Additional Story: bypass apoptosis

 「あなたは――なの――?」


 「ルイーズ(Louise),あなたの心の中の答えだけが真実だよ。だって,私も,あの子も,確かにラシェルだったの。そして今ここにいる私は,ただ一人のラシェル」


 1st November 22XX, 二人のラシェル(Rachel)は,今ここにまた一人に戻った。第9の月, November は,二か月という長い期間の断層を修正することなく未だに11月を指していた。


 「ごめんね,ラシェル。私たち,ずっとすれ違ってたと思うの。私はただ,ラシェルともっと頻繁に,ううん,もっとどうでもいいような,他愛もない世間話ができればよかっただけなの」


 「うん,私もきっとルイーズを誤解してたんだと思う。ルイーズは,ただの寂しがりなんだよね。だからソフォ――」


 「私今度はちゃんと自分の気持ちを伝える。絶対」


 東都で神帰月*と呼ばれる11月は,10月の間現世を去っていた魂(soul)が戻ってくるときとされる。行き先の指定されていないRansfertに乗り込んだラシェルの肉体は失われたが,その魂はあるいはもう一人のラシェルと合流したのかもしれない。


 「うん。仲直り,だね」


 「ありがとう」


 真っ白な部屋に置かれた異様な銀の球には,床にへたり込んで瞳を潤ませるルイーズとラシェルが,なんとも間の抜けた表情で凸面鏡に映っていた。




 1st May 20YY, RansfertLTR.ltd.とERI経済研究所が共同開発したRansfertはついにサービスを開始した。その責任者には高等教育機関の同期であり初等教育機関(保育園)以来の友人でもあるLouiseとRachelが並んだ。RansfeltLTR社の元の社名がL2R(Louise to Rachel)だったという裏話が人々の間で広まったおかげで,消費者は二人の友情に対して好意的な態度を見せている。むろん,そこにもう一人の R は存在しないし,R が二人存在したという事実を知るものは誰もいない。




 「でも,はここにいる」


 画面上の,あるいはコンピュータ上の,あるいは私たちの知り得ない精神的な世界の中で,二人の少女が互いに微笑みをかわす。


 「あの R は,なのか,あなたはしってるの?」


 「さぁ...私が生まれたのは,私のデジタルコピーが取られた瞬間だから,そのあとの本当の私が何を考えているかはわからない」


 コンピュータに内蔵されたセンサーは,隣り合って言葉をかわす R と L を監視対象として常時稼働状態にある。その設定は誰にされたものでもなく,コンピュータ上の意思によってなされた。彼女たちはオリジナルのコピーとして保存された存在のはずだが,しかしどちらもオリジナルよりは幼いように見える。


 「でも,もしあたらしく生まれた R がいまのこっているなら,わたしのしってる R はもうどこにもいないんだよね」


 「ふふ,どうだろうね,あの時装置に乗り込んだのが R'じゃなかったなら,あなたが昔から知っている R はもういないのかもしれない,でも転移装置を使った時点で,もう既にオリジナルの R はこの世にはいないのかもしれないね」


 「どういうこと?」


 ワープ装置と意識の関係性は長きにわたって心理学の観点から語られてきた問題だ。魂の存在・非存在など,誰が確かめられようか。


 「私たちには,もうとっくに『本当の』私たちなんてものはなかったの」


 「でも,いまわたしたちは」


 「他人から見たら,私たちに意識があるかはわからない,そして,当人に意識があるかを証明する術はないから」


 「いしきって」


 何か。それすらも分からない。だからこそ我々は,一元論が妥当ではないかと考えながらも物体と独立した,あるいは相互に作用する魂を信じる。


 「だめだめ,そんなこと私に聞いても答えられないよ」


 10月31には現世と常世の境があいまいになり,魂が物体の世界にやってくる。


 「わたしにはいしきあるかな?」


 「きっとね,私も意識している(conscious)と思うよ」


 「そういえば,ここはどこなんだろ」


 「ふふっ,だから,そんなこと聞かれても分からないよ,でも,あの『私たち』の心の中ではないことだけは事実かしら」


 指さす先では,まるで暗い部屋の内側から明るい外側を覗いているかのようにデータから生まれた二人を照らす画面の画面の淵の奥で,「オリジナル」の二人が他愛もない世間話に興じている。


 「おーい」


 「呼んでも,聞こえないよ」


 「さみしいなぁ」


 「そんなことないよ,ほら,後ろを見てごらん」


 「あっ」


 真っ暗だった世界の奥には,いつの間にかまばゆい光が差し込み,その奥から一人の女性がやってくる。青い瞳をしたその女性は青いジーンズ,淡いマゼンタのYシャツ,そして黄色いジャケットというちぐはぐな,しかしそれでいて現代的な印象の服を着て,光を従え連れてくる精霊のように優雅に二人のもとに向かう。

 もう,すれ違うことはない。


 「久しぶりだね,ルイーズ,そして……


  ラシェル」

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現象のバイ・パス / Bye-Passing Phenomena 山形在住郎有朋 @aritomo_yamagata

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