第23話
文様を描き終わったのか、イヴは顔を上げると完成した文様に手を触れて魔力を流し込んだ。するとみるみるうちに球体の形をした木の根のようなものは枯れて、男性は自力で外に出た。
「た、助かった……ありがとう」
「かまわないよ。けどまた襲われると危険だ。きみはさっさと町に戻り給え」
「あ、ああ。でもアンタたちは」
「私は問題ない。もちろん私の弟子もな。ほら、さっさと行きなさい」
「わ、わかった。じゃあ、俺は先に戻ってるから、アンタたちも町に戻ってきたらうちに来てくれ。町の入り口に近い赤い屋根の家だ。お礼に妻特製の美味いジビエをご馳走するからさ」
「それは楽しみだな」
アンドレアたちはご馳走すると約束してくれた男性を見送り、森の奥の方へと向き直す。
「はやく帰ってご馳走になりましょう」
「そうだな、昼食には間に合わせようじゃないか」
アンドレアがイヴに箒を返すと、イヴは箒に乗った。その後ろにアンドレアも乗るように言われて箒に跨った。
「あの木の根が森の中で行方不明者を出した原因っぽいですね」
「ああ、ある程度の推測はできている。あとはあの木の根を操っている本体の木を見つけないとね」
「植物が勝手に動いて人を襲うとか怖すぎるんですけど」
「なに、たまにあることだよ」
「あってたまるかと思ったアンドレアです」
魔法使いが木を操って人を襲った、とは考えにくい。そもそも木を操る魔法など存在しない。魔法というものはもっと単純なもので、一度なにかを介して使うものではない。
仮にもしできたとしても魔法を使える人間がこの森で狩人を襲う理由がない。
なのでイヴの推測は正しいのだろう。しかし植物が人を襲うなど前代未聞だ。
「魔力とは摩訶不思議なものだ。おそらくその影響だろうね」
「師匠にもわからないこととかあるんですか」
「もちろんあるとも」
イヴの操縦で森の上を捜索する。アンドレアが視線を下に向けると、道路を懸命に走る先程の男性の姿があった。どうやら無事に森を抜けて町に向かえているようだ。
「あっ、師匠、あそこの木が不自然に動きました」
「では降りようか」
アンドレアが不自然に感じたところを指さすと、イヴは降下を始めた。ごそごそと動く葉の隙間に人の手が見えた。
「どうやら先程の男性同様に閉じ込められているみたいですね」
「さっさと腐らせるか」
イヴは先程と同じように退化魔術で狩人を解放した。脱出した狩人は目の前で不思議な技を使うイヴに放心していたが、ハッと気を取り戻すと自身の足で森の外へと走っていった。
「あの、師匠。俺、邪魔になってないですか?」
「邪魔? なぜそう思うんだ?」
「いや、いくら師匠が箒の二人乗りができても、一人で乗るより大変でしょう。俺は歩いて捜索した方がいいかと」
「カバンを無くした状態で二手にわかれると? きみ、自分の実力を測り間違えていないかい?」
「うぐ、なにも言い返せない」
「……まぁ、アンの言い分も一理ある。二手にわかれて捜索した方が早いだろうからね。けど……まぁ、あれを使うか」
「?」
イヴは一度地面に降りると、自身の影からなにかを取り出した。
「え、師匠の影って箒以外も入ってたんですか」
「はい、これをアンに貸してあげるよ」
そう言ってイヴがアンドレアに渡したのは銀色に輝く剣だった。
「……え、武器を持てと?」
「きみは退化魔術を使えないだろう。なら物理的に切るしかない。だが、あいにくと私の手持ちの刃物はこれだけだからね。この剣を使い給え」
「なに物騒なもの仕舞ってるんですか! これ、警察に見られたらまずいやつですよ!」
「だからずっと使わずにいたんだよ。けど、こういった状況になったんだからしょうがないだろう?」
「それは……まぁ」
人を助けるためなら仕方がない、のかもしれないが。残念ながらアンドレアは魔法省に入るための勉強はしても、武術などは習った覚えがない。素人にこんな立派な剣を渡すのはかえって危険にも感じるが、手持ちの刃物がこれしかないなら、やはりしかたがないのだろうか。
