第43話 指を曲げたら強くなれるよ

 怒りの濁流が消える。鶴屋は声を返す代わりに、物干し竿から手を離した。怒りに隠れていた恐怖と焦りが、ぽつんと胸に残される。


「天使は確か、おぬしの携帯を遠隔操作して……ほれ、何と言うのだったか……『アプリ』、か? あれを勝手に、おぬしの携帯に入れておった。然して、そのアプリより位置情報を抜き出して……ここから、確認せよと」


 コジロウはそう言って、袂から古い型のスマートフォンを取り出す。それは鶴屋が天使から受け取ったものと同じで、そう確認するや否や、鶴屋はスーツのポケットに手を入れた。天使から借りた端末ではない、自分のスマートフォンを取り出し、液晶を点けロックを解除し、アプリ一覧を呼び出す。


 リストを下へ下へとスクロールすると、見慣れないアイコンに行き着いた。「位置情報共有」と無機質に書かれたそれをタップし、アプリを起動する。と、「通信は切断されました」と無味乾燥なメッセージが映った。


 ゾ、と背骨の中心が震える。細長い指のような恐怖が、鶴屋の目の前を暗くする。


 コジロウは、このアプリによって鶴屋の位置を把握していた。さきほど天使が切断したのは、このアプリからの通信だった。コジロウも、天使も、隕石についた機械など、少しも使っていないのだ。


「のう、ツルヤ……おぬし」


 色濃い恐れを含んだ声で、コジロウは言う。


「一体誰に、左様なものをつけられたのだ?」


「あの」


 凛とした呼びかけに、鶴屋は視線を落とす。阿潟は床に横たわったまま、ビルの入り口を真っ直ぐに見ていた。


「誰か、来ましたけど」


 シャッターの揺れる音がする。コジロウの瞳がぬるりと動く。爪先から血の気が引いていくのを、鶴屋は確かに感じている。握ったままの隕石に、薄いシャッターが波打つ音に、全身の神経を撫でられている。


 少し前まで怒りが占領していた場所を、恐怖が埋めていく。鶴屋はそれに急かされるように、首を軋ませながら背後を、振り向いた。


 コツリと、硬い靴音がする。


「なるほど、良い場所だ」


 白い指をシャッターから離し、総長は静かにそう言った。


「喧嘩の途中だったみたいだね」


 静謐な湖水を湛える双眸が、鶴屋とコジロウを順に見る。


 その視線に、鶴屋はただ一個の、恐怖心の塊になった。自分自身の呼吸音が耳に、やけにくっきりと届く。廃ビルの薄暗闇の中、総長だけが淡い光を纏っていた。その光に晒されて、暗闇は濃くなっていく。


「総長」


 呼吸音の向こうに、コジロウの声がする。ひどく怯えた響きだった。阿潟が総長とコジロウを見比べる。鶴屋はただ、立ち尽くしている。


「なにゆえ、ここに」


 侍の問いに、総長は答えなかった。代わりにコツリとハイヒールを鳴らし、三人の元へ歩み寄ってくる。


 コツリ、コツリ。冴えた靴音に、鶴屋の呼吸は速くなる。モノクロの視界の中央で、総長の唇だけが赤かった。その眩しさに目を刺され、忘れていたはずの緊張と、逃れようのない記憶がふいに、呼び起こされる。


 あのとき、最後の課題を提示されたとき。確かに一度、総長に隕石を手渡した。


「コジロウ」


 赤い唇が開かれる。その動きにも、ほんのかすかな抑揚にも、感情は籠っていなかった。コジロウは肩を大きく跳ねさせ、物干し竿を腰に差す。鶴屋は少しだけ首の向きを戻し、侍の手の震えを見た。


