第30話 タイムマシン

 タイムマシンの作成はピラミッドのような公共事業となった。

 ほとんどの食糧生産などの第一次産業が自動化されたことにや、AIによって第二次産業も賄われていることから、エンタメ系列の産業に人類は注力するようになった。

 無論その適性が無い者もいる。

 そんな者たちに用意された職業が、タイムマシン製作に関連する事業だ。


 これも彼の計画通り。

 タイムマシンを作り出すことを一つの仕事と認めさせることによって、雇用を創出するための機会にするのだ。

 そうすることによって、彼はタイムマシンの制作をスムーズに進めることができた。


 外銀河への探索も怠らない。

 もしタイムマシンを他の銀河も作っていたのならば、彼に時間的妨害を仕掛けてくるかもしれないからだ。それでは全てがご破算になってしまう。

 手始めに彼らはアンドロメダ銀河という最寄りの銀河を目指すことになった。


 そうして数千年の時が過ぎた。



 □



 統一暦10000年一月一日


 惑星規模の高度演算装置。作成完了。タイムマシン使用終了後は様々なシミュレーションに用いられる。


 三十メートル以下のブラックホール。作成完了。人工ブラックホールの生成技術によって作成できた。タイムマシン使用終了後は廃棄物処理に使われる。


 重力制御装置。作成完了。反重力エンジンを改良し続けて、出力を増大。ブラックホール突入の際に邪魔になる重力波を退けるために作成。


 ダイソン球もしくは同等以上のエネルギー供給機関。代替に縮退炉を形成。ブラックホール精製技術から派生。それらを並列接続することによって必要エネルギー量を確保。


 タイムマシン。作成完了。使用後は平和記念モニュメントとして完全使用禁止にされる。


 準備は整った。

 さあ行こう。

 あの子の下へ。

 と、その前にお礼を言わなければいけないな。



 □



 十年に一度開催される銀河統一会議。

 その記念すべき1000回目。

 彼は巨大なホールの中央に立っていた。

 周囲を様々な種族が取り囲んでいる。一億人は入るホールに人は満杯となり、彼の講義は世界に中継されている。

 このステージでは、彼はこれまで様々な発明品を発表したり、講義をしてきた。

 世界に貢献し続けたのだ。

 そしてソレが終わる。


「端的に言えば、知恵比べだったんだよ。彼女を失ってからのこれまでの俺の人生は。全知的生物に対して、俺の存在が有意義な物であると証明し続ける。その必要があったんだ。タイムマシンを公共事業化するまではね。まあ、その後も知恵比べは続いたけど」


 何百万もの人々が挙手をする。

 その一人を真夜星は当てた。

 あてられた生徒は興奮冷めやらぬ様子で、続ける。


「先生! どうして有意義な物だと証明し続ける必要があったんですか?」


「良い質問だね。皆が聞きたいことを聞いてくれる、いい質問だ。だって人類にとって無意味になったらたった一度しか使えないタイムマシンに労力を注いではくれないだろう? 俺のエゴのために世界に何かをねだるのならば、それと同等のモノを世界に与えないといけないじゃないか」


「俺たちは先生がいること当たり前だし、先生のためならなんだってできるぜ!」


 そうだ、そうだ、と人々が口々に叫ぶ。

 彼らにとって真夜星は銀河史の父ともいうべき存在になっていた。

 銀河を統一してからも、様々な宇宙災害に対処してきたからだ。

 人は彼を救世主とも、現人神ともいう。


「それは君たちがいい子だからだね。けど世の中はそんなに甘くない。いや、平和じゃなかったというべきかな。銀河史の前半を読み解けば、あまりにくだらない『戦争』というモノが頻発していたのが分かるだろう?」


