ラタキア・遭遇戦(前編)

 俺たちのコペルへの旅路は終盤に差し掛かっていた。

 帝都を出発した時と比べて馬車の周りがにぎやかになっている。

 クレアの要望に従って兵士ユニットを増強したのだ。歩兵30人、長槍兵5人、弓兵10人、騎兵5人の計50人。これ以上は1ヶ月、1人、1金(=大銀貨5枚)という維持費が馬鹿にならないので、コペル近郊についてから改めて生成することになった。

 当のクレアはというと、自分の馬を買って騎乗し、兵士ユニットを率いている。その様はさすが姫ユニットなだけあって彼女は美人なので、実に絵になる。うん、眼福。


「ロイルさんー、クレアさんをえっちな目で見ないでくださいー」


 俺は今、ユノと並んで馬車の御者席にいるのだが、後ろから顔を出したシンシアがこちらへジト目を送ってくる。彼女は少し前のちょっとしたハプニング以降、俺のことをえっちなお兄さんだと決めつけて警戒しているのだ。まあ、全否定はできないが。


「俺のこの目を見ろ。すがすがしい程に澄みきっているだろうが」

「えー、そうですかね?」

「……ロイル、ユノならえっちな目で見ても、いいよ?」

「ユノさん!そんなこと言ったら駄目ですよ!ロイルさんにパクっと食べられちゃいます!男はみんな狼さんなんですから!」

「さすがにユノには手を出さんわ」


 その後しばし、シンシアによるユノへの情操教育が続いたが、それを終えた彼女が口元をほころばせる。


「次の目的地はラタキアですね」

「嬉しそうだな」

「はい!なんと言ってもラタキアは帝国でも有数の経済規模を誇る領地ですから!帝国南部の産物が紅河を通って船でラタキアに集まります。そして、そこから帝国全土へ輸送されるんです。だから、ラタキアの市場はすごい賑わいって聞いています。ロイルさん!視察、行ってもいいですよね!」

「分かったから、落ち着け。ラタキアには数日滞在する予定だから、存分に視察すればいい」

「ありがとうございます!その間、ロイルさんはラタキア領主のエルドラード伯爵様とお会いになるんでしたっけ?やはり、コペル攻略後はエルドラード伯爵様にコペルの代官に任命してもらうのですか?」

「ああ、そのつもりだ」


 ここでイリアス帝国の領地関連の話をしておこう。

 イリアス帝国では領地は貴族が皇帝から拝領する。だが、彼ら貴族は働いたら負けだというニート的精神を持っている。それが貴き階級ってやつらしい。だから、貴族は帝国軍から代官を選び、領地の経営を任せる。代官の資格があるのは俺のような帝国軍将官である。つまり、領地の実権は軍にあるわけだ。こうなると貴族はいらないのでは?と思うかもしれないが、帝国軍のほとんどの者は平民である。ゆえに、軍だけでは権威が足らず、平民をうまく治めることができない。具体的には税権の執行の際、反発されたりする。よって、貴族が代官を任命するという権威づけのプロセスが必要なわけだ。

 さて、帝国暦220年の現在。皇帝の威光が年々失墜しており、その辺が2年後の動乱につながるのだが、それはさておき、本来なら皇帝から領地を拝領するところを、貴族と軍が先に領地を支配した後で、皇帝に追認させるということがまかり通っている。今回、俺はこれをするわけだ。俺がコペルを陥落させて、ラタキア領主のエルドラード伯爵に俺をコペルの代官に任命してもらう。その後で、エルドラード伯爵は皇帝にラタキア兼コペル領主と追認させるという流れだ。その辺の交渉をしに、今、俺たちはラタキアへ向かっているのだ。

 この辺の話は「タナトス戦記」だと、「交渉」ボタンを数回ポチれば終わったのに、現実はめんどうだなーとため息をついたら、シンシアが勘違いしたらしく難しい顔で。


「そうですよね、クレアさんのことは心配です」

「クレア?……ああ、コペルの代官のために貴族と連携することか。いくら貴族に思うところがあるとはいえ、こればかりは仕方なくないか?」

「だから、了承したじゃないですか。複雑な顔をしてましたけど」

「つってもエルドラード伯爵っていい貴族だぞ」

「確かに金満家ではありますが、悪い噂は聞きませんね。ちなみに、いい貴族の根拠はなんですか?」

「ラタキアの『民心』が高いんだ」

「うわっ、出たました。ロイルさんの謎知識」

「帝国軍将官の常識の間違いだろ」


 帝国軍将官なら誰でも皆、領地を直接目にすると、領地のステータスが確認できる。領地の人口や発展レベルなどの他に、民心というパラメータがある。民心はどれだけ領地の民に支持されているかを表す指標で、そこを治める領主や代官が圧政を敷たり暴虐を働くと、どんどん民心が下がっていく。下がりきると、民衆の反乱イベントが起きる。

 実を言うと、エルドラード伯爵は「タナトス戦記」のネームドの貴族で、彼が領主のラタキアは常に民心が高い数値で維持されている。だから、現実となったこの世界でも同じはずで、そういうわけで、関係を結ぶならエルドラード伯爵一択だったのだが。


「ロイル殿っ!」

 

 兵士ユニットを率いていたクレアが馬車の近くまでくると、慌てた様子で一方向を指し示す。


「あれを見てくれ!ラタキアから火の手が上がっている!」


 は?そんなイベント知らないんだが?

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