第二章

16:帰らずの谷

ミノコバンパス。


深い森と濃い霧で覆われている谷。


貴重な素材が多く取れることから、多くの冒険者が挑み、消えていった。通称、帰らずの谷。


また、風で揺れ動く霧がまるで竜のように見え、竜が眠っているという伝説から、白竜の霧とも言われている。




俺らは今、そんな危険地帯に足を踏み入れようとしていた。




「いざ目の前にすると、色々言われている理由がわかるなぁ。


こんなところに入ったら、絶対出れないわ」




俺は早々に弱音を吐いた。


一寸先は闇というか霧。中はなぜかコンパスが使えなくなるとか、そんなのもう無理じゃん。




「冒険者として大成できるかどうか、最初のふるいにかける所ではあるわね」




「フレンさんは、入ったことがあるの?」




「無いよ」




その割には冷静そのもの。ベテランの貫禄。


リュックの中身の最終チェックをしている。




「っていうか、ここは別に未開の地ではないんだよね?


ということは、ある程度攻略方法が広まっているはず。


それなのに、なんで俺らの街まで依頼が出回っていたんだ?


普通はこの街にいる冒険者がやるんじゃないの?」




「それはここ最近、モンスターが増えてきて、ローリスクハイリターンの依頼が増えたからね。


こんな所に入る冒険者は、探索専門だけなんじゃない?」




「ふーん。要するに、俺らは探索ついでに退治もして稼ごうってことか」




「それはおまけ、今回はそのモンスターの羽が必要になるの」




「羽?」




俺の質問が聞こえていなかったのか、フレンさんは答えずに大きなターバンを渡してきた。




「耳が隠れるようにこれを巻いて」




フレンさんが手本を見せるように先に付ける。


前髪がなくなり、まつ毛の長いきれいな目がよく見える。


俺も真似をする。




「これは?」




「私もよくわからないんだけど、まだここが未開の地だった時の冒険者に聞いた事があるんだ。


"私は耳を隠していたから帰って来れた"って。理由は教えてくれなかったけど。


念のためね」




「保険…とはちょっと違うか」




これはちょっと縁起物っぽいが、用意周到で関心する。


俺も冒険者をやっていくなら、できるようにならなくてはいけない。




フレンさんに頼もしさを感じて、少し気持ちが落ち着いてくる。


なんとかなるでしょう。俺は、『幸福な死』が約束されている。


怖いのも、痛いのも、できれば無しがいいんだけど。




そんなことを考えていると、俺らしかいなかった空間に、いくつか足音が聞こえてくる。




「ずいぶん甘っちょろい話をしているな。もしかして、かけだし冒険者か?」




男の声で振り返ってみると、男一人女二人の三人組がこちらへ近づいてくる。


態度がから察するに、俺と違いそれなりに場数をこなしていそうだった。




「見たところ、調合師と…、おっさん、なんだその恰好」




「俺は…」




「銃士よ」




俺の言葉を遮って、フレンさんが答える。




「銃士?本当に?」




「あ、あぁ」




「一丁前の装備をしているようだが、基本がなっていなさそうだな。


それじゃお前ら、死ぬぞ?」




三人は大笑いを始める。




本来ならむかつく所なのだろうが、古典的すぎるし、俺にはまだ怒るポイントが無い。


ちらっとフレンさんを見てみると、こちらも呆れているだけだった。




「俺らはこれからドラゴンアイを探しに行くところだ。


お前らは見た感じ、モンスター退治。ギガオウルの討伐だろ?


途中まででよかったら、同行してやろうか?」




そう言いながら男は、いやらしくフレンさんの肩に手を回す。


これにはさすがにむかついたが、相手は冒険者、ただのおっさんが敵う相手ではない。


しかし、このまま黙っているのも…。




「えぇ!本当ですか」




男の腕からするりと抜けると、フレンさんはきらっきらの声を出す。




「おっ?おぉ、いいとも。なあお前ら」




「こうやって助け合うのも冒険者なんだろ?兄貴」




「おうよ」




男は意気揚々と二人のところに戻ると、なにやらポーズを取り出す。




「タン」


「サン」


「スイ」




「俺らがパークス三兄妹。ここらへんで冒険者やっているなら、聞いたことあるだろ?」




おぉ、これまたキャラが強い奴らと同行することになった。


えぇと。


立て髪剣士がタン。眼鏡ツインテがサン。狐目ポニテがスイか。


かなり絡みづらいが、こういう冒険ではムードメーカーになるのかもしれないな。


俺はよろしくと小さくお辞儀だけした。




しかし、ちょっと意外だった。


フレンさんは使えるモノは使うタイプだとは思っていたが、こうもあっさり、しかも猫を被るとは。


何か考えがあるのだと思うが、俺にはこっそり教えてくれるだろうか?


俺のことを銃士と言ったあたり、信用しているようではなかったが。




「よろしくね、おじさん」




スイが近寄って来た。




「あぁ、よろしく。


そういえば、こちらの自己紹介がまだだったな。俺がハリネで、こっちがフレンさん」




「ん?絶対おじさんの方が年上だよね。なんでさん付けなの?」




たしかに!


言われるまで気が付かなかった。いや、さん付けするのは全然いいのだが、フレンさんって俺のこと呼び捨てじゃなかったか?




「即席パーティーだからね。年齢関係なく敬うのが基本でしょ?ねぇ、ハリネさん」




それ、演技ですよね?フレンさん?


俺はうまく笑って返せなかった。




「それじゃミノコバンパス、攻略と行きますか!」




タンが先陣を切ると、サンとスイが続いた。




「遅いと置いていくぞ」




サンが後ろ歩きで俺らを呼ぶ。




俺とフレンさんは目配せすると、パークス三兄妹へついていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る