第15話 夏祭り後半戦

「迷子、見つかったのかい? って、折本さんじゃないか」

「折本さんの弟君が迷子だったみたいなんだ。だから一緒に楽しまないかって連れてきたんだ」


 そう言うと真鈴は納得を顔に浮かべた。


「なるほど。折本さんの。確かに弟さんがいるとは聞いたことがあるね」

「? 知り合いなのか?」

「知らないのかい? 私と君に次ぐ、あの学校で三番目に頭のいい子だよ」

「そうなのか! 知らなかった」

「えへへ、お二人には及びませんけどね」


 そんな感じで喋っていると、友人たちとの待ち合わせ場所にたどり着いた。

 友人たちはすでに勢ぞろいしていた。各々食料の調達は済んだらしい。


「そちらは? って折本さんじゃないすか」

「美香ちゃん! 美香ちゃんも来てたんだ!」

「はい。お二人に迷子になった健を助けてもらって、その時に一緒に夏祭りを楽しまないかって」

「ちがうよ、お姉ちゃんが迷子になってたんだよ!」

「健。トイレに行っていたお姉ちゃんを、置いてったのは健でしょ?」

「だって佐紀ちゃんがいたんだもん」

「いくら好きな子がいたからって、迷子になっていたらダメでしょ」

「はーい」


 姉弟の微笑ましい会話を笑顔で見守っていると、花火が打ち上がり始めた。


「うえーい!」

「楽しくなってまいりました!」

「玉屋! 鍵屋! 玉屋! 鍵屋!」

「まだ花火は打ちあがってないでしょ……」


 はしゃぐ友人たちを微笑ましい眼で見ながら、俺たちも敷かれたビニールシートに座り込む。

 ほどなくして花火が打ち上げられた。色とりどりの炎が空を彩っていく。空を彩る炎の花は見る者たちを魅了していく。

 いいな。すごくいい。花火自体は自宅のマンションのベランダからも見れるけど、こうして友人たちとみるのは格別だ。

 

 一発打ち上がるごとに会場を感嘆の声音が震わせる。まるで花火と会場の人間が一つの楽器であるかのように、その轟音と歓声が俺の耳朶を打つ。

 来てよかった。素直にそう思っていると、ふと気づいた。

 弟君がいない。


「おいおい、元気すぎでしょ」

「そんなっ」

「探しに行こうか。また好きな子でも見つけたのかな」


 よっこいしょっ、と俺は立ち上がる。

 他の友人たちも自然と立ち上がっていた。


「一人だけ場所を守るために待機しといて欲しいんだけど、頼めるか。西表君」

「任せとけ。俺の巨体はこういう時のためにあるんだからな」


 というわけで相撲部の西表君に場所取りを任せて俺たちは迷子の弟君を探しに行くことになった。

 さてさて、無事に見つかるといいな。



 □



 佐紀ちゃんを離せ! という幼くも勇ましい声が聞こえてきた。

 方角は林の中だ。

 成るほど、ピンチのようだな。俺は駆け出す。全速力で。

 木々を軽やかに駆け上り、枝から枝へと飛び移っていく。まるで忍者のような挙動だ。

 そうしているうちにすぐに健君の下に到着した。


 その場には三人の大人と佐紀ちゃんらしき可憐な少女、そして地面に転がっている健君がいた。


「健君! 大丈夫か!?」

「ボクは、大丈夫。けど……佐紀ちゃんが!」


 彼女は腕を掴まれ、今にも連れ去られそうだった。

 女児誘拐犯どもというわけか。


「何だお前」

「怪我したくなかったら、そこの餓鬼をつれてとっと消えるんだな」

「いやいや、ここで殺っとかないとマズいでしょ」

「確かに口封じは必要だな」


 そいつらが構えたのは、大振りのナイフだった。

 ふざけた連中だ。あんなもので少女を脅したのだろうか。

 俺の拳に血管が浮かび上がる。


「そっちは自由にしていていいぞ。最低でも骨が折れる程度の怪我はしてもらうつもりだからな」

 

 憤激と共に一歩踏み込む。それだけで肉迫出来た。

 拳を振るう。怒りの乗った拳は多分これまでで最も重く、速かっただろう。

 