「殺し合いってゲームの中だけの話じゃないんですか? だってリソースの無駄じゃないですか?」


「ははは、そうだね。けどそんなことを分かっていながらも知的生物はなかなかやめられなかったんだ。馬鹿な話だよね。本当に。そのせいで、あの子は死んでしまった」


「けどせんせー! もう会えるんですよね!」


「そうだよ君たちが頑張ってくれたおかげで、ようやく会うことができるんだ。ようやく。ようやくだ」


「試運転はなさらないですか? 失敗したら取り返しがつかないじゃないですか」


「たった一度という約束だからね。私は決して約束を破るつもりはないんだ。もし彼女に会えなかったら、そうだね。きっと彼女と同じ天国に行けるだろうから、そんなにつらくはないかな」


 そういって、真夜星は一度目を閉じた。

 嘘だ。本当はつらい。

 けれど怖いのだ。もしタイムマシンが失敗したらと思うと。

 彼の理論は完璧だ。一万年間の研究と、数億回のシミュレーションで検証しても、一点の瑕疵もなかった。


 だからその通り行けば彼は彼女に会える。

 自分が二人いるという問題も完璧に解決する。

 だから大丈夫。


「先生、おれ、先生がいなくなるの、寂しいよ」

「ちょっと、やめなよ! 先生はこの日のためにだけに生きてきたんだよ!」


 真夜星は微笑んだ。

 

「ははは、ありがとう。寂しく思ってくれて。けれどそろそろ世界は私から卒業するべきなんだよ。大丈夫。ここから先は君たちだけで歩いていける」


 それにね、と彼は続ける。

 

「確かに今日という日のために生きてきたけど、いい出会いも沢山あったよ。いい人にもたくさん出会えた。だからありがとう。皆」


 さて、そろそろか。彼は呟く。

 エネルギーの充填は終わった。これだけで十年かかった。

 

「先生、私たち、また会えるかな?」

「おいおい。先生はな、ようやく好きな人と会えるんだぞ? 俺たちの世話なんざさせるべきじゃ――」

「会えるさ。俺は必ずもう一度世界をここまで豊かに、平和に、広げて見せる。銀河を統一してみせる」


 真夜星はいつかの会話を思い出しながらこう続ける。


「いや、今度は俺に匹敵する天才がもう一人いるんだ。もっと幸福にしてみせるよ。タイムマシンに誓ってね」


 そう言って彼はワープゲートをくぐった。


「また会おう。みんな」


 世界中の声が重なる。

 

『行ってらっしゃい、先生』


 そしてワープゲートをくぐって。



 □



 真夜星は一人タイムマシンにたどり着いた。

 巨大だ。惑星ほどの規模があるだろう。中心核の三十メートルのブラックホールを除いたこの鋼鉄の外殻は全て演算装置と重力制御装置からなっている。

 後はその外殻に開いた穴に落ちれば、タイムマシンは起動。肉体を高次元情報へと変換して、タイムトラベルは始まる。


「ようやく会える」


 一歩、踏み出す。

 二歩目は静かに。

 三歩目はない。


「さあ行こうか」


 自由落下が始まる。

 重力制御と演算装置によって真夜星の肉体が分解されていく。

 高次元情報へと成っていく。

 それでも真夜星の思考は維持されている。


「行け! そのまま行ってくれ!! あの子のもとへ!!!」


 彼の脳髄はただ一つで埋まっている。

 会いたい。

 例え一万年経とうとも。例え何万人から求婚されたとしても。例え銀河の王という座を捨てたとしても。

 死という運命が二人を阻もうとも。


「会いたいんだ……!!!!」


 これまで多くの者と物が彼の目の前に立ちふさがった。

 悪意、天災、戦争、無理解、差別、逆恨み。

 それでも――。






 





 





 ――貫きたい、『愛』がある。
















 彼は三次元上の全ての軛から解き放たれた。

 彼の強靭極まる意志力が、望む場所へと彼をつれていく。

 彼以外の何人も、このタイムマシンで望む場所へ行くことはできないだろう。セーフティとしてそのように作ったのだ。


 そして。



 □




 20XX年。

 スイス。セルンにて。

 莫大な光が発生した。

 ソレは物体を無害に透過していながらも、莫大な光量から地球全土を昼にした。

 これより七日間は後世の歴史に置いてこう呼ばれることになる。



 ――『祝福の七日間』と。




――――


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