ラタキア・遭遇戦(後編)
帝国の東の山脈から流れてくる「紅河」。帝国最大の流域面積を誇るその大河が大きく南へ曲がる外周に沿う形で港湾都市、ラタキアはあった。
そして、そんな街から白昼でも分かるくらい黒い煙が幾本も立ち上っていた。一体、何が起きてるんだ。分からないが、とりあえず、ラタキアを目指して道なりを馬車で進む。
「……ロイル、誰か、追われてる」
今度はユノが見つけた。
ラタキアから逃れるように、一騎の馬が紅河上流へ向け走っていた。
後ろからは数騎の馬が――って、続々と出てきたな。
シンシアが額に手でひさしを作り、背伸びしながら言う。
「逃げているのは女の子でしょうか。ドレスを着ているみたいですし。ちょっと待ってください、後ろのあれ、帝国軍じゃないですか!ロイルさん、帝国軍ですよ!……ロイルさん?」
シンシアに肩を揺すられるも俺はうまく反応できないでいた。
逃げる少女に視界のフォーカスを合わせたところ、彼女のステータスが脳裏に浮かび上がったのだ。つまり、少女は姫ユニットということになる。そして、そのステータスというのが次の通りだ。
+――+――+――+
名前:フェリス・エルドラード
所属:エルドラード伯爵家
統率:38、武力:37、政治:39、知略:25
特技:豪運、幸運
+――+――+――+
能力値、ひっくと思ったね。最弱じゃん、と思ったね。だって、数値が「50」以下で「愚鈍」なんだ。4つ全てが愚鈍ってなかなかない。だが、彼女の名前と所属を見て、それから「特技」を見て、俺の顔がみるみる真顔になっていった。
「タナトス戦記」では通常、エルドラード伯爵家に姫ユニットの娘はいない。そもそも姫ユニットはゲーム開始時にランダム生成されるから、広い帝国の中のエルドラード伯爵家にピンポイントで配置されるのはかなりの低確率だろう。だが、ゲームが現実となったこの世界でそれが起きてしまっていて、彼女というイレギュラーな存在が引き金となって今回の俺が未知のイベントが引き起こされたのだろう。
それにしても注目すべきは彼女の「特技」だよなあ。
「『豪運』、『幸運』のコンボはやばぁい……」
「ロイル殿!どうする!助けに行ってもいいだろうか!」
「クレア、行け!行って来い!あの激強ラック持ちの姫ユニットを何が何でも確保するぞ!しかも、あいつ、エルドラード伯爵家の娘だ!」
「……む、貴族ということか」
今の今まで馬上でそわそわしていたクレアが動きを止め、顔をしかめた。おい、貴族アレルギーも大概にしろよ。
「クレアっ!お前は今、馬の首に必死にしがみついて逃げている娘を、貴族だからという理由で助けることをやめるのかっ!お前の理想はその程度だったのかっ!」
「ッ!!!ロイル殿!私が間違っていた!私の剣は弱き者を守るためのもの!貴賎による差などない!」
クレアは剣を引き抜き、堂々と宣言する。
「騎兵は全騎、私に続け!――こーん!!!」
「「「「こーん!!!!!」」」」
クレアと5騎の彼女たちは高らかに鳴いて駆け出した。
シンシア、そんな微妙な顔をするんじゃない。クレアは「お狐隊」にちょっと染まっちまったんだ。
「ま、まあ、クレアが足止めしてくれるだろうから、俺たちはあの姫ユニットの進行方向に回り込もう」
「そーですね……」
突撃し離脱、再び突撃するたびに聞こえてくる「こーん」ボイスを聞きながら、俺たちはうまく回り込むと、馬車の前方に兵士ユニットを展開し待ち受ける。そこへ、フェリスという名の姫ユニットが近づいてきたが、彼女は疾駆する馬の首にしがみついているだけでまったく前を見てない。
「ユノ、あれ、どうにかできるか」
「……ん、任せて」
ユノが馬車の御者席から飛び出す。人とは思えない足の速さで一瞬のうちにフェリスの馬に近づくと飛び乗って手綱を握る。馬を落ち着かせてこちらへ戻ってきたところで、フェリスは今の状況に気づいたらしく、ぱちくりと瞬きしながら辺りを見回す。そして俺に視線を止めた。
