ができることなんてこんなものです。満足しました」




オラウさんはそう返すと、俺たちに背中を向けて広間を出て行こうとする。


それと同時に、タランチェは何もない空間から魔法で杖を取り出す。




「やるんだろ?それとも戦意喪失かい?それならこっちも楽になるから助かるが?」




これからタランチェと戦う。




もう何日も前から決まっていたこと。


ずっと前から覚悟していたこと。


相手が強大であることはわかっていたこと。




だけど、強いとか…数が多いとか…そういう次元じゃない。


世界のありかたを変えようとしている奴らと戦えるのか?




(…ハリネ)




突然、フレンさんの声が聞こえてくる。




(戦って)




トークレスからフレンさんの強い願いが伝わってくる。




(相手がどうとか、世界がどうとか考えちゃダメ。


タランチェを倒さないと、私たちの"未来"が無い)




フレンさん。


三人でまた冒険しようと言ってくれた女性。




「ハリネ…」




ウパが俺の前へ出る。




「ハリネならきっとできるよ」




ウパの赤髪がたなびき始め、空気が振動する。


全力で戦う準備が整っているようだった。




ウパ。


過酷な運命を背負っていてなお、明るさを失わない女の子。




じゃあ俺は?


俺にできる事はなんだ?




俺は銃を取り出してタランチェへ向ける。




「オラウが渡した玩具か…」




タランチェの口元は笑っていたが、目は歯向かう者を殺す鋭さがあった。


その禍々しさに一瞬怯んでしまったが、俺もタランチェを睨み返す。




「あんたが俺を占った時、なんて言ったか覚えているか?


あんたが言う通り、俺は何もしてこなかった。だから何者にもなれなかった。


でもな、今はこんな俺でも"フレンさんの冒険"と"ウパの運命"の脇役なんだ」




お前らのシナリオの上だろうが、それだけは絶対にやり抜く。




「男ってのは案外、人のためなら頑張れるんだぜ。知らなかったのか?おばあちゃん」




二人が俺を支えてくれるように、俺もまた二人を支える。


それは俺が生まれて初めて自分で決めた役目。




俺の覚悟をタランンチェは笑う。




「うひゃひゃ、ただの虚勢だろうが言ってのけたのは褒めてやる。


いつだって人間は有言実行なんて言葉に縛られて口を紡ぐ。


物事ってのは表現されて初めて始まるものさ」




タランンチェが語り終わると、広間は恐ろしいほど静かになった。


緊張している自分の鼓動だけが聞こえる。




タランンチェの足元に、青い光線で書かれた魔法陣が広がっていく。


その光が下からタランンチェを照らし、あふれ出る魔力が風を起こしてタランチェのローブを舞い上がらせる。




「わしとしても言わばこれは最終戦。長きに渡ったカーマとの因縁も終わる。本気を出すぞ」




タランチェの姿が見えなくなるほどの強い光が魔法陣から発せられる。




まずい!目くらましか!?


反射的に目をつぶって顔を逸らし、手で光を遮ろうとする。


このままでは危険だと判断した俺は、すぐに指を動かし始める。




「タイプスペル:ブラインド」




手を中心に、光を軽減するレンズが顔の前に現れる。


目を開けられるようになったことがわかると、俺はすぐにタランンチェがいた場所を確認する。


魔法陣から発せられる光は巨大な柱のように上へのぼっている。


フレンさんとウパはその光に完全に怯んでいるので、俺は二人の盾になれるように前へ出た。




すると、光の柱の中に人影が見えるようになる。


あの小さくて腰が曲がった姿はタランチェ。


まだ何もしていないようなので少し安心する。




しかしそれも束の間。俺は不思議な光景を目の当たりにする。


タランチェの曲がっていた腰が少しずつまっすぐになり、それに合わせて手足が伸びていくように見える。


腰を伸ばした勢いで反り返ると、頭からフードが脱げて長い髪が広がる。


体の変化が止まると、手足や体を一通り確認してこちらへ歩いてきた。




そして、光の柱から出てきたのは見たこともない美女。




「お、お前は…?」




美女が中から出てくると、魔法陣の光は徐々に消えていき、ブラインド無しでも目が見えるようになる。




「タランチェなのか?」




美女は俺の問いにくすりと笑う。




「そう不思議がることないじゃない?


私が何年も生きていることはカーマから聞いているでしょ?


年老いて死ぬのを先延ばししていただけなわけないじゃん」




見た目だけじゃなく口調も変わっている。


体のサイズに合わなくなったローブさえ着こなす絶世の美女。


あの目さえなければ、すべてを忘れて惚れていたかもしれない。




あの…人を捨てた異形の目さえなければ。

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