根岸の娘
讃岐屋の寮はそうした寮の中の一軒で、田畑に水を引き込むための用水路のわきに建っていた。
手代の
「豊松じゃねぇか。一体どうしたんだよ? それに、後ろの浪人やら相撲取りやらは何者なんだい?」
「おふせさん、こちらは
「ほうかい。おおかたアテにならないだろうけど、旦那様の肝いりとあっちゃあ仕方あるめぇ。どうぞ入っておくんなせぃ」
おふせはそう言って四人を中へと招き入れた。
門を潜るとささやかながらよく手入れされた庭になっている。
庭の向こうに一軒家が建っていて、大きさは並の百姓屋より少し広い。
座敷の
「おふせ、来客ですか?」
「お嬢様、豊松です。旦那様に言われて勿怪祓いの方々をご案内いたしました。
豊松が三人を紹介すると、お三智は清司郎たちをしげしげと眺めた。
「うーん、本当にこんな人たちで勿怪を祓えるのです? 和尚様でもなにもできなかったのに」
「和尚様って、
お榛がたずねると、お三智はこくりとうなづいた。
「そうなのです。勿怪が現われるようになってすぐに和尚様にご
「なるほど、それであたしたちにお鉢が回ってきたってわけか……。ご安心ください。勿怪はあたしたちが必ず祓ってみせます」
お榛はどんと胸を張って言い切った。
「それは頼もしい……では、だめもとでお願いするのです。豊松、決して目を離してはなりませんよ」
「はい、かしこまりました」
豊松に引き続き目付を申しつけると、お三智は障子を閉めて座敷に戻ってしまった。
清司郎はため息をつく。
「なあ、あれは一体どういうことなんだ?」
「表向き
お榛はきょろきょろとあたりを見回した。
「さて、それじゃあ
清司郎もあわてて探してみると、はたして井戸はあった。
庭のすみ、山茶花の木に埋もれるようにして、古い井戸が一つだけあった。いまでも使われている証に、井戸には真新しい板で蓋がされており、そばに置かれた釣瓶の中はまだ少し濡れていた。
「こいつは掘り抜き井戸だな。水虎のようなでかいやつが入ってこられそうか?」
谷川が蓋を開けて中を確かめた。
「大きさがどうだって、あいつらはどうにでも入ってくるよ。なにしろ、肩を外せるんだから」
お榛の言うように、河童には肩が外れても平気なものや、腕を切り落としてもすぐにくっついてしまうものがいる。水虎もまた、その程度のことはたやすくやってのける勿怪だった。
「うーん……それじゃあ、まずは井戸から入ってくると考えて、若先生はそっちの山茶花の影に隠れてて。で、谷川はもっと家に寄ったところね」
「お榛はどうするんだ?」
「あたしは、お三智さんと相談して決める」
お榛はいたずらを思いついた子供のように「にっ」と笑った。
「それから、庭の中に入ったら姿が見えるように、
「お、おう……」
清司郎と谷川が御札を貼って戻ってくると、お榛は
あまりにも声が低く、小さいため清司郎には呪文としか聞き取れなかったが、以前、お榛はこれを天狗の神通力で地脈に訴えているのだと言っていた。
しばらくすると、塀に貼った御札がわずかに
「これで、よし。水虎が入ってきても、姿を隠すことはできないはず」
すでに、夕闇が近付いていた。
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