07:最高の前払い

風俗店アルカディア。


この街一番の高級店であり、それはレベルもサービスもすごいらしい。


俺が知っていたのはそのくらい。飲みの席で、同僚の噂話を聞いただけだ。




が、しかし!


俺は知ってしまった。真実は言葉でなんか語れないくらいすごかったことを。




昨晩。


薄暗く、月明かりしか入らない宿屋の部屋。


下着一枚でベッドに横たわっている俺の上に、下着姿の彼女は乗った。




「本当はお店を使いたかったけど、あそこ会員制だから」




下腹部に、女性の体重とお尻を感じる。


人一人が乗っているのに、たいして重くない。これが、女性の軽さ。




「そんなに緊張しないでよ」




彼女は両手を俺の胸に置く。




女性の裸を見たことはあった。


あったが、現実に、目の前で、触れているという事実に比べれば、そんなものは無に等しかった。


俺は、前髪越しに見つめてくる彼女の瞳から、視線を逸らすことができずにいる。




「あれ?もしかしてだけど…初めて?」




うぐっ…。


恥ずかしい。この歳になって経験が無いなんで、無職と言うよりつらかった。




でも彼女は、やさしく笑ってこう言った。




「じゃあ、責任重大だね」




彼女の両手が、俺の両手に絡まる。


軽やかな細い指が、俺の手を掴んで離さない。


その手は持ち上げられ、彼女の顔の前までいくと、今度は俺の両手が彼女の顔を覆った。




すべすべとして、ほのかに暖かい感触。


ぷにっとした頬と、ちょっぴり固い鼻、そして、ふっくらした唇が俺の指に触れる。




これだけで俺は、正直果ててしまいそうになった。




唇に触れている親指を彼女が軽く咥える。


女性の口の内側に、俺の指がある。


ぬるっとした感触に、今まで経験したことのない気持ちよさがあった。




「じゃあ、まずははずしてみようか。あなたの手で…」




そう行って彼女は、顔から首、首から肩、肩から背中へと、俺の手を滑らせていく。


すると、ゴム紐のようなものが当たり、背中の真ん中にちょっとだけ固い素材を感じる。




「そう、ここ」




知識では知っている。ここはたしかフックになっている。


軽く引っ張ればはずれるはず。




俺は、ブラ紐の下に指を入れる。




あぁ、俺はマジで何をやっているんだ?


興奮と混乱で頭が沸騰しそうになっている。




心臓をバクバクさせながら、考えたように手を動かすと、紐は二手に分かれた。




が、俺はどうしたらいいかわからず、それを持ったまま止まってしまう。




「次は、肩の紐」




彼女は両手を俺の顔の横に置くと、胸を突き出す。




俺は言われるがまま、肩の紐に手をかけ、ゆっくりと下げる。




すると、俺の首にブラジャーが落ちた。


それと同時に、性を意識し始めてからずっと憧れ続けたものが、俺の目の前に露わになる。




「どうぞ」




彼女はそう言って、動かなかった。




俺は完全に目を回していた。


本当にこれに触れていいのか?


実は罠で、怖い人がこれから入って来るんじゃないか?


必死に冷静さを保とうとするが無意味、意識は衝動に勝てなかった。




俺の手が、彼女の肩から二の腕に、そして鎖骨へと動く。




「んっ」




彼女の吐息が漏れる。


そして、俺の手の下の方がやわらかい部分に触れると、彼女が急に倒れ込んできた。




俺の腕は、彼女を拒まないように上へ逃げ、万歳するような恰好になった。




「あはは、まだダメ。なんてね」




彼女はそう茶化すが、俺はそれどころではない。


俺と彼女の間に、たしかにそれが潰れている。


お腹もぴったりとくっついていて、さらさらとした素肌が心地よい。




「固まってる。腕を下ろしなよ」




そう言われて、俺は彼女の背中にそっと置いた。


そして気が付く、完全に女性を抱きしめている。俺が!




すると彼女は、俺の頬にキスをした。


かと思えば、すっと湿ったものがなぞる。


まぎれもなく彼女の舌である。




俺はいったい、階段を何段飛ばしで登っているのだろうか?




そして彼女は、全身をくっつけたまま、顔を俺の胸元まで下ろした。


その感触は、今まで感じてきたものを軽く凌駕する。


すべての部分が、俺の体の上で動いている。


俺の太ももには、彼女の下腹部と太ももがあり、彼女の胸が、俺の腹の上にある。




「もっと筋肉質かと思ったけど、華奢なんだね」




今度は、彼女の手が俺の体をなぞる。


脇腹から胸に向かい、首をつたって、俺の顔を包み込む。


それに続いて、彼女の顔が目の前にやってくる。


鼻の先が触れ、息が当たる。


甘い香水のいい匂いがした。


しかも、ただいい匂いなだけではない。


俺は初めてフェロモンというものを実感した。


いい匂いだけじゃない何かが、鼻の奥をくすぐる。




ゆっくりと彼女は唇を近づけてくる。


自然と俺の口が開いた。


キスは閉じたままする印象があったが、本能が俺を正解へと導いてくれる。




そして俺は、長い長い夜に吸い込まれていく。




………。


……。


…。




こっから先は、思い出すだけで興奮してしまう。


やさしくエスコートされていることに、最初は気恥ずかしさを感じていたが、そこはさすがのプロ。


最後は俺の思うがまま、欲望のままに、すべてを出し切れた。




横を見ると、まだ裸の彼女がいる。


夢なんかじゃない。


俺はついてに、童貞を卒業したんだ。


それも、最高の相手と。




思わず笑いが込み上げてくる。


今までの人生が嘘のような、興奮に包まれた一夜であった。


できることなら、一生ここままでいたい。




そんな夢を思い描いていると、だんだんと現実に引き戻されてくる。




そうなのだ。


俺は人生最大のやらかいをしてしまったのだ。




それが何かというと、




冒険者じゃない俺が、


まだ名前も知らない女性から、


冒険者依頼を受けてしまい、


返却不可能な前払いを受け取ってしまった事だ。




欲望に負けた哀れな俺がこれから向かうのは、勝算無しの無謀な冒険である。




今度こそ、死ぬのかな…俺?

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