「お前はなぜ、私のところに来なかったのかな」


 ハイヒールがまた、廃ビルの床をたおやかに叩く。それは、と発されたコジロウの答えは、もうそれ以上続かなかった。つんざくような静寂を裂いて、赤色がまた開く。


「鶴屋くん」


 鶴屋の呼吸の音が止まった。自分の怖れの激しささえ、鶴屋には確かめられなかった。それほどにぴったりと、恐怖に全身を包まれていた。


「お前はなぜ、その女の子を差し出さないのかな」


 あ、とか細い悲鳴が漏れる。答えられなかった。答えたところで意味はないのだと、本能的に理解していた。


 総長が背にした暗闇は、すべて彼女の一部に見えた。闇は彼女の腕であり、足であり、目であり、耳であり、身に纏う神秘だった。裏路地は、あの額縁の夜空よりはるかに、銀庄という人物を引き立てていた。その美しさを補強していた。彼女はまさに裏路地を従わせ、統べていた。


「もう少し待っても良かったけれど、お前たちはきっと、今のままでは決められないね」


 ヒールの音が止む。総長は瞼だけで俯き、阿潟を見た。阿潟は口角をピクリと引き攣らせ、声のない視線に対抗している。が、裏路地の王者は当然、怯まない。「宝くじの一等当選者」に悠然と歩み寄ると、その襟首を掴み、腹を支えて無理やり立たせた。そうして阿潟を抱えたまま後ずさり、鶴屋とコジロウから距離を取る。


 阿潟の苦しげな呻き声が聞こえ、鶴屋はハッとして足を踏み出した。しかし総長にひと睨みされると、足首が固まって動かなくなる。阿潟の襟が解放された。軽く噎せた後の涙目を、彼女は鶴屋の顔へと上げる。弱々しく、それでも芯を失わない瞳。


 鶴屋の胸が、握り込まれるように痛んだ。動け、動け、助けろ、助けろと、脳は激しく警鐘を鳴らす。だが体は汗をかくばかりで、指先すらも動かせなかった。全身を包む分厚い恐怖に、神経の一本一本を固められている。焦りに任せて抗ってみても、恐怖には穴すら開けられない。


 手の中にはまだ、ざらついた星の欠片がある。鶴屋はいつの間にか、それを強く握り締めていた。総長の期待に、コジロウの期待に、自分が応えられたもの。弱い自分にも力があるのだと、認められる素質があるのだと証明してくれたもの。鶴屋を強さへと、力ずくで引きずっていくもの。


 しかしその隕石は、いくら待っても光らなかった。青いバラを出現させたときのようにも、ニーナに指輪を嵌めさせたときのようにも、阿潟を連れてきたときのようにも、光らなかった。


 総長は阿潟の腹を押さえ、盾にするように構えている。阿潟が縛られた手を揺らしても、まるでびくともしなかった。泰然とした無表情が、鶴屋とコジロウを正面から刺す。


 鶴屋は奥歯を噛みしめた。眼前の目から、眉から、こけた頬から何かを読み取ろうとするが、できない。無表情の裏には確実に意図があるはずなのに、その影さえも垣間見られない。それでも何もせずにはいられず、どうにか内心を見透かせないかと目を凝らしたとき、ガシャ、と重い音がした。


 硬い床に、金属が落とされたような音。心臓が跳ねるのを感じつつ、鶴屋は凝らした目を、下げる。


 足元に、小型の拳銃が落ちていた。


「構えなさい」


 凪いだ声と同時に、ガシャ、ともう一度音がする。鶴屋の足元のものと同じ、黒く艶のない拳銃が、コジロウの草履の側へと滑った。


「ふたりで互いを狙い合って、覚悟のできたほうから、引き金を引きなさい。そうして生き残った者の願いを、私は必ず叶えよう。私の仲間に迎えてもいいし、この子を生きて帰したうえで、内定を取らせてあげてもいい」


 その説明は鶴屋の頭に滑らかに染み込み、だからこそ、心を深く混乱させた。床の拳銃を中心にして、世界がぐるぐると回り始める。思考が真っ黒に染まって止まる。ほんの数秒先の未来さえ、切断されたように見えなくなる。