「ぶべらぁ!」


 大の大人が軽々と吹っ飛んでいく。木の幹に激突して、力なく倒れ伏した。


「なっ、何だこいつ!」

「お、思い出した! こいつ、コイツ『東のドラゴン』だ! 暴走族を単騎で捻り潰したっていう、あの!」


 げ、俺の黒歴史を知っているのかよ。

 学校にも居場所がなく、親戚が財産を狙ってきているで、無茶苦茶荒れていた時に大暴れしていた。その時着いたかっこ悪い異名が『東のドラゴン』だ。

 下手したらこの街の不良に対しては『時間の魔術師』よりも通りのいい名前かもしれない。


「ま、マジかよ……。こいつがどうなっても……!」


 少女に突きつけられたナイフを握りしめる。

 流れ出る血も気にせず、そのまま渾身の力を込めた。

 バキリ、と音を立ててナイフが粉砕される。


「へ」

「二発目!!」


 再び振るわれる拳。

 腹部に突き刺さったソレは、内臓に相当なダメージを与え相手の口から血液交じりの唾液を吐き出させる。

 そして先ほどの男と同じように吹っ飛んでいった。


「く、くそ!」


 逃げ出す男。

 それを見た俺は粉砕したナイフの破片を拾い上げ、投擲する。

 ビュッ、と鋭く空を切る破片は、男の足の腱に突き刺さった。


「ぎゃっ」

「さて。これで終わりにしようか」


 ゆっくりと男に歩み寄っていく。

 そしてそのまま拳を振り下ろす。

 顔面に突き刺さったソレは鼻を平らにした。


「真夜星! 警備員の人たちをつれてきたよ!」

「お、ちょうどいいところに。こっちも終わったところだ」


 血だらけになった右手を縛って止血をしながら振り返る。

 ソレが事の顛末だった。



 □



 男たち三人組は仲良く全治三か月である。当然警察官のお縄についた。

 佐紀ちゃんは健君に抱き着きながら大声で泣いていた。彼がいなくてはひどい目に遭っていたと分かっていたのだろう。

 俺も彼に感謝しなくてはならない。彼が佐紀ちゃんの悲鳴をいち早く聞きつけ助けに行かなければ今回の事件を見逃していただろう。

 

「ナイフを握りつぶすなんて、無茶しすぎだよ」

「いやーそうでもしないと子供が斬りつけられそうだったからさ」

「はぁ。君の性分は時に君自身を傷つけることになるんだ。ちゃんと気を付けるんだよ」

「ああ。もっと鍛えることにするよ」

「そう言うことではないんだけどなぁ」


 そんな感じで真鈴に治療してもらっていると、佐紀ちゃんの両親と思わしき人達がこちらにやってきた。


「ありがとうございます! おかげで娘が助かりました……!」

「何とお礼を言ったらいいか……」

「健君にもお礼を言ってあげてください。彼がいなくては、俺は間に合わなかったですから」


 ナイフを持った相手にあそこまで立ち向かうとは天晴な少年である。

 

「もちろんです。あの子にはいつも娘が助けられていますから」

「ええ。本当にいい子で……」

「それは良かった」


 そこから二三会話をして佐紀ちゃんの両親は彼女の下へと戻っていた。

 

「ありがとうございます、宗片君。おかげで弟が助かりました」

「敬語は使わなくていいよ。同い年だろう?」

「そうかな? それじゃあ普通に喋らせてもらうね。でも本当にありがとう。弟は少し向こう見ずなところがあるから、何度も危険な目に遭ってるの。今回なんか本当に死んじゃうところだったかもしれなかった」


 けど、宗片君が助けてくれた。と折本さんは安堵を表情に浮かべる。


「良いってことよ。しかし彼も危険な目に遭っているのか。なら体を鍛えることをお勧めしたいな」

「君並みに鍛えるのかい? 無茶だろう……」

「いやでも筋肉があって困ることはないぞ。マジで」


 俺と真鈴の会話をじっと見つめる折本さん。

 

「どうかしたか?」

「ううん、何でもない!」

「花火、終わってしまったね」

「コンビニで花火買って、それで遊ぶか」

「いいね。他の人たちにも提案してこよう!」


 というわけで俺たちの夏祭りは、延長戦を行うことになったのだった。

 そして延長戦はしっかりと楽しかった。




――――


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