異世界転生した彼女が、魔法で電話をかけてきた。

鳩胸な鴨

1通目 世界を超えて、君に触れたい

僕には恋人がいた。

例え何十年経とうと、ずっと隣にいてくれると確信できる恋人がいた。


「私、アンタの書く話、好きだよ。

ちょっと捻くれてるけど、読んでて楽しいから」


名前は「桜川 勇希」。

運動神経抜群で。

勉強が苦手で。

自分の男っぽい名前が嫌いで。

女っぽい仕草なんて滅多に見せなくて。

他の女子に王子様みたいな扱いを受けていて。

涙脆くて。

理由もなく、笑顔を見せてくれるような、普通の女の子。


「申し上げにくいのですが…、桜川 勇希さんはお亡くなりにました」


そんな彼女が亡くなったのは、1週間前のこと。

彼女の家に訪れた警察が、残酷にもその一言を、彼女の家族に告げていた。

彼女が乗ったバスが、転落事故を起こしたらしい。

彼氏である僕はもちろん、彼女の家族ですら、その遺体を目にすることが叶わぬほどの状態になっていた。

僕が最後に見た彼女は、焼けて小さくなった、どこのものかもわからない骨だった。


全てがどうでもよくなった。

本気で好きだった。本気で愛していた。

本気で、一緒に生きていこうと思っていた。

閉じこもった部屋の中で、家族の心配する声が聞こえる。

もうこのまま、部屋で死んでしまおうか。

そんな考えが頭をよぎっては消える。


────あの、聞きたいんだけどさ…。私と、結婚する…って、想像できる?


いつしか交わした会話が思い浮かぶ。

気恥ずかしくて言えなかったけど、想像できた。

共に生きていたなら噛み締めていた幸せを、何度も夢想した。

でも、それはもう叶わない。

鬱屈とした空気が漂う部屋の中で、僕は本棚にある本に書かれたタイトルに目を向けた。


「…異世界転生…か」


もしかしたら、死んだ彼女も異世界にいて、そこで暮らしているのかもしれない。

同じ世界に転生できるとも限らないが、試してみる価値はあるはず。

そう思い、僕が天井にロープを吊るそうとした、その時だった。


突如として、部屋の中に水で出来た鏡のようなものが現れたのは。


「……………は?」


現実味が一切合切欠落した現象を前に、僕は思わず声を漏らす。

そんな僕の困惑など知らず、其れに散らかった部屋が映り込む。


『うん。よし…と』


続いて、水鏡から聞こえた声に、僕の落ち込んだ気分が、一気に乱れるのがわかる。

これは夢なのか。それとも、現実逃避したいがために作り出した幻想か。

僕がそんな疑心暗鬼に陥っているとも知らず、そこに1人の少女が映る。

格好はファンタジーそのものだが、見間違えようがない。

僕がプレゼントした、よくわからんゆるキャラが付属した髪ゴムで、その長い髪をポニーテールでまとめた少女。


既に遠くに行ってしまった最愛の人…「桜川 勇希」が、そこにいた。


『歌織ー?繋がってるー?おーい?』


歌織とは僕のことだ。

荏原 歌織。それが僕の名前。

女の子が欲しかった親が、せめて名前くらいはらしくしたいとわがままを通した結果、僕についた名前。

僕はあまり好きになれなかった名前。

そして、彼女が好きだと言ってくれた名前。

喜びと困惑が入り混じる僕の心など知ったことか、と言わんばかりに、勇希ははにかんだ笑顔を見せた。


『ごめんね。私、異世界転生しちゃった』


これが、始まり。

この日から、彼女は毎晩のように電話…、もといテレパシーしてくるようになった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


私には恋人がいる。

例え何十年経とうと、ずっと隣に居てくれると確信できる恋人がいる。


「ねぇ、君。何を書いてるの?」

「…小説。あまり出来はよくないけど」


名前は「荏原 歌織」。

常に成績一位の優等生で。

壊滅的な運動音痴で。

女っぽい自分の名前が嫌いで。

人と話すのが苦手で。

目付きが悪くて。

目の下にびっしりクマが重なってて。

いつもは飄々としてるのに、たまに男らしいところを見せてくれてくれる、そんな普通の男の子。


「あまり僕と居ても楽しくないだろ。

こうして、スマホに小説を書き殴ってるだけなんだから」

「…書いてるアンタの顔が好きだもん」


毎日のように小説を書いては、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませる姿が好き。

自分の書いた世界に没頭して、顔つきが変わるのが好き。

彼が書く、ちょっと捻くれた登場人物が好き。

好きになっていた理由なんて、その程度のものだ。

物語のように、わかりやすく劇的な理由があったわけじゃない。

ただ。お互いに、お互いがいない日常がひどく虚しく思えた。

だから、私は彼に告白した。


「えと…。僕でよかったら…」


デートは近場のショッピングモール。

食事や買い物は常に割り勘。

プレゼントは学生でも買える装飾品か、ちょっといいお菓子。

スキンシップはただのハグだけ。

互いに過剰に媚びることもなければ、貶し合うこともない。

そんな、友達以上恋人未満のような関係を続けているカップル。

大人になるまで、気の置けない心地いい関係が続いていくと、本気で思ってた。


私が事故で死に、異世界に転生するまでは。


気がついたときには、私は身一つで剣と魔法の異世界に放り込まれていた。

この1週間、いろいろあった。

謎のドラゴンに気に入られたり。

よくわからない、物騒な設定を引っ提げた剣を手に入れたり。

とりあえず、食い扶持のために冒険者とやらになったら、ステータスに驚かれたり。

なかなか見ないような美男美女が、モブのようにそこらを歩いていたり。

成り行きで助けた子が仲間になったり。

歌織の影響で読んだ小説が、そのまま現実になった世界を生きた。


ひどく虚しかった。


普通なら楽しく思ったりするのだろうが、私はどうもそう思えなかった。

異世界ものが嫌いなわけじゃない。

ただ、寂しかったのだ。

好きな人が隣にいない生活も。

好きな人と言葉を交わせない状況も。

好きな人と会えない現実も。

なにもかもが寂しく、空虚だった。


だから、私は向こうと関わりを持てる魔法を作り出した。

幸いというべきか、テンプレと呼ぶべきかはわからないが、転生した私には溢れんばかりの才があった。

彼の声が聞きたい。彼の姿が見たい。

そんな衝動が突き動かすがままに、私は研究に没頭した。


魔法の開発に、そう時間は掛からなかった。

水魔法に、空間を弄る魔法を使い、ディスプレイのようなオプションを作り出せるくらいには簡単だった。

転生して1週間。私は虚しさを埋めるためだけに、世界と世界を繋げた。


『…………は?』


記憶より窶れた彼が映る。

目尻に涙が溜まるが、私はそれを袖で拭い、ディスプレイの位置を整えた。


「うん。よし…と」


声が震えてないかチェックする。

自分の耳での判断になるが、大丈夫そうだ。

改めて、彼の姿を見る。

私がプレゼントした、よくわからないマスコットキャラの髪留め。

よかった。まだ付けてくれてたんだ。

私は生前のように、努めて明るく声を張り上げる。


「歌織ー?繋がってるー?おーい?」


私がそう言うと、彼はその目から涙を流し、私の姿をじっと見つめる。

それにどうしようもなく嬉しくなり、同時に罪悪感で胸がいっぱいになった。


「ごめんね。私、異世界転生しちゃった」


これが、始まり。

この物語は、異世界転生した私が、最愛の彼の元まで帰るまでの物語だ。

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