 拳銃の構え方も、撃ち方も、鶴屋は知らない。それでも銃声の乾いた響きと、傷から流れ出す血の赤さは、脳裏にくっきりと蘇ってきた。


「総長」視界の外から、侍の声がする。不自然な抑揚に動揺が聞こえた。「そ、それは」


「弱い子に、居場所は与えられないよ」


 コジロウの主張は、音になる前に叩き落とされた。総長の口調はやはり静かだが、濃霧のような力強さを孕んでいた。


 世界の回転が激しくなり、鶴屋の目の中で薄暗闇がチラチラ光る。右も左も、前も後ろも、ここが地球のどこなのかすら、分からなくなる。


「この世を生き抜きたいのなら、きちんと強くなりなさい」


 どこにあるのかも分からない耳に、声が届く。鶴屋は後ずさろうと右足を下げた。すると足の側面に、銃口の感触がぶつかる。その硬さに視界の光が消え、世界の回転が止まる。目の前の現実に体が、心が、引き戻される。


「構えて」


 低く澄んだ声。現実の重力が一気に、鶴屋の肩に圧し掛かった。


 構える。銃を、構える? 構えて、狙う? 撃つ? コジロウを? 


 信じられなかった。信じたくなかった。この状況がすべて嘘で、あのシャッターの亀裂から逃げ出せば、あたたかい毛布の中にいるのだと思いたかった。だが喉を通る空気の埃っぽさも、粘膜が渇く感触もすべて、あまりにもありありと感じられる。これが夢や幻覚でないことは明らかだった。


 と、目の端に、黒いシルエットが割り込んでくる。鶴屋はゆっくりと首を回して、正面を向く。


 コジロウの構える銃口が、鶴屋の額を捉えていた。


 呼吸が止まる。向けられた銃口はどこまでも暗く、これまでに見たどんな黒よりも黒かった。呼吸を取り戻そうとする。だがどうしても、空気の吸い方が思い出せない。頭の芯がぼんやりとする。部屋が焼けるように眩しくなり、また一瞬で暗くなる。破裂しそうな心音は一秒ごとに大きくなり、やがて部屋全体が脈打っているかのようになった。銃口に意識が吸い寄せられて、奥にあるはずのコジロウの顔を、どう努力しても見られない。


 ―殺される。


 鶴屋は銃口を見つめたまま、隕石をポケットに仕舞った。腰をかがめ、足元の金属を片手で掴み、持ち上げる。拳銃は想像以上に重く、手首の筋肉が悲鳴を上げた。グリップを固く握り、もう片方の手も添える。両手で支えると銃身は辛うじて安定したが、まだ小刻みに震えてもいた。


 肘を伸ばす。慎重に、腕を上げていく。高さに比例して増す重量を、肩で無理やり受け止める。向けられた銃口のほんの少し上で、腕を止めた。空気を慎重に吸う音が、自分自身の耳に届く。取り落とさないよう細心の注意を払いつつ、グリップを握り直す。二度、三度、指の位置を調整して、結局しっくりくることもないまま、引き金に指をかけた。


 ふたりの銃口が、互いの額を狙い合う。


 殺される。こちらから撃たなければ、殺される。自分も、おそらく阿潟も、この世から消える。殺される。殺される。パニックを抑えようとして、神経を正しく動かそうとして、鶴屋は脳内で何度も唱えた。


 殺される。撃たなければ、殺される。阿潟を守りたいのなら、強い自分になりたいのなら、この引き金を引かなければ。求められているものに応えて、集団に属したいのなら、その力で強くなりたいのなら、覚悟を決めなければならないのだ。


 目の前の男を、殺さなくてはならないのだ。


 それでも銃身の震えは止まず、目の焦点をコジロウに合わせることができない。向かい合う顔を、見ることができない。


 コジロウの言葉は、きっと真実だったのだ。自分は本当は、変わりたいとも思っていない。強くなりたいわけでもない。弱いまま、努力しないまま社会に認められるときを、雛鳥のように待っているのだ。