「帝国軍か……」
「一応、あんたを保護したつもりだ。危害を加えるつもりはない。同じ帝国軍に追われていたあんたに信じろというのは酷かもしれないが」
「いいや、信じよう。そなたからは黄金の匂いがするのでな」
彼女はそう言うとすん、と鼻を鳴らす。
黄金のにおい?は分からないが、とりあえず不審を抱かれてないのなら上出来だ。俺はどうしてもこの姫ユニットを配下にしたいんだ。
「それで、一体、何があった?」
フェリスはぎゅっと唇を噛み締めた。
涙をこらえ、声を押し殺すようにして答える。
「謀反だ……妾の父上が弑逆された……」
それからフェリスは振り返ると、指を差し一点を睨みつける。
ちょうど役目を果たし終えたクレアたちがこちらの隊列に合流していた。その後ろから相手方の隊が近づいてきていて、その中の最も身なりのいい男が馬を操り前に出てきた。
「あやつだッ!ラタキア代官、ブラインが妾の父上の仇ッ!!」
ブラインと呼ばれたその男はフェリスを一瞥しただけで無視すると、俺を値踏みするように見てくる。彼は馬上弓術に自信があるのか、弓を背中に装備していた。
「貴様がこの得体の知れない仮面を被った部隊の指揮官だな?」
得体の知れないって……兵士ユニット(お狐隊)は帝国軍の主力だぞ?
なんでこうも物を知らないやつばかりなのか。
まあ、いい。
「ああ。俺がこの隊を率いている帝国軍将官のロイルだ」
「そうか。では、そこにいる女をこちらへ渡してもらおうか」
「ちょっと待てよ。あんたも将官で、この激強ラックの姫ユニットを配下にしたいのは分かるが、やり方が最低だ。配下にするために、『脅す』のコマンド選択は下の下ってのは当たり前だろうが」
「配下?貴様、何か勘違いしてないか?そこの女は殺すのだ」
「はぁあああ!?殺すぅううう!?」
いや、マジでこのおっさんの頭、どうなってんだ。
フェリスという姫ユニットは領地繁栄の鍵を握るってのに。
だが、とりあえず、こいつと俺とでは相容れないことは明らかだな。
「フェリスをお前のような奸賊に渡すことはないっ!」
「ほう、渡さないと言うのだな?」
「ああ!」
「そうか。――ならば、死ねッ!」
ブラインが背中の弓を構えて矢を射ってきた。あまりの洗練された自然な動作に俺は反応さえできなかった。鈍色に輝く鋭利な矢じりが俺の額へまっすぐに迫ってくる。このままだと俺は一瞬のうちに討たれるだろう。
だが、俺には絶対最強の護衛がいる。
ユノは先程までフェリスの背後で手綱を握っていたにもかかわらず、気づいた時には俺の前にいた。さすが頼りになる、ユノなら剣で矢を弾けそうだと思っていたら、ユノは飛来してくる矢を素手で握り掴んだ。
そして、そのまま振りかぶる。
「……お前が、死ね」
ユノによって投げ返された矢は猛烈なスピードでブライン某の額に貫き刺さった。彼は落馬し動かなくなる。
「ユノ、ユノ……ちょっと手を見せてごらん」
敵味方が沈黙する中、とてとてと近づいてきた彼女にそう声をかける。
ユノは首を傾げながら両手のひらを見せてくる。
わあ、きれいなおてて。君の肌はタングステンか何かでできているのかね?とりあえず、ユノはかわいいなーってことで頭をなでておく。
ようやく我に返ったらしく、相手方が指揮官が討たれたことに動揺し、慌てふためいている。今のうちにそそくさ撤退しておこう。フェリスもちゃんと連れていかないと――って、あーあ、フェリス、唖然としてるじゃん。そりゃあ、自分の父親の仇があっけなくご退場になってしまえばそうなるよ。すまんな、うちの護衛はバグってるんだ。
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