17:ターゲット

森の中は想像以上だった。


木が数本先までしか見えない。もうとっくに出発点は霧の中。




三人組を前列、俺らが後列になって進む。


フレンさんに色々聞きたいことがあるが、三人組との距離が近くて、内緒話ができない。




トンっとフレンさんに肘打ちされる。


目をやると、革製の紐を差し出していた。それなりに長さがあり、反対側はフレンさんの腕に巻かれている。


フレンさんはその腕を指差す。




あー、はぐれないように繋がろうってことか。


俺も腕に紐を巻いていると、内緒話にもってこいの魔具があることを思い出す。




今度は俺がフレンさんをつつき、その魔具を渡す。そして、すでに装着している俺の耳を見せる。


フレンさんが付けたのを確認すると、俺は暗証コードを小声で唱える。




「トークレス」




(あー、聞こえますか?フレンさん?)




フレンさんの肩ぴくんと跳ねる。


この魔具は、魔具を付けた人が声を出そうとすると、魔具を付けている全員の耳の中だけで響く。


俺も最初は驚いた。後ろから急に声をかけられた感じがする。




(魔法で、声を出さずに会話できるようにした。声を出そうとするだけで、俺にだけ聞こえるはず)




(ぁー、ぇー、ど、どう?)




(はい、聞こえてます)




(あいかわらずすごいね。魔法使いが特別扱いなのも納得だよ)




(そ、それほどでも)




(内緒話がしたいってことは、あの三人についてでしょ?)




(そう、何か考えがあるなら、教えてほしいなと)




(端的に言えば、あの三人は囮)




(囮?)




(私たちのターゲットであるギガオウルは、無音で飛び、一瞬で人を掴んで飛び去るの。


集団でいてもお構いなし。だって、気が付いた時にはもう手遅れだから。


ただ、ギガオウルは集団の中で一番弱そうなやつを狙う。


私の見立てでは、この中でサンが一番弱い。


でも、私って可能性もあるから、迷子防止を兼ねた保険がこの紐。


先頭を歩いてくれそうだったし、何かあれば真っ先に逃げられるしね)




人を囮にするのはどうかと思ったが、恐れ入った。


瞬時に色々考えているし、それを実行できる準備もある。


フレンさんって、戦闘要員でないだけで並の冒険者ではないような気がしてきた。




囮と言っても、俺らが倒す予定だからかならず助けるわけだし、残りの二人も手伝ってくれるだろう。


その逆は…どうかわからないけれど、俺らがはぐれなければ問題無いでしょう。




(なるほど、さすが)




(ふーん、いざとなればあの三人を置いて逃げる事についてはなにもないんだ?)




(ベテラン冒険者なんでしょ?大丈夫なんじゃない。


それに、その発想はフレンさんらし…)




突然、俺の両肩に剣で貫かれたような激痛が走る。


何かに乗りかかられた感じがしたかと思ったら、目の前が突然真っ白になり、突風と共に気持ち悪い浮遊感が襲う。




紐は地面へと引っ張られ、腕を締め上げていく。




「ぐわぁぁぁ、いてえぇぇ!」




俺は心から助かりたいと叫んだ。


以前、何が起こっているのかわからない。




足を紐に絡めて、少しでも腕の負担を減らそうともがく。




目下に、白い運河のような光景が広がった。


下にあるのは間違いなくミノコバンパス。そして、紐に繋がれているフレンさんも空を舞っていた。


俺は顔を上げる。


俺の両肩から幹のような二本の足が続き、羽毛に包まれ大きな翼を広げるモンスターがいた。


真っ白で優雅に飛ぶその姿に、一瞬だが目を奪われた。




そして俺は理解した。


俺は、ギガオウルに捕まったのだ。




「いたい!ハリネ!お願い、なんとかして!!」




フレンさんの悲痛の叫びが、暴風に遮られながらもなんとか聞こえた。


早くなんとかしないと!




俺は、モンスターに捕縛された時用の魔具を使用する。


指をタイプライターを打つように動かし、ギガオウルの足を掴む。


そして、暗証コードを唱える。




「タイプスペル:エレキ」




タイプスペル。


指あきグローブ型の魔具。指を特定のパターンで動かすことで複数の効果を発動させることができる。


声が出せない状態でも使えるようになっている。




俺の手から強い電気が流れる。


ギガオウルは野太い鳴き声を上げ、広げた羽を硬直させた。


動きが止まった。が、落下するのではなく、ゆっくりと降下していく。


しかし、ギガオウルが大きく傾くと、真っ逆さまに落ちていった。


一瞬で俺とフレンさんの位置が入れ替わる。




俺の肩に食い込んだ爪がはずれた。




俺は紐を引っ張ってフレンさんを手繰り寄せる。


フレンさんも紐を頼りにこちらへ飛んできた。


抱き合うように互いを掴む。




「エアライド!」




森に入る直前だった。


間に合え!俺は強く祈る。




俺の足元で強風が吹き荒れ、木々が大きく揺れ、まわりの霧が少しだけ晴れる。




あまりの強風で俺とフレンさんは再び離れてしまう。


地面はもう目の前まで迫っていて、俺は両手両足で着地すると、衝撃を逃がすように転がった。




ドン




「きゃあ」




何かにぶつかり、それを下敷きにしてしまう。


なんか、女の子の声が聞こえたような?




ぼやける目で必死に手元を見る。




徐々にクリアになっていく視界には、少女の泣き顔があった。

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