第37話

「はー」


 大きなため息がその場に響く。


「きみ、私がいなかったら死んでたよ」

「大丈夫です。師匠が助けてくれると信じてたので」


 ぐっとアンドレアは親指を立てると、イヴに思いきり叩かれた。

 地面に落下するアンドレアを助けたのはイヴだ。箒に乗っていたイヴはアンドレアを拾い、安全に地面に下ろした。


 アンドレアが全力でイタチの頭上に飛んだのも、かならずイヴが助けてくれると思っていたからだ。この人は絶対に自分を助けてくれる。それがわかっていなければあんな無茶などするはずがない。


「勇敢なのと無謀なのは違うんだよ?」

「俺は勇敢ってことですね」

「誰だ、この子をこんな神経図太い子に育てたの」

「師匠なのだから、おまえなのだろう?」

「その通りだとも!」


 くそうとつぶやくイヴにアンドレアは口角を上げた。するとすぐにまた頭を叩かれた。

 結果無事だったのがからいいじゃないか。そう思うがイヴはそう思わないらしい。もっと慎重な子だと思っていたなどとぶつくさ言っているが、思っていたのと違うからアンドレアを置いていこうなんて考えがないことはわかっている。


「はぁ、私より弱いのだからもっと慎重に動いてくれ給えよ」

「はーい」


 イヴの言葉ににこにこと返事するアンドレアの姿を見て、イヴはまたため息をついた。


「? ホワライ、どうかしたのか?」


 呆れ顔のイヴを見ていると、ホワライが街の方を見下ろしていることに気がついてアンドレアは声をかけた。


「いや……あやつめ、視ておったなと思っただけだ」

「もしかして知り合いかなにかか?」

「ああ。先のあれも使い魔の一体。オレとは違う神に仕える使い魔仲間だ」

「えっ、じゃあ殴っちゃまずかったか⁉︎」


 先程のイタチはたしかに魔獣よりはるかに大きかった。人の言葉こそ話していなかったが、話す気がなかっただけなのかもしれないし、なによりホワライの仲間ならかなり失礼な態度をとってしまった気がする。


「いや、いい。あいつも本気で襲ってこなかったし、おそらくは主人に命令されてアンドレアの実力を測りにきたのだろう」

「お、俺の実力を? なんで?」

「仮にもオレと契約したからだ。使い魔オレと契約するに値する人物か品定めされたんだろう」

「勝手に品定めされてたのかよ、俺」

「まぁ、逃げたということは文句なしということだろう。よかったな」

「良いことなのかよくわかんねぇし」


 アンドレアは頭をかいた。よくわからないが、七柱のうちのどれかの神の生まれ変わりにさっそくアンドレアは試されていたらしい。

 神というだけあって面倒な性格そうだなとアンドレアは苦笑して、朝日を反射する神都の街を見下ろした。


「さすがにそろそろ帰ってもいいですよね? 魔力切れて結構きついんですけど」

「しかたがないから、帰りは私が箒に乗せてあげよう」

「ああ、助かります。これ以上の運動はしたくない。宿で泥のように眠りたい」

「かなり疲れたんだな、きみ」


 アンドレアの素直な気持ちを聞いて、イヴは苦笑した。イヴは影から箒を取り出してその上に腰掛けた。


「いやぁ、しかしなかなか面白いものが見れたよ。長生きはするものだね。アン、悪いがきみにはもう少し私の旅に付き合ってもらうよ」

「休んだあとでいいなら喜んで」


 魔力切れと運動して疲労が溜まった体が悲鳴を上げそうになりながらも笑顔でそう返すと、アンドレアは小さくも頼もしい師匠が差し出す手を取った。

 

 ◇◇◇

 

 小さな町の一角にあるパン屋の軒下に店主の女性を含めた三人が話をしていた。

 どこにでもある、のどかな町ののどかな風景。


「なぁ、知ってるか? どんな問題でもささっと解決してくれる魔術師たちがいるらしいんだ」

「魔術師? 魔法使いとはまた違うのか?」

「ああ、なんでも魔法とはまた違う不思議な術を使うらしいんだが……魔法なんかよりすごい技も使えるらしいんだ。魔法省所属の魔法使いに依頼してぼったくられることがあるらしいし……もし困ったことがあったら俺はその噂に聞く魔術師たちに依頼したものだなぁ」

「なんだいアンタ、困っていることでもあんのかい?」

「いや、今はねぇよ。もしあったら、の話だ」


 パン屋の軒先だけではなく、町全体が活気付いて楽しそうな人々の声が漏れていた。

 今日の夕食の献立に悩む女性。仕事の愚痴をこぼす青年。家の軒先に咲いた小さな花を摘む少女。そしてそれを微笑みながら見つめる少女の両親。

 たくさんの人混みの中から聞こえてきた話題の一つに、男は口角を上げて一歩前を歩く少女に声をかけた。


「俺たち魔法省より上かもしれないですよ」

「ふふん、当然だろう。私があんなしょぼいやつらより下なわけがないからな。実力もかわいさも折り紙付きだ」

「かわ、いさ……?」


 鼻を鳴らし、胸を張る女性に男が不思議そうに首を傾げると、女性はムッと口を曲げた。


「よし、荷物持ちくんには魔術無しでこれを持ってもらおう」

「ちょ、これ十キロはある鉱石じゃないですか! しかもそれが三つって、魔術のサポート無しじゃ無理ですってば!」

「私の弟子ならこれくらい簡単に持ってみせ給え!」

「ああ、もう、相変わらず俺のお師匠さまは無理を言う!」


 バシンと男の背中を叩いた少女に苦笑いを向けて、男は鉱石の入った袋を両手で担いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

荷物持ちと弟子、兼業してます 西條セン @saijou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