 責任なんて背負いたくない。覚悟だって決めたくない。弱い自分を、誰の利益にもならない自分を、無条件に受け止めて支えてほしい。そうしてなんとなく強くなれたような気がしたままで、怯えることなく生きていきたい。それがきっと、自分の本心だ。


 とはいえそうはできないことも、当然知っている。強くならねばならないときが、人生の中には必ずあるのだ。自分の弱さを分かっていても、開き直ってはいられないときが。大切な何かを守るため、この世の中を生きていくために、強くならねばならないときが。


 その事実からは逃げられなくて、それを痛いほど分かっているから苦しくなる。その苦しみから逃れるために、安易な力を手に入れたくなる。


 それでも今は、強くならねばならないときだ。


 引き金にかけた人差し指に、力を籠めようとする。だが指の付け根が引き攣るばかりで、関節はまるで曲がらなかった。廃ビルに広がる静寂と、そこにあるはずのコジロウの目と、背後にあるはずの総長と阿潟の目と、銃口の暗闇に急かされる。


 しかしそのまま、時間は過ぎていく。三分か、四分か、それ以上か、あるいはたった数十秒かもしれない。だがいずれにしろ鶴屋にとっては果てしなく長い時間が過ぎて、それでも鶴屋は生きていた。コジロウもそこに立っていた。


 銃口は黒さを保ったままで、弾を吐き出す気配を見せない。指を曲げようと繰り返し繰り返し試みても、関節はまるで言うことを聞かなかった。焦りが焦りと感じられなくなり、苛立ちが恐怖にとって代わられ、その恐怖にも麻痺していって、もはや五感すら失われかけたとき、声がした。


「あのときの問いに、答えてくれぬか」


 突然の要請に驚いて、鶴屋は瞬きする。そこでようやく、対面の顔を見ることができた。コジロウはかすかに眉根を寄せ、紙のように白い顔をしている。よく見れば、相手の銃口も震えていた。


「おぬしはなにゆえ、内定を得たい?」


 続く声は嗄れている。極限状態に置かれた脳が、意外にも素早く記憶を呼び出した。自然公園の丘の上。弁当を食べながらコジロウは確かにそれを訊ねて、鶴屋は答えなかった。


 しかしなぜ今、そんな質問をするのだろうか。こちらを油断させるつもりか? 不安と恐怖が思考を圧迫する。しかし、無視する余裕も、嘘をつく余裕もなかった。答えなければ、ここで撃たれるかもしれない。現実感のない危惧に駆られて、口を開く。


「い、生きていく、ため」


 鶴屋の声もまた、嗄れていた。舌も喉も、ひび割れたように乾いている。だが、声を止めるのも怖かった。


「俺は強くない、から。集団の中に入って、守られて、しゅ、集団の力を借りて、強く、ならないとたぶん、生きられない……と思って。だから内定を取って就職、したいんです」


 コジロウは、すぐに返事をしなかった。鶴屋を真っ直ぐに見据え、二、三秒ほどの間を取ってやっと「左様か」と口を動かした。そして、それきり何も言わなくなる。


 どちらの引き金も引かれることはなく、廃ビルに沈黙が戻った。一度会話をしたせいで、その静けさがひりひりと痛む。耐えかねた鶴屋は喉を開いた。


「あ、あの俺も、訊いて、いいですか」


 侍はやはり何も言わない。しかし鶴屋には、再び確認する勇気もなかった。沈黙を無理やり肯定と捉え、舌を回す。焦りの実感がまた帰ってきて、早口になった。


「コジロウさんは強くなって、み、認められたらどうしたいんですか。ていうか、何か、したいことがあるんですか?」


 コジロウの瞳が揺らいだ。視線が一瞬左に逸らされ、戻る。「それがしは」と発された声は明瞭だったが、明らかな動揺を含んでもいた。鶴屋は深く息を吸う。銃身の震えはやや小さくなり、それでも引き金は引けない。少ない唾を飲み込むと同時に、答えが出される。

