06:初めての依頼?

「大変お世話になりました」




俺は、オラウさんの屋敷の門の前で、頭を下げた。


あれから数日間はお世話になり、怪我もすっかりよくなった。


オラウさんはまだ居てもいいと言ってくれたが、なんとなくそんな気になれなかった。


お年寄りにそのまま面倒をみてもらうわけにはいかない。そんなプライドがもしかしたらあったのかもしれない。




「何か困ったことがあったら、いつでも言ってください。かならず助けになってみせます」




「はい、その時はお願いします」




俺は、オラウさんとメイドさん達に見送られながら、とりあえず家を目指した。




気持ちがフワフワする。


家に帰ったところで何もなく、何もすることがない。


それなのに、なぜか不安とか焦りが無い。


死を実感して、生に感謝でも覚えたのだろうか?




これから、どうしようかな。




どう考えても、仕事探しだろ。


働かざる者、食うべからず。




あっ、いっそオラウさんに紹介してもらうか?


なんて考えたが、残念な顔をするオラフさんが思い浮かぶ。


せめて、あの人だけには、俺はいい人でありたい。


この案は最終手段にしよう。




俺は家に帰るのをやめて、職業案内所へ向かった。




建物に入ると、広々とした空間があり、4人席のテーブルがいくつも並んでいる。


奥の方には、長いカウンターがあり、両サイドには掲示板が並ぶ。


左はこの街にある求人案内。


そして右にあるのが、冒険者向けの依頼。




求人案内に人はいないが、冒険者依頼の方は盛況だった。


色々な冒険者が、雑談や情報交換をしている。




…いいな。




俺の憧れていた世界が、目の前に広がっている。


未開の地がほぼなくなったとはいえ、冒険やモンスター退治がなくなったわけではない。


ただ、未開の地へ行かないということは、支援がいらなくなったということにもなる。


それ以外の依頼は、冒険者だけでなんとかなってしまうからだ。




まぁ、そんなことはもういいか。




モンスターから逃げて、川を下って、子供を助けたってだけ聞けば、冒険者っぽいかな。なんて。


俺は、冒険者の依頼にはどんなものがあるか興味を持ち、見てみることにした。




Eランク:荷物の運搬


Dランク:材料探し


Cランク:モンスター討伐


Bランク:ダンジョン攻略


Aランク:未開の地への冒険




ざっくりとこんな感じだった。


Aランクもまだあるんだな。実施日はかなり先のようだけど。


Eランク・Dランクだったら、俺にもできるものがあるかもしれないな。


とはいえ、冒険者でない俺には依頼を受けることはできない。




「あの、もしかして…」




現実に打ちひしがれていると、女性に声をかけられた。




ぱっと見てみると、それは息を飲むほどの美人だった。


綺麗で長い髪に、小さな顔。そして、わずかに見える胸の谷間。


お客さんでたまにこのレベルを接客することはあったが、プライベートで関わったことは無い。




いったい、俺なんかになんの用なのかと疑問に思っていると、次第に記憶が蘇ってくる。




「あっ、やっぱり。あの時、助けてくれた人!」




そう言って、女性は両手で俺の右手を取る。


ぼっと自分の顔が赤くなったのがわかった。


華奢でちょっと冷たい指が、俺の手を包んでいる。




「本当にありがとう。そしてごめんなさい。なんにもしてあげられなくて」




悲しそうな顔をして、女性はそう言った。




「いえ、大丈夫です。あなたも大丈夫…だったようですね」




「おかげさまで。それよりも、あなたって強いんですね。人があんなに飛ぶの初めて見ました」




そういえば、そんなこともあったな。


何が起こったのか、俺もさっぱりだが。




「まぁ、まぐれみたいなものです」




「そっか。でも、あの後すぐ気絶しちゃいましたね。酔っていた…とかですか?」




「えーと…」




なんだこれ?


この人は、俺が酔い覚ましをしていた格闘家かと思っているかのようだった。




それはそれで悪い気がしなかったが、そのまま騙すわけにはいかないだろう。


かといって、この尊敬の眼差しは捨てがたい…。




「そうだ!これも何かの縁です。私の依頼を受けてくれませんか?」




「えっ?」




ごちゃごちゃ考えている間に、話がとんでもない方へ向かった。




「この前の恩もありますし…」




女性はそっと頬を赤らめ、上目遣いになる。


そして、つま先立ちになり、俺の胸に寄り掛かると、耳元でこう囁いた。




「今夜、前払いとしてサービスしますから」




甘く妖艶な声が俺の耳をくすぐり、全身に鳥肌が立つ。


一瞬で血液循環は加速し始め、全身が敏感になった。




「サ、サービスって?」




「うそ。わかっているくせに」




女性は意地悪そうに笑った。




「私、アルカディアの風俗嬢ですよ」

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