第2話 結ノ篇

「はい、何か」

『ルイ、僕だ、マクスウェルだ』


「はい、存じてますが」


 まだ目覚めていないだけ、目覚めの時期がズレたのかと。

 けれどルイは輪廻から外れたのか、記憶を継承せず、目覚めもせず。


《ごめんなさい、もしかして私のせいで》

『いや、良いんだ、ルイを巻き込まないで済む方が良い』


 死ぬ気力も体力も無かった僕を殺してくれた彼女が、魔王だった時の婚約者が、今の婚約者。

 ルイは居ないけれど味覚や感覚の確認をし、契約書を作り、彼女と結婚した。


 そして前回僕とルイを苦しめた女は。


《あの人も記憶が無さそうね》


 初めて会った時の様に、婚約者に尽くす普通の女性。

 普通の女性だった筈なのに。


『僕のせいなんだろうか』


《いえ、なら私がおかしくなってる筈でしょ》

『君は最初から少しおかしかったんだと思う』


《まぁ、大勢とは違うけど、少数派なだけでおかしいかは別よ》


『そうか』


 彼女のお陰なのか、平和に過ごせ。

 もしかすれば老衰を経験出来るのかも知れない。




《ルイが気になるなら関われば良いのに》

『いや、もう前の様な事に巻き込みたくない』


《私が信用ならない?》


『いや、世界を信用していないだけだ』


 彼とは肉体的な繋がりは無い。

 そして精神的な繋がりも、ルイに比べれば無いに等しい。


 最初、魔王のマクスウェルと会ったのは打算から。

 そして結婚したのも打算だけ。


 そして生まれ変わった後は、同情。

 今も同情心だけで一緒に居る。


 前回、前々回よりも遥かに平和。

 愚か者が少ないから理不尽も少ない、そしてマクスウェルが言った強制力も、不運も。


 だからこそ、私はこのままで良いのかと悩んでいる。


 ルイはマクスウェルを守っていたし、マクスウェルはルイを守っていた。

 彼らに肉体的な繋がりも、恋や情愛といった感情が混ざっている気配すらも無かった。


 けれど彼らは守り合っていた、守り合っていた。

 私の様に目覚めてからルイはずっとマクスウェルに関わってきた、なのに。


《あぁ、だから私が目覚めたのかも知れないのね》




 俺が関わったせいで。

 だからあんな辛い目に遭わせた、俺が辛いだろうと思う場面を見せてしまった、辛さを理解させてしまったと。


 だから知らないフリをして、関わらない様にしてたのに。


「なんで」

《ルイ、アナタとマクスウェルの為なの、また会いましょう》


『すまない、ありがとう』


 多分、笑った顔を見たのは初めてだと思う。




「それで君まで死ぬ?」

《補佐よ補佐、補佐の補佐》

『コレでまた初めてが加わった』


「いやアレ老衰いけたかもじゃーん」

『また試してみれば良い』

《取り敢えず私と偽装結婚でしょ、で問題はルイよね》


「殺そうとして来ないなら何でも良いや」

《そこが1番難しいのよね》

『あぁ、後はどんな世界なのか』


「だな、よし、先ずは飯にしよう」

《あぁ、本当に言った通り》


「あー、じゃあ今回は無しで」


『分かった』

《じゃあ先ずは調べる所からね》


 そしてココは今まででもかなり、出来が良い世界だった。


『上位に入る、10本の指に入ると思う』

「おぉ、期待アゲ」


 愚かな貴族も貴族令嬢も貴族令息も居ない。

 婚約者候補とは絵姿と手紙の交換だけで、従姉妹と裸の付き合いは有っても幼い頃だけ。


『多分、敢えてなのだと思う、近親婚を避けさせる為に』

「あぁ、確かに、子供の頃の姿を思い出すもんね」


 僕らは良く良く観察し、学び、調べた。


『王族もマトモ、なら片手に入る』

「お、コレは老衰フラグキタか」

《と、油断せず、よね》


『あぁ』


 僕がルイと死ぬ事を承諾したのは、穏やかな老衰にルイが居ないのが不自然だと思ったからだ。

 どうしているのか気掛かりで、きっと僕は穏やかな老衰を迎えられないだろう、と。




《マクスウェルには言わないから、アナタの思う愛を教えて頂戴》


 ビックリした、驚いた。

 俺にも愛が分からないし、考えた事も無かったから。


「分かんない」


《あぁ、だから委ねてるのね、どう考えどう思うか》

「だってさ、可哀想も幸せも何もかも、見本が有って、それに沿わないと直ぐに責められるじゃん。皆と同じじゃないと変だって、でも誰かに害が無いなら何をしても、何を思っても良いじゃん?」


