第3話

 ふふんと自慢気にしているが、見た目が少女な上に身長がアンドレアよりも低いので、どことなく幼さを感じてあまり頼りになる、という感情を抱けなかった。


「あの、魔術ではなく魔法では?」


 この世界に存在するのは魔法で、ごくごく当たり前のように日常に浸透している。

 人類のうちの三割にあたる人間はなにかしらの魔法が使え、残り七割は魔法を使えぬ者たち。

 全体的に見ると魔法が使えない者が多いが、それでもみんなが魔法というものの存在を認識しており、たとえ魔法が使えない者でも多少ならば魔力自体は保持している人も少なくない。


 アンドレアは保持している魔力量が少なく、魔法自体は使えないこともないが、唯一使えるのは自身に結界を張って身を守る防御魔法のみ。これでは魔法使いになることも叶わない。


「最近の子は魔術を知らないから面倒だね。じゃあ、ここで問題だ。きみが知っている魔法とはなんだ?」

「え」


 体格差の問題でアンドレアを見上げるイヴのまっすぐな瞳に、アンドレアは少したじろいで後ずさった。

 魔法とはなにか。そんなもの、誰もがみんな幼い頃に枕元で親に幾度と語られた絵本の物語だろう。


「魔法の原初は随分昔に神々が人類に授けた祝福ギフト、ですよね?」


 人類は元々魔力を持って、しかしながらそれを有効活用することなく生きていた。それをもったいないと感じた神々が目に見えぬ魔力を魔法という方法で有効に使えるように魔法の使い方を教えた。というのはあまりにも有名な話で全世界・全年代共通で知っていることだろう。

 いろんな出版社がこの話を元にした絵本を出していて、子供の寝かしつけで読まれる絵本の定番だ。


「いいかい、荷物持ちくん。魔術というのはね、魔法なんてものよりはるか昔から存在する由緒正しいものなんだ……まぁ、今でこそ魔術の存在を知っている者は少ない、というか知っている人全然いないし魔術使える人間なんてもう片手で数えられるくらい少ないけれど」


 どんどん語尾を小さくして、イヴはふいっと顔を逸らした。


「世の中も変わったものだね」

「あんたいくつなんだよ……」


 町中を棒を持って元気に走り回る子供、医院から出てきた治癒魔法を受けてきたのであろう男性、自分たちも魔法使いみたいに空を飛べたら買い物が楽だろうにと井戸端会議をしている女性たち。

 彼らを見つめて目を細めるイヴの哀愁を帯びた横顔に本音が漏れた。


「女性に歳を聞くのは失礼だろ?」

「それもそうですね。すみません」


 ふっと笑うイヴは機嫌を損ねた様子はない。むしろどこか楽しそうだ。


「ところで魔法と魔術の違いとは? 結局なんなんですか?」


 イヴが軽やかな性格で、ただ単にアンドレアを揶揄っている遊んでいる可能性はある。しかし魔術の話をするイヴの表情に嘘があるようには見えなくて、アンドレアは首を傾げて問いかけた。


「魔術と魔法の違い。それはやはり――」

「ああああああああ!」

「……なんだ、うるさいな」


 得意気に指を立てて解説をしようとしたイヴに邪魔が入った。

 ガタイの良い大男が悲鳴を上げながらイヴとアンドレアの間を駆け抜けて行ったのだ。


「あああ……」


 野太い悲鳴と男の後ろ姿が小さくなっていくのを横目にイヴはため息をついた。


「はぁ、気が削がれたな。なんだったんだ、あの男は」

「さぁ……なんだったんだしょうね?」


 男の姿が見えなくなった方向を見てイヴとアンドレアは首を傾げた。


「で、どこまで話――」

「待てぇっ!」

「……もうこの話は終わりにしようかな」


 ため息をつきながらも話を再開させようとしたイヴの言葉がまたまた遮られて、イヴは一度深いため息をつくと小声でぼそりとつぶやいた。

 イヴの話を打ち切ったのは随分ときっかりとした服装の若い男性だ。歳はおそらくアンドレアと同じくらいだろう。

 そんな彼が先程の男を追いかけるように大声で制止しながら町の中を走って行った。


「ま、まぁ……警察も自分の仕事をしただけですよ。気にしなくていいと思いますよ」

「いや、今日は厄日だな。話は早いとこ終わりにして私はもう宿に戻る。荷物持ちくんは好きにし給え」

「え……」


 どうやらイヴは二度も話を遮られたことで拗ねてしまったらしい。それだけ言うと本当に一人で宿に戻ってしまった。


「あの男と警察のせいで魔術がなにか聞きそびれてしまった……」


 アンドレアは頭をかいて悶々としていた。

 最初にアンドレアとイヴの間を駆け抜けていったガタイの良い男性はおそらくなにかしらやらかしたのだろう。そしてそれを若い警察官が追いかけて行った。

 そのせいでイヴから魔術の話を聞くことができず、この世には魔法とは別の、魔術なるものがあるという曖昧な情報だけを知らされてしまった。


「俺に魔術を使えって言ったってことは魔法適正の低い俺でも使えるもの、ってことなんだよな……?」


 気にかかるが、魔術について詳しいであろうイヴは宿に戻ってしまった。わざわざ部屋に訪問するのはさすがに気が引ける。


「図書館でも行ってみるか」


 イヴはアンドレアに好きにするようにと言った。それはつまり自由行動をしていいということだろう。

 アンドレアは荷物を自身の宿――イヴが用意してくれた部屋――に置くと、町人に場所を聞いて図書館に向かった。


「魔術……魔術……」


 図書館でなにかしら魔術に関する本を見つけられたら、そう思って図書館を訪ねたが、ハズレだったようだ。

 魔法についての本なら潤沢にあるのだが、魔術に関する本はどれだけ探しても見つからない。

 数が少ない、というよりも一冊もないのだ。


「子供でもわかる魔力について。魔法使いになるには。かんたんな魔術を使ってみよう」

「なんであのお兄ちゃん絵本コーナーにいるの?」

「さぁ? 大人も僕たちみたいに絵本を読みたいんじゃない?」

「うっ」


 大人が読む書庫になかったので、念のために子供向けのコーナーで魔術に関する本を探していると背後から子供たちの視線が刺さって、アンドレアは少し気恥ずかしさを覚えながらその場を離れた。


 結局のところ、子供向けの絵本コーナーにも魔術に関わる本は置かれていなかった。

 イヴが魔術について知っている人は少ないと言ってはいたが、これほどまでに資料がないとなると、本当は揶揄われていただけなのではないかという気持ちがふつふつと湧いてきた。

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