「なに、あの球体は動かない。丁寧に扱えば問題ないさ」
「そう、ですね」
アンドレアを襲った木の根は鞭のようにしなって足に絡まってきた。しかし狩人たちを閉じ込めていた球体が動いたり、イヴの魔術に抵抗する様子はなかった。
おそらくアンドレアや狩人たちを森の奥深くまで引きずり込んだ木の根とはまた別のものなのだろう。
「私は空から原因を探す。アンがは地上から狩人たちを見つけ次第解放してやってくれ」
「はい」
イヴはアンドレアに指示を下すと箒に乗って上空からの捜索に戻った。アンドレアは行方不明になった狩人たちは謎の球体に捕らえられていると判断して、枝の上に気を配りながら地上を駆けた。
「でも、なんで俺は球体に閉じ込められなかったんだろう……?」
アンドレアは木の根に攫われて森の中に引きずり込まれた。しかし他の狩人たちとは違い、球体の中に閉じ込められることはなかった。
「あっ、もしかして引きずられてるときに根っこを引きちぎろうと引っ張ったり叩いたりしたからか?」
本当は球体に閉じ込めるつもりが、アンドレアが意外にも抵抗したのでつい手を――いや、根を離してしまったのかもしれない。
「無力でも頑張ってみるもんだな」
とっさのことで魔術を使おうなんて考えには至らなかったが、多少でも抵抗した甲斐があったようだ。多少の怪我を負うことにはなったが、閉じ込められるよりは断然マシだ。
「誰か……そこにいるのか?」
「っ!」
アンドレアの足音が聞こえたのか、前方から声が聞こえた。おそらく囚われた狩人だろう。
「ちょ、っと待ってくださいね」
アンドレアは球体に囚われた狩人の姿を確認すると、イヴに借りた剣を背中に背負うように括り付けて木をよじ登った。
木登りなど子供のとき以来だ。懐かしさを感じるよりも、剣のせいでバランスを崩しそうになって肝を冷やした。
「切りますね。念のためにちょっと下がってください」
「あ、ああ。頼む」
狩人に少し下がるように言って、アンドレアは剣を構えると球体を切り始めた。
直径五センチメートルほどの根が何十にも絡まって球体状になっているため、人が一人通れるだけの隙間を確保するのに時間がかかるがしかたがない。
アンドレアは慣れないなりに頑張って剣を使って、狩人に当たらないように気を使いながら根を切っていった。
「た、助かった。もう空腹で空腹で」
なんとか数分かけて狩人が出られるだけの隙を作り、球体から脱出させることに成功したアンドレアは目の前でへたり込む狩人に声をかけた。
「だいぶ痩せこけていますね。いつからここに?」
「わからん。たぶん五回ほど朝日が昇るのを見たから、それくらい前からだと思う」
「よく生き延びられましたね」
「俺を閉じ込めてたこの植物、かじると多くはないが水分が出るからな。それを吸ってなんとか」
そう言って男性は苦笑した。頬は痩せ、体力もかなり奪われているようだ。
「一人で町に戻る、のは無理そうですね」
「ああ……ちょっと動けそうにない」
「じゃあ俺が背負って町まで」
「いや、それはいい」
「えっ」
男性はあきらかに疲労している。弱りきって一人では歩くのも難しいだろう。だがアンドレアの提案に首を横に振った。
「俺はちょっと休憩したら動けるようになるだろうから、きみには他の狩人たちを助けてもらいたい。実は俺の友人も行方不明になっていてね、たぶん俺と同じようにこの変な球体に捕らえられていると思うんだ。だから助けてあげてほしい」
「……わかりました。くれぐれも無茶はしないように」
「ああ、申し訳ないが頼んだよ」
正直なことを言うと、この場に男性を置いていくのは心配だ。しかし本人から友人を助けるように真剣な目で頼まれてしまったので、ここは彼の体力を信じるしかないだろう。
もしイヴが原因を突き止めたあとに、男性がまだこの場で動けずにいたらまた助けにくればいい。そう自分に言い聞かせてアンドレアは先に進むことにした。
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