第24話

 カイリが言っていた行方不明者は正確な情報ではないが数人ほど。先程の男性を含めて三人解放できたので、おそらくだが残り人数はそう多くはないだろう。

 アンドレアが球体を探して森の中を走っていると、なにかにつまずいてバランスを崩した。


「あっぶねぇ……」


 転びそうになったところを間一髪のところで耐えて、足元を見遣る。そこには盛り上がった木の根があった。これに足を引っ掛けてしまったようだ。


「……あれ、こんなのあったか?」


 木の上に気を配りながらも、ちゃんと足元も見ていたアンドレアは不思議そうに首を傾げた。前方を見た際、こんなに地面から飛び出した木の根はなかったはずだ。あったらそれを飛び越えようとジャンプする。


「急に盛り上がった……御者が言ってたのと同じだ」


 町に向かう間の馬車で、アンドレアは御者が言っていたことを思い出した。たしか御者も急に木の根が盛り上がってように見えたと言っていた。

 アンドレアを森の奥に引きずり込んだのも木の根っこだったので、やはりこの森に異常な動きをする木があるというのは間違いなさそうだ。

 試しにアンドレアは盛り上がった木の根に剣を振り下ろした。すると音をたてて木の根は切断され、森のより奥に近い方の根がするすると地面の中に潜り込んでいった。


「木の根は森の奥へと向かっているってことは、やっぱり原因の木は森の奥深くってこと、だよな」

「その通りだ」

「師匠!」


 アンドレアが原因となる木の位置を推測していると、上空から声をかけられた。イヴだ。


「道路の向かい側の森も探索してきたが、どうやら向こう側の森には異常は見当たらないようだ。間違いなく原因となるものはこちら側の森の奥にあるはずだ。ということで後ろに乗り給え」

「えっ、狩人たちの捜索はいいんですか?」


 イヴは上空から、アンドレアは地上から狩人を捜索していたはずだ。

 現に先程の狩人から友人を助けるように頼まれている。


「これといった原因があるのなら、ちまちま助けていくより先に諸悪の根源を絶ってから警察に任せた方が効率がいい。おそらく警察がこの状態で森の中に捜索していないのは今回の行方不明者多発になにかしら魔力的なものが関わっていると判断したからだろう」

「だからそれを俺たちが排除して、警察に捜索を任せると」

「ああ。たぶん警察は魔法使いの派遣を魔法省に申請している段階だろう。だがそれでは」

「間に合わない、と」

「その通り」


 友人を助けてくれと頼んできた狩人には申し訳ないが、たしかにイヴの提案の方が効率を考えるといいかもしれない。

 警察はこの事件の存在自体は把握している。しかし魔法かなにかが絡んでいるから、容易に捜索に乗り出せずにいるのだろう。

 だから魔法の使える魔法使いたちに応援を頼んでいる。しかしそれでは助けが間に合わない人が現れる可能性が高い。

 いくら森に慣れた狩人でも、水分だけで何週間も生きながらえるのはつらいだろう。魔法使いと支援課の到着を待つのは得策ではない。

 ならばアンドレアたちが先に原因を取り払って、警察に捜索を開始させる。そちらの方が捜索の人員も多いので森の中に散らばった行方不明者をはやく見つけられるはずだ。


「でもそこまで言うってことは原因の木がどこにあるのか把握できたってことですか?」


 イヴは原因が木であるととっくに推測していた。それでも一度アンドレアと別れて二手に別れたのはまだはっきりと断言できない状態だったからなのだろうか。


「森に起きた異常の範囲の捜索をもっと詳しくしたかったからね。詳しく調べてみた結果、さっきアンが言っていたことと同じ結論に至ったよ」

「……原因は、森の奥?」

「ああ」


 イヴは頷いた。

 アンドレアはイヴの後ろに乗りこみ、箒は上昇を開始した。そして森の奥、鉱山に近い方向まで一っ飛びで向かう。

 人が振り落とされない、しかし遅くない速度で飛べるのは腕がいい証拠だ。イヴの操縦の腕が悪かったらもっと時間がかかっていたに違いない。


「きみ、なにか失礼なこと考えてないかい?」

「まさか」


 難しい操作をさも簡単そうにやり遂げるイヴに苦笑して、目的地に近づいていく。心なしか、下に見える木々の色が変色しているように感じた。


「おそらくここだね」

「降ります?」

「ああ、木の根に襲われないように注意し給え」


 アンドレアとイヴは顔を見合わせると降下して箒から降りた。

 森の奥というだけあって、高い木々が太陽の光を遮り辺りは薄暗い。


「これは……腐食が始まっているな」


 イヴは箒を仕舞うと周囲の黒ずんでいる木に触れてつぶやいた。天高く育った木は立派な大きさだが、異常な色をしているということは植物に詳しいわけではないアンドレアでも一目でわかった。


「変色しているのは腐っているからなんですか」

「そのようだね。この辺はどうやら立地的に大地に自然発生した魔力が溜まりやすいようだ」

「魔力が溜まると木が腐るんですか?」


 アンドレアは地面に転がった枝を拾う。しかし黒ずんだ枝は少しの衝撃でパラパラと崩れてしまった。


「普通はそうそう起こることではない。けれどここに溜まっている魔力の量が異常に多いから、こんなことになっているんだと思う。さすがにいくらなんでも空中に漂う魔力濃度が高すぎる」

「魔力が溜まりやすい場所があるのは知っていますけど……そんなに多いんですか?」

「ああ」


 世間一般では魔力は人が保有している物というイメージが強いが、魔力というものは空気中にも混じっていて、雨が降りやすい立地があるように、魔力が溜まり込んでしまう立地もある。

 しかし普通はだからといってとくになにか問題が出てくるわけではない。魔法省の魔力について研究している研究員が嬉々として魔力を採取して研究材料にすることはあっても、魔力が溜まりすぎて木が腐り落ちるというのは初耳だ。


「これは魔法省に報告が必要な案件かもしれませんね」

「まぁ、めんどくさいことは彼らに任せるのがいいだろう。しかし問題は――」


 木の幹に触れ、地面の土をさらさらと触ったイヴが立ち上がったとき、アンドレアとイヴの間になにかが飛んできた。


「これを解決するのが先だな」


 イヴの足元には先程飛んできた、いやしなって攻撃してきた根っこが転がっていた。

 根っこが生えているであろう方向にまっすぐ視線を向けるイヴに倣ってアンドレアはそちらを向いた。


「これ……って、なんですか、これぇ?」


 するとそこには周囲の木々よりもはるかに直径の大きな木がまるで生き物のように木の根をうねらせてアンドレアたち狙っていた。


「魔力が溜まりすぎて魔獣ならぬ魔植物に変質した木だね! さぁ、サクッと片付けよう!」

「説明がアバウト! 解決方法に至っては教えてもくれないんですか⁉︎」


 片付けると言われても、片付け方がわからない。

 目の前に壁のようにたつ木は太く、目は無いというのにまるで睨んでいるように感じる。

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