 痛いのが気持ち良いと思っても良い、罵声を浴びせられて何も思わなくても良い。

 クソみたいな親が居るからって、自分を可哀想だと思わなきゃいけないワケじゃない。


 幸せ不幸せは自分で決めるべきだって言うのに、不幸だ可哀想だって押し付けて。

 理不尽、不条理だと思って。


《不味いメシばっかりなら、味覚がぼやけてた方が寧ろ幸せ、かも知れない》

「美味しいを知らなかったら不味いも何も無いじゃん、全部普通。なのにさぁ、何で?何で分からない事が、知らない事が可哀想なの?楽しいとか喜びを知ったら悲しみを知るかもじゃん、それがどうして可哀想じゃないの?」


《アナタは不幸ですよ、不幸なんですよ、だから私の言う通りにして幸せになりましょう》


「あ、詐欺師の手口かぁ」

《アナタ、今まで一緒に居て、何を考えてたのよ》


「嫌そうかなー、嫌じゃなさそうかなーって。後はもう死なない、死なせないので必死で、やっぱり君って天才なんじゃない?」


《あぁ、そう》

「何、君までマクスウェルみたいな言い方しないでよ」


《分かったわ、マクスウェルがそう返事する気持ち》

「あ、俺、何かやっちゃいました?」


《はぁ》

「ねー、何、教えてくれるなら教えてよ」


《いいえ》

「いいえって」


《じゃ、ご機嫌》

「えー」




 生まれた意味だとか、生きる意味を私も考えた事が有る。


《じゃあ、私の生きる意味って》

《納税、労働、国への献身ですけど何か。公女でも愛だけに生きたいのでしたら、今までの恩と経費をお返ししてから行動に移すべきかと。民でも同じです、納税、労働、国への献身を怠る事は不可能、ですので今までの分をお返しする返済予定表をお出し下さい。それから王太子様》


『何だ』

《愚か者を愛したいなら妾に、ですが王位継承権は剥奪されます》


『何故』

《知らないんですか、愚かで強欲な王妃によって傾いた国が有る事を。だとしても想像出来ませんか、愚か者を愛する王を誰も王だとは認めない、と。バレないなんて不可能なんです、他国に攻め入られるか民が蜂起し王族を滅ぼすか、想像出来無かった時点で王太子失格です。それに言いましたよね、愛か王位かどちらかだと、お伝えしました。それと陛下》


「すまない」

《アナタ、こんな教育をして、国を滅ぼす気ですか》


「いや、すまない」

《直ぐに立て直しますよ、でなければ私が手を下さずとも滅びます、そしてアナタ達は死んだ方がマシだと思える程の拷問を民から齎され続けるのです。嫌ならさっさと働きなさい!》


