第5話

「イヴさんって魔法使いだったんですか」


 地上と違って空を飛んでいるのは鳥くらいだ。悠々自適に上空を移動するイヴの横顔にアンドレアは問いかけた。


「違う。私は魔術師だ。ただ、あの場では魔法使いという設定の方がいいと判断したからわざと誤解を解かなかった」

「俺のことまで魔法使いって設定にする必要ありました?」

「いいだろう、べつに。子供たちに嘘をついてしまったと思うのなら、本当に私の弟子になればいいだけのことだ。私は普段は弟子など取らない主義だが……まぁ、たまにはいいだろう。きみを立派な荷物持ち魔術師にしてあげようじゃないか」

「立派な荷物持ち魔術師って」


 ふふんと笑うイヴの言葉に、アンドレアの頬も緩んだ。弟子になったとしても荷物持ちであることに変わりはないのか、とおかしく思ってしまったからだ。


「ふっ、やっと笑ったな」

「え」


 イヴの言葉にアンドレアは目を丸くした。もしかして、いや、やはりイヴは――。


「わざと吹き飛ばしましたね」

「もちろんだとも。私は魔法省の人間が、とくにああいう人種がきらいだからね」


 アンドレアの言葉にイヴは大きく頷いた。

 それはそうだろう。魔法使いの中でも箒の二人乗りは危険なので推奨されていない。できるとすればAランクの魔法使いくらいのはずだ。

 それくらい高度な飛行技術を持つイヴが間違えて人を吹き飛ばすなどありえない。


「ああ、でも勘違いしないでくれ給え。私は魔法省の人間が歩いているのが見えたからちょっと小突きに行ったんだ。荷物持ちくんたちがなんの話をしていたかは聞いていないからね」

「嘘が下手ですね」

「生意気な荷物持ちはここで落としてしまおうか」

「すんません」


 イヴがあの男を吹き飛ばしたのは魔法省がきらいというイヴの私情がなかったといえば嘘になるだろう。しかし三割はイヴの私情だとしても、おそらく残りの七割はアンドレアを庇ってくれたに違いない。


 不思議な少女だが、イヴが優しい子だということは疑いようもない事実のはずだ。少なくともアンドレアはそう判断している。

 現にアンドレアの言葉に口を尖らせてしまったイヴだが、アンドレアを本当に落とそうとなんてしていない。落とす素振りすら見せなかった。

 アンドレアの多少の軽口も、イヴは許容してくれる。

 なんていい主人、いや師匠を持てたのだろう。つらいだけが人生じゃない。それが嬉しくて、イヴの操縦する箒の上でアンドレアは表情筋を緩ませていた。


「森で降りるぞ」

「はい」


 町を出て、近くの森に入ってイヴは箒から降りた。そしてその箒を立てて持つと手を離した。


「⁉︎」


 イヴの手元から離れた箒は地面にぶつかって音をたてて倒れる――かと思われたが、なんとそのまますっと地面に吸い込まれてしまった。


「な、なにが起きたんです⁉︎」

「べつに、私の影に箒を収納したまでのことだよ」

「影に収納⁉︎」


 そんなもの、魔法ですらできやしない芸当だ。アンドレアは驚きで、しかし実際に目の当たりにしてしまったので開いた口が閉じずにいた。


「……え、てかそれができるなら荷物持ちいらなくないですか?」

「そんなわけないだろう。この魔術は結構高度な方の魔術なんだぞ。普段使いするのは面倒なんだ」

「へ、へぇ」


 そういえばまだ魔術がなんなのか聞いていなかった。

 こうして目の当たりにした以上魔術なんて存在しないと、イヴが嘘を言っていると疑うつもりないが、それでもやはり魔術の魔法の違いについて聞くべきだと思った。


「あの」

「わかってる。歩きながら説明しよう」


 アンドレアの思考はイヴにはバレバレのようで、徒歩で町へと向かいながら話をしてくれるそうだ。


「魔術について知りたいのはやまやまなんですけど……そもそもなんで俺たちは歩いているんですか? さっきみたいに箒で飛べばいいのに」

「人前で飛んだらまた魔法使いだと勘違いされる。すぐにあの町を出るとはいえ、魔法使いだという噂が広まったりしたらいやなんだ」


 なるほど、だからイヴは直接宿に戻ることはせずに本当に通りかかっただけの魔法使いに見せるために一度町の外に出たのか。アンドレアは納得して頷いた。


「箒で飛ぶことができるのはBクラス以上の魔法使いのみ。とくに箒の二人のりができるのはAクラス以上の魔法使いですから、噂になること間違いなしですね」

「そうなのか? 二人乗りあれくらいができないなんて魔法使いもたいしたものではないな」

「いや、Aクラスの魔法使いは相当すごい実力者ですよ。その分変人も多いけど。魔法使いの中でもAクラスレベルの者は一握り程度。ほとんどはBクラスやCクラスですからね」

「たしか……Bクラスとやらが階級としては一番多いんだったか」

「そうですね。魔法使いといえば大体はBクラスの人が多いです」


 魔法使いの階級は魔法省が決めるものだ。

 Aクラスの魔法使いは一番少なく、保持している魔力量や使える魔法の質が高い。

 Bクラスの魔法使いは人数としては一番多く、魔法の質や魔力量などはCクラスとたいして変わらないが空を飛べるかどうかでBクラスかCクラスか変わる。


 そして魔法使いを見て自分も空を飛びたいと憧れていた子供には悪いが、この魔力の保持量や空を飛べるかどうかなどは努力で補えるもの、というよりほとんど生まれつきの才能に左右される。

 貴族の子供だから魔法が使える。魔法使いの子供だから魔法が使える、なんてことはなく、平民でも貴族でも魔法使いの子供でも、魔法を使える者は使えるし、使えない者は使えない。

 身分に関係なく平等に、魔法使いの才能がある子供は産まれるのだ。


「魔法は階級があって面倒だな。昔は魔法使いかそうじゃないかの二種類だったのに」

「何十年前の話をしているんですか。あんた本当に何歳なんだよ……」


 魔法使いの階級は魔法省ができた数年後に生まれたものだ。もちろんアンドレアが生まれるよりもずっと前、ということになる。


「魔法は魔法でも黒魔法と白魔法があるし、魔術の方が汎用性があっていいと思わないかい?」

「いや、だからその魔術について教えて欲しいんですってば」

「そうだった、そうだった」


 イヴは笑うと指先をくるくると回して口を開いた。


「先程見てもらった通り、魔術は魔法とは異なる。魔力を消費することには変わりないんだが、それ以外がまったく違うのだよ」


 そう言ってイヴはしゃがみ込むと、自身の影から先程の箒を取り出してアンドレアに渡した。


「見てごらん。きみも魔法省で働いていたなら一度は魔法使いが使う箒を見たことがあるはず。それなら魔法使いが使う箒と、魔術師である私が使う箒の違いに気がつくだろう?」

「えーと」


 アンドレアは立ち止まって受け取った箒をまじまじと見つめる。箒自体はオーソドックスな、どこにでもあるような普通の箒だ。

 ぱっと見では魔法使いが使うものと違いがわからない。しかし唯一魔法使いの箒と違うところがあるとするのならば。


「箒の柄のところに変な模様がありますね」

「正解だ!」


 アンドレアの回答にイヴは満足そうに拍手を送った。

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