第9話

「サフェト様、でございますね?」


「……はい」


「では私めについてきてください」


「……はい」


 渡された紙切れ──もとい、招待状には日程が指定されてあった。なので今日までいつも通りの日々を送っていた。


 正直ここに来るのには気乗りしていなかったが、もう割り切った。


「こちらです」


「はい」


 執事さんに連れられて入った場所は応接室だった。そこには一人の男性がソファーに座っていた。おそらくこの方がノティス家のご当主様だろう。その横には前に見た顔が。


「ふむ、君が私の娘──ルイナを助けてくれたという冒険者だね。こちらに座り給え」


「はい、失礼します」


 僕は一礼してから応接室に入り、ご当主様の正面に座る。それを確認したご当主様は僕の顔をまじまじと見てきた。


「……なにか?」


「いや、昔会ったことがあったかなと思ってね。そう、六年前の……」


「それはきっと別人でしょう。私とノティス様は今日が初対面ですよ」


「ふむ……君がそう言うのならきっとそうなのだろうな」


 六年前、ねぇ。やはり来るべきではなかったようだ。めんどくさい。


「さて、そんなことを言う為に君をここに呼んだんじゃないんだ。改めて、君は知っていると思うが、私の名前はザイン・ノティス。ノティス家の現当主だ。今回は私の娘を助けてくれて本当にありがとう」


「私の名前はサフェトです。ただの一冒険者です。今回はただクエストを受注しそれを達成したまでです。本当に頑張っていたのは騎士様たちなので、僕はただ彼女を連れてきただけですよ」


「それでもだ。医者曰く、後少しでも救出が遅れていたら魔力器官が壊れていた可能性があったらしくてね。君が早くこの娘を助けてくれたおかげでそれを避けることができた。本当にありがとう」


「……いえ。でも助けられてよかったです」


 彼が頭を下げることは無かったが、それでもきちんと僕に対して感謝の意を示した。しっかりとその気持ちは伝わってきたので僕は素直に受け取っておいた。


「ルイナ」


「ほ、本当に、ありがとうございました」


 ルイナ様の方はしっかりと頭を下げた。まだ子供だから頭を下げてもいいという判断の元だろうね。貴族はどんな時であれ平民に頭を下げてはいけないという暗黙の了解みたいなものがある。


 それは舐められてはいけないというのもあるが、それよりもに人の上に立つ以上ほんの些細な恥でも今後の国の運営に響くからだ。人の上に立つ以上その両肩には非常に重い責任が乗っかっている。それを頭を下げるなんて行為で落としてはいけないのだ。


 そしてザイン様は一旦ルイナ様を外させた後僕の方を向いた。


「さて、それでは本題なのだが……君はという団体を知っているかい?」


「暁、ですか……聞いたことないですね」


「ふむ、君ほどの冒険者が聞いたことが無いとなると……相当うまく隠れていたな、奴らは」


「……」


 暁。聞いたことが無い団体名だ。気になるが聞いたら巻き込まれるだけ。ここは何も聞かないのが正解だろう。


 ある程度察することができるけど。


「それでサフェト君」


「なんでしょう」


「君にクエストを依頼したいのだが」


「……その暁の行方──正確にはそれの本拠地を捜せと?」


「分かっているのなら話は早いな。どうだ?やってくれるか?」


「……」


 伯爵からの依頼は無下にしづらい部分があるが……正直やりたくないという気持ちの方が強い。もしこれを受けたら最後、面倒なことに巻き込まれるという確信がある。


「まぁ、君が言いたいこともわかる。面倒なことに巻き込まれたくないという事は。だが是非やってほしいのだ。他でもない君に」


「なんで僕なんですか」


「君が……いや、もう捨てたのだったか」


「えぇ。姉が死んで、それは無意味なものとなりましたからね」


「やはり君は筋金入りのシスコンだな。そこは変わっていないようで安心したよ」


「……はぁ。もう僕はクランを抜けたんです。二度とそのクランにいたときの話はしないでもらいたいです」


「分かっているさ。だが、申し訳ない。君に依頼するこのクエストには君がいたクラン──猛き爪フィールズも関係していてね」


「……何でですか」


「それを知りたかったらクエストを受けてもらわないと。一応この先の情報は漏らしてはいけないものだからね。さて、どうする?」


「……」


 僕の心は盛大に揺らいでいた。そう言われたらクエストを受けざる負えないではないか。


 ……僕の負け、か。


「……いいですよ。そのクエスト、受けましょう」


「そうかそうか!ありがとう!助かるよ」


 そう言って笑顔を見せたザイン様に、僕は心の中で愚痴をこぼすのだった。



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