 聖女って、便利よね。




「何か、俺ら、平和だね」


『あぁ』


 彼女は何処ででも聖女らしく、その能力を活用して国を劇的に改善させた。

 なのに彼女は僕を守る為だけに、婚約者を続けてくれている。


 彼女は、幸せなんだろうか。


《はぁ、コレで何とかなりそうね》


『君は、このままで幸せなんだろうか』




 驚いた、マクスウェルが彼女の事を考えるなんて。


「マクスウェル」

『幸せについて本気で考えてみたけれど、少なくとも君に女性の幸せは無いんじゃないだろうか』

《女性の幸せしか私に無いワケじゃないわ》


『なら君の幸せは?』


《アナタ達が幸せになる事》

「それマクスウェルが考えないといけ」

『考えて無かったワケじゃない』


「何で考えちゃったの」


『人の幸せを考えると、僕ならどうなのだろうかと。けれど分からないから、聞いた』


 やっぱり、男には女。

 彼女なのかな、マクスウェルの運命の人って。


《私は2人が幸せなら何でも良いんですけど》

「えー」


『ルイの幸せは何なんだ?』


「んー、マクスウェルが幸せなら何でも良い」


《じゃあ、取り敢えずは婚約破棄をしましょう》

「何で」


《まぁ、大丈夫よ、危ない事にはならない筈だから》


 そう言って彼女はマクスウェルと婚約破棄をして、王族に嫁いだ。


「何で?」

《子供に生まれ変われるか私も試してみようと思って》


『あぁ』

「えー、俺らはどうしたら良いのさ」

《良い子を紹介するからどちらが娶るか決めて》


「取り合いって」

『初めてだ』

《争いにはならないから大丈夫》




 どうして争いにはならないのか、何故かは直ぐに分かったけれど。


「2人が、恋人?」

《はい》

《そうです》


「今までもコレからも、女性だけ?」

《はい》

《そうです》


『なら、君達が選んでくれないだろうか』

《無理です、どちらでも良いので》

《はい、そうです》


「じゃあ、ジャンケンする?」

『あぁ』


「ジャンケン」

『ぽん』


「あいこで」

『ぽん』


「あいこで」

『ぽん』


「待った、何か、決まらなそうだね」

『あぁ』


 取り合い、奪い合い、と言うか。


「コレもう、譲り合いだね」

『あぁ、初めてだ』


「ぉお」


『もう、クジ引きにしよう』

「だね」


 妻達は妻達で仲良くしている。

 そして僕らは僕らで。


 仲が良いと、言うんだろうか。


『このまま時が過ぎるんだろうか』

「嫌?」


『いや、楽で良いと思う』


「他に好きな事は?」


『痛い事は好ましくない、それから苦しい事も、無理に犯されるのも好ましいとは思わない』

「もう無い?」


『君が同じ目に遭うのも好ましくない』

「俺も」


『僕達は仲が良いというんだろうか』


「あの2人とは違うけど、まぁ、悪くは無いんじゃない?」


『本当に、そうなんだろうか』


「と言いますと?」


『僕は愛して欲しいと言われていた、要は彼女達は仲良くしたかったのだとは思う。彼女達なりの仲良くしたい、が愛して欲しい。でも僕は興味が無いから仲良くする意味が全く分からなかった、でも君には興味が有る、それに彼女にも。ただ彼女と君、どちらが苦しむのが嫌かを考えると、君が苦しむ方が嫌だ』


