岸信周という男

「織田軍の皆様。お待ちしておりました」


 次の日の夜。俺達は、斎藤軍に奇襲されることなく、加治田城にたどり着いた。


「待たせたな」


「加治田城の城主を務めています佐藤忠能さとうただよしと申します」


 もの腰が柔らかそうな城主だ。


「織田軍の先鋒隊大将である森可成だ」


「副将のリンだ」


「可成様とリン様ですね。よろしく、お願いします」


「よろしく」


「偵察兵からの伝令によると、既に岸信周率いる斎藤軍と戦ったとか?」


「あぁ、でかい声をあげ、戦場に黒い袴を着た変な男だった」


「間違いなく、岸信周でないでしょう」


「あいつ、昔から、あんな性格をしていたのか?」


「裏表がない男です。戦場外でも、酒を飲み歩きながら、人の城を歩き回り、人の馬を勝手に乗って、狩りにでかけます。まさに、破天荒という言葉が彼のためにあると言っても過言ではありません」


 どうやら、あれは演出ではなく元から、そういう変わった性格をしているのだな。


「弱点はあるのか?」


「そうですね。周辺の国人衆を倒すか、味方につければ、岸信周の居城である堂洞城は孤立するはずです。あんな、破天荒そうに見えて、周辺の国人衆と密に連絡を取って、連携しています」


「敵の強みを潰す作戦か」


「はい。その通りです」


「よし、その作戦でいこう」


 忠能が立てた作戦は、翌日から決行されることとなり、岸信周の戦力を削ぐには十分な効力を発揮した。



「あれが、堂洞どうほら城。立派な城だな」


 堅牢な、城壁に本丸と思われる場所には、立派な天守閣が建っていた。


「はい。それだけ、岸信周が中美濃において、優れた実力の持ち主という証明です」


 佐藤忠能は、俺と可成の隣に立って話す。


「敵にして、倒すには惜しい男だ」


「俺も、そう思う」


 破天荒だが、頭も良い。仲間になってもらえれば、織田家の力になるだろう。


「可成」


「どうした?」


「降伏の使者として、俺が行ってもいいか」


「わかった。よろしく頼む」


 俺は、岸信周を説得するため、使者として堂洞城へ向かった。



「ぐわははは! まさか、わしの強みである連携を潰してくるとは」


 織田家の使者として来たと伝えると、信周は城内に入れてくれた。追い込まれているのに、焦りを感じない。


「周辺の力を削がなければならないほど、手強てごわかったってことだ」


「それは、そうだ。なんせ、わしは強いからの! ぐわははは! わしの強みを潰すことを提案したのは、忠能だろ?」


 どうやら、信周は、誰がこんな作戦を立てたのか勘づいているようだ。


「……」


「図星じゃな。お主、嘘がつけない男だ。戦国の世で、嘘がつけない男が生き残るには酷な世界じゃろ? ぐわははは!」


「俺の話はいい。ここに、俺が来た理由は。わかるか?」


「まぁ、降伏の使者だろうな」


「そういうことだ。織田軍が求めるのは二つ」


「言ってみぃ」


「岸信周が率いる兵の武装解除、そして堂洞城の開城だ」


「無理じゃな」


「救援に来る味方も、いないんだぞ」


「そうじゃな」


「兵力差も倍以上ある」


「天守から見てわかったわ」


「なら、なぜ降伏しない?」


「自分の中にある斎藤家への忠誠心を貫くためじゃ」


「忠誠心」


「岸一族は、サムライとして育て上げられ名をあげてきた。岸一族が掲げるサムライは、主君を裏切らない仁義を大切にすることだ。わしも、サムライの魂は身に宿っておる。このサムライ魂は、誰にでも曲げることはできないのだ。例え、どんなに不利な状況でも、変わらない」


「わかった。俺は、帰ることにする」


「わしを説得しなくてよいのか?」


「一年かけても、首を縦に振らないだろ?」


「主、わかっているじゃないか」


 信周を降伏させることはできない。信周に宿る忠誠心の強さを感じて、俺は降伏させるのを断念した。



「取りかかれー!」


「おー!」


 降伏の失敗から、数時間後、堂洞城への攻城戦が始まった。


「敵の士気が高い」


 可成は、奮戦する堂洞城の守備兵を見て言う。


「信周に会ってみてわかったが、信周はカリスマ性が高い。それに、惹かれて集まったのが、あの守備兵達なのだろう」


 しかし、周辺の国人衆は、中美濃から逃亡したか、傘下に下っている。支援なしで戦い続けるのは無謀に近い。落城するのも、時間の問題だ。


「で、伝令! 堂洞城から、敵が突撃してきます!」


「討って出ただと!?」


 北から堂洞城を取り囲もうとしていた兵達の場所が騒がしくなる。


「可成は、ここにいてくれ。俺とロイで、敵を追い返してくる」


「わかった」


「ロイ行くぞ」


「はい」


 俺とロイは、敵が突撃してきた場所へと向かった。


 戦場に着くと、織田兵と討って出て来た岸兵が、乱戦を行っている。


「ここを指揮している敵大将は誰だ?」


「リン様。おそらく、あそこで戦っている武者だと思われます」


 ロイが指さす方向には、刀よりも更に長い剣を振って、織田兵を斬り回っている信周がいた。


 この男、自分が総大将だと自覚しているのか? どこまでも、破天荒な男だ。


「あいつを倒せば、ここで戦っている岸兵も退却する。行くぞ!」


「はっ!」


 俺は、馬で走りながら、暴れている信周を斬りつけようとする。


「ぬっ!」


 しかし、信周は瞬時に攻撃を防ぐ。


「お、先方ぶりではないか! 若き武者よ!」


「リンだ。城もまだ落ちていないのに、大将自ら討って出るのは、破天荒な男だ。俺の予想を上回る作戦をとってくる」


「リンか! 改めて名乗らせて頂く、我は岸信周。堂洞城の城主だ!」


「その破天荒さ、敵で戦うには惜しい男だ。だが、美濃国を手に入れるため、倒させていただく」


 信周と何回か斬り合うが、実力が拮抗しており、決着がつかない。


「信周様! 敵の増援が来ます! この辺が引き時かと」


「そうか。退却だ! 速やかに、城の中へ戻れ!」


 信周は、そう言うと自分の兵と共に城の中へと向かって行く。


「なかなか、強かったな」


 中美濃の豪勇と知られる岸氏。改めて、仲間に出来なかったことが惜しいと感じた。自分の傘下にできれば、柱となれた一族であったと思う。

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