「美味い飯を、たらふく食いたい」


「……美味い飯」


 繰り返しつつ、返す言葉を注意深く選ぶ。コジロウの逆鱗に触れないような、なおかつあわよくば、彼の戦意を失わせられるような……と考えはしたが、到底思いつけそうになかった。結局思ったそのままのことが、飾られもせず口から出ていく。


「い、今の飯じゃ駄目、ですか」


「駄目だ」


 きっぱりとした三音に、鶴屋は思わず後ずさる。が、弾丸は飛んでこなかった。コジロウの顔を改めて見る。決然とした声とは裏腹に、侍の表情には焦りがあった。下がった眉尻がぴくぴくと動いている。


「今の飯など、さほど美味くもなかろうが。それがしが食いたいのは……そうだ、あの、おぬしと食うたラーメンのような、ああいう美味い飯だ」


「ラーメン? あ、あぁ」


 銃口の手前に、いつかの光景が蘇る。白い湯気を上げる味噌ラーメン。総長にバラを献上した後、コジロウと食べに行ったものだ。若干古びた店構えには雰囲気があり、艶のある麵と大きなチャーシューに食欲をそそられた。だが、肝心の味は思い出せない。銃のグリップを握り直し、指先の震えを誤魔化そうとする。


「確かにあれはあの、美味かった……かも、ですよね」


「『かも』?」


 眉の動きを止め、コジロウは鶴屋を睨んだ。鶴屋はとっさに息を止め、グリップを握る力を強める。しかしまだ銃声は上がらず、侍の口が怪訝そうに歪むだけだった。


「かも、とは何だ、かもとは。よもやおぬし、あの味を忘れたのではあるまいな?」


「え、と、いやあの」


「信じがたきことよ。あれを覚えておらんで、一体何を覚えておるのだ?」


 言い訳の暇さえ与えられず追撃される。コジロウの語気は強くなり、銃口の暗さが増した。鶴屋はまた後ずさりかけ、堪える。それでも冷や汗は滲み、背筋がぶるりと大きく震えた。侍は整った両目を細め、鶴屋を睨み続けている。


 何か、何か言わなければ。侍が引き金を引く前に、何でもいいから声を出さなければ。しかし言い訳は思いつかず、直前の問いに縋る他なくなる。


 一体何を覚えておるのだ? それはおそらく言葉通りの質問ではなかったが、答えることで間をもたせたかった。覚えているもの、美味かったもの。


 考えるほどの時間も余裕もないまま記憶を遡り、手応えなく一か月ほど前まで戻ったところで、ひとつの皿が思い浮かんだ。その内容を吟味することもなく勢い任せに、声を出す。


「い、炒め物」


 コジロウの目が見開かれる。だが鶴屋は依然銃口だけを見つめながら、舌を動かした。

「あ、あのもやしと、ちくわの、えと隕石の、隕石の落ちた日に食べさせてもらった、あれ……覚えてて。あのときめちゃくちゃ腹、減ってたので、ありがた、くて」


 失速した語尾が、曖昧に消えていく。後に残された静寂の重さに、鶴屋は思わず目を瞑った。しかし、銃声は聞こえない。額に衝撃も訪れない。


 やがて目を閉じているのも怖くなり、瞼をゆっくりと上げていく。と、銃口が大きく上下に揺れていた。コジロウが、グリップを何度も握り直しているのだ。


「たわ言を」


 薄い唇が短く動き、閉じる。もぞもぞと動くその口角を見てから、鶴屋はわずかに視線を上げた。侍の目には、不自然に力が入っている。そのうえ瞼は忙しなく瞬いていて、どういうわけか泣きそうに見えた。


 その不可解な表情にたじろぐ。コジロウは怒ってはいないようだったが、落ち着いていないのも明らかだった。困惑に気を取られ、グリップを握る力が緩む。慌てて銃を構え直すと指先が金属の冷たさに触れ、ふと、我に返った。



 自分は今、コジロウを認めたのではないか?

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