「凄い、凄いマクスウェルが喋った」


『君に聞かれたから答えただけなんだが』

「もっと話し合う?」


『あぁ』




 それから私とルイとマクスウェルで、何度も語り合った。


 家族愛、兄弟愛、姉妹愛。

 子への愛、親への愛、友人への愛。


 好意や愛には様々な種類が有る事、肉欲が全てでは無い事、情愛は男女間だけでは無い事。

 意外とマクスウェルの方が直ぐに理解を示した。


「んー」


《ぁあ、童貞だから分からないのね》

「いや有るもん」

『何回目かでは結婚していたしな』


《性行為を、したくてした事は?》


「無い、けどマクスウェルもだよな?」

『あぁ』

《あぁ》


「え?だってアレって子作りでしょ?」

《はぁ》

『アレも仲良しの行為だ』


「えー、キスだけじゃダメ?だって疲れるんだもん」

《そこが根本的に間違っているのね、ココでの性行為はかなり違うの、知った方が良いわ》

『あぁ』


「あぁ?」

『次に活かせるかも知れない』


「あぁ」

《私の夜伽で良いでしょ》

『いや、君は多分、僕の母で妹だから、そうした行為を見る事に苦痛を感じると思う』


「あー、分かる」


《じゃあ、他の者のを見せるから、それで良いでしょ》

『助かる』

「うん」




 激しく動くワケでは無く、緩やかで、艶めかしい。


《アレが愛の有る性行為、別に男だけが激しく動かなくても良いのよ》


「えー、じゃあ何で他は違うの?」

《私達の様にどこからか知識を持ち込み広めたのでしょう》

『あぁ』


「何で?」

《男がさっさと終わらせたいからでしょ》


「あぁ」

『だから子作りだけの行為だと思ったんだな』

《あぁ》


「あぁ、まぁ、政略結婚だったし」

《ま、違いは他にも色々有るから、知ってみると良いわよ》

『あぁ』




 ココでの仕事も有るから、俺達はゆっくり知って、ゆっくり話し合って。


 気が付いたら良い年になってた。

 そしてマクスウェルがやっと、老衰を経験出来た。


《コレで、老いたマクスウェルでも探し出せるわね》

「あぁ、ね、赤ちゃんはぷるぷるなのにな、凄いシワシワ」


 俺の手もシワシワ。


《せめてマクスウェルのお葬式が終わってから死んで頂戴ね、一気には流石に色々と面倒だから》


「あぁ、俺も老衰を経験出来るのか」


 本当に、何も無く人生が終わろうとしてる。

 色々と有ったけど、今までに比べれば良い忙しさだった。


 もしマクスウェルに心残りが無いなら、俺はもう良いかな。




《何で直ぐに死んじゃうのよ、男色家だって噂を誤魔化すのが大変だったんだからね》


 聖女は僕の妹に、そしてルイは従兄弟に生まれ変わった。

 僕は三男、ルイは九男、聖女に至っては5人姉妹だ。


『僕の妹が何か言っているけれど、何も意味が分からないな』

「嘘が下手だなぁマクスウェルは」

《ちょっと、誤魔化さないで頂戴よ》


「ごめん、ごめん、ごめんなさい。だってさぁ、なんかふっ、あ、何か心残りが有った?」


『寸前に、残った』

「あぁ」

《まぁ、私は別に良いけど、ココかなり良い世界だし》


『あぁ、だな』

「仕事も少ないと良いんだけどなぁ」

《愚か者が少ない世界なら大丈夫よ、きっと》


『あぁ』

「って言うか何で微妙な従兄弟なんだろ、兄弟がそんなに嫌だった?」


『いや』


《あ、従姉妹同士って結婚出来るのよね、ギリギリ》

「いや無いわー、妹だもん」


《私も嫌よ、こんな従兄弟》

「マクスウェルはカッコイイからなぁ、まぁ、この顔はね」

『派手では無いだけで均等は整っている』


「だけなんだよなぁ」

《次こそは良い人が見付かると良いわね》


「それなぁ、本当、どうでも良いんだよねぇ」

《そう生きられる世界か、先ずは確認してみましょ》


 前よりも更に良い世界だった。

 けれど、相変わらず彼女達は健在で。




《そんな、味が分からないなんて可哀い》

『君の料理が不味くても苦無く食べ続けられると思えば、そう不幸では無いと思うけれど、どうだろうか』

「彼女の料理が酷く不味いって決め付けるみたいに言ったら、可哀想だよ」

《そうね、凄く、可哀想だわ》


『あぁ、すまない、あまりにも可哀想だから一部は完全撤回させて貰うよ。だからもう下がってくれ、近くに存在しているだけで凄く不快だ』


 マクスウェルは微笑みながら悪態が吐ける様になった。

 塩味と甘味がハッキリ分かり、甘い物が好きになった。

 偶に笑うし、良く話す様になった。


 この平和な世界の学園で過ごしてるからだろうか。

 それとも聖女の力なんだろうか。


《流石ですお兄様、鋭い切れ味でしたわね》

「君好きだねぇ、その振る舞い」


《だって楽しいんですもの》


 俺らは貴族令息と令嬢、爵位は中位。

 今までの記憶が有るから程々に、目立たない様にしてるんだけど。


『すまない、やはり僕の容姿は目立つらしい』

「まぁ、そこはもうね、仕方が無い」

《最悪は焼くか溶かせば良いんですから、お気になさらないで》


『あぁ』

「痛い方法意外無い?」

《それかもう、男色家だとしてしまえば宜しいのでは?》


『いや、女の良さを理解していないだけだ、体験すれば分かってくれる筈だと』

「分からせ系女子が来るかぁ、成程ね」

《あら、意外とそのムーブした事が無いんですのね》


『あぁ』

「マクスウェルが気を遣ってくれてたんでしょ、さすおに」

《私のお兄様、アナタは従兄弟》


「さすいと」


 ちょっといざこざは有るけど、多分、前と同じ様に老衰で穏やかに。

 あ、もしかして、今度は俺を看取ってくれる気なのかな、マクスウェル。


『ルイ』

「ん?」


『心配しないでくれ、焼くか溶かすかする時は相談する』

「あ、あぁ、うん」


 勿体無いから、本当は止めたいんだけどなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不遇転生令息。 中谷 獏天 